2017年 もっと自由に、もっと主体的に

新年おめでとうございます。
年頭にあたり謹んでご挨拶を申し上げます。

株式会社矢野経済研究所
代表取締役社長 水越 孝

世界はトランプ氏に身構えつつ、
それでも多様化は加速する

「外来種は本当に悪者か?」(藤井留美訳、草思社、THE NEW WILD、Fred Pearce著)の解説で岸由二氏は「全ての種は、なんらかの特定の生物共同体の一員としてはじめて適応的な存在なのではなく、それぞれの主に固有の歴史や都合、いわば主体性において適応的な存在であり、何らかの程度に常に「在来」そして「外来」生物である」と本書を総括する。

つまり、自然界には“あるべき自然(=手つかずの自然)”など既に存在せず、外来種との共生関係を通じて生物の多様性は維持、活性化されている。そして、「外来種は悪、在来種は善」とみなす固定的な自然観を乗り越えて、種をもっと自由で、主体的な存在として考えるべきである、ということだ。

12月、ベルリンでのテロを受け、トランプ氏は「私が正しいことが証明された」との声明を発表した。不法移民の強制送還、ムスリム難民の受入制限を掲げて米大統領選を勝ち抜いたトランプ氏、英国のEU離脱、欧州における右派の台頭など、世界は急速に内向きになりつつある。

“行き過ぎたグローバル化の反動”との分析は正しい。しかし、ここまであからさまな排斥の表出は社会の歪みが一線を越えつつあることの表れでもある。

復古主義的で民族主義的な世界観の台頭は、世界を委縮させるとともに過激主義と排外主義を呼び込む。日本も例外ではあるまい。

昨年、シャープ再建に向けて鴻海精密工業と官民ファンド「産業革新機構」が争った。その際、多くのマスメディアは技術の海外流出、企業文化の喪失、苛烈なリストラなど外資の傘下となるリスクを強調するとともに、産業革新機構が主導したソニー、東芝、日立の液晶事業の統合会社ジャパンディスプレイ(JDI)との「オールジャパン」構想を支持した。

最終的に鴻海の買収が決まると「名門企業が台湾企業の軍門に下った」との自虐的な論調が溢れ、8月、同社副総裁の戴氏が社長に就任すると「黒字に向けて信賞必罰」、「抜本改革、人員削減も視野に」といった見出しが紙面を踊った。

確かに戴氏はリストラを語った。しかし、「シャープは独立企業である」、「次期トップは生え抜きから選任する」、「チャレンジする企業文化を創造する」といった方針も表明している。メッセージの主眼はむしろ後者であったはずだ。

もちろん、国内生産拠点の再編、不採算事業の整理は行った。一方で本社ビルの買い戻し、スロバキアの家電メーカー買収、欧州テレビ市場への再参入、鴻海との合弁による中国における8000億円規模の大型液晶工場投資など相次いで次世代戦略を打ち出している。また、12月に入ると鴻海はシャープ製スピーカーの供給を念頭に仏高級オーディオメーカーへの出資を決定、更にソフトバンクの孫会長を通じて米国事業への投資についてトランプ氏にメッセージを送っている。

一方のJDIはスマホ市場の低迷を受け、8月に入ると産業革新機構に資金支援を要請、12月になって、やはり産業革新機構が出資するパナソニックとソニーの有機EL事業統合会社JOLEDの子会社化の手続きの中で産業革新機構から750億円を調達した。産業革新機構は両事業を一体化することで両社の成長戦略と財務基盤の強化をはかるという。

しかしながら、液晶パネル会社と有機EL会社の資本提携それ自体がそれぞれの事業の成長を約束するものではない。JOLEDの子会社化は産業革新機構によるJDIの“資金繰り問題解消”の大義名分づくりといった穿った見方もある。実際、先行するサムスン電子やLGディスプレイと競合する有機EL事業の将来は楽観できない。本間充JDI会長は「人材と資金の結集」による統合効果を強調するものの、“二兎追い”は将来リスクの中途半端なヘッジ効果しか期待できないのではないか。いずれにせよオールジャパンであることの意味をここに見出すことはできない。

日本企業は、日本産業界という共同体の一員であるがゆえにその中において適応的な存在であるわけではない。もっと主体的で、もっと自由な存在であり、それゆえに自らのストーリーと自らの意思において自らの生存領域を見出すべきであろう。

リアルな現実と主体的に関わることで
自らの生存領域を見出せ

「一つの中国」という虚構をトランプ氏が突いたことは衝撃的だ。

その意味においてトランプ氏の存在はもう一度世界をリアルな実体として捉え直す契機となり得る。しかしながら、異なるものを遠ざけ、現実の中にのみ閉じてゆく社会に未来への展望は拓かれない。

外来種や多様性の喪失は結果的に在来種の可能性をも閉ざすことになる、とピアスは言う。

「過去に例のない、混乱した生態系にこそ自然の真実がある」と同時に「異質な種の成功は在来種の脆弱性ではなく、活力を示す」とも彼は指摘する。

私たちもまた生態系を構成する種の一つとして、外部と競争し、共存し、共生することでしか活力ある未来を手にすることは出来ない。もはやかつての生態系に戻ることはない。開かれた世界に適応的な存在となること、私たちはそこを目指す。

どうか本年もよろしくお願い申し上げます。