日本マーケットシェア事典2015年版巻頭言より

新たな価値の創出が、自立した未来を実現する

(株)矢野経済研究所 代表取締役社長 水越 孝

ガラパゴス化に怯むな。最先端であり続けることで道は拓く

1月5日、2015 International Consumer Electronics Show(CES、ラスベガス)のプレ記者会見の場でトヨタ米国販社の上級副社長ボブ・カーター氏はFCV(燃料電池車)“ミライ”が持つ5,680件の特許を無償公開すると発表した。一方、1月12日、北米国際自動車ショー(デトロイト)でアメリカのEV(電気自動車)ベンチャー、テスラ・モーターズのCEOイーロン・マスク氏はトヨタのFCVを指して「馬鹿げている」と挑発した。

今、自動車市場における次世代エネルギーの主役は電気だ。異論はない。そして、その流れをつくった貢献者の1人がプリウスである。プリウスが電気自動車の“市場”としての可能性をメインストリームへ押し上げた、といっても過言ではない。

1964年、トヨタはハイブリッドの研究をスタート、1969年には実車開発に着手している。ドイツ勢も開発を本格化、1994年にはアウディが乗用車で初の市販車を発表した。しかし、1997年、アウディは営業不振を理由に撤退、欧州の省エネ技術はディーゼルに向かった。プリウスが市場投入されたのはまさにその年である。

プリウスが切り拓いた可能性は、今、グーグルが最重要投資領域と位置づける市場へと成長した。プリウスの貢献はその技術的な革新性はもちろんであるが、自動車の中核的な価値を根本的に変えたことに本質がある。

では、FCVのイノベーションの本質はどこにあるのか。まず、燃料電池は自動車のみに限定された技術ではないということだ。その可能性は家庭の定置用電源はもちろん、産業用、輸送分野など広範に及ぶ。

すなわち、燃料電池という技術は、原発に象徴される大規模集中型エネルギー供給システムから自立分散型のネットワーク系システムへ、という流れのなかで捉えられるべきであり、ミライの特許開放はこの意味において重要である。

「燃料電池関連特許の出願数は2位以下の5倍以上」(水素・燃料電池戦略協議会)という日本の技術は、名実ともに世界のトップランナーである。それゆえに、「国内だけで2030年に1兆円、2050年には8兆円」(同協議会)と推計される成長市場を牽引し、燃料電池は世界に先駆けて次世代エネルギー社会のモデルを実現させるポテンシャルを有する。

こうした社会システムの実現は東日本大震災を経験した日本にとって、福島と世界に対する責任ということもできよう。

現時点における技術的課題やコストの視点で新たな技術への挑戦を封じることは、未来に対する可能性を閉ざすことになる。どちらがクルマの本命か、などと言う議論にエネルギーを浪費している時間は惜しい、というべきであろう。

流動化する秩序の向こう側にある世界にイニシアティブをとれ

3月15日、中国経済の変調に対する警戒感が高まるなか、全国人民代表大会が閉幕した。注目された経済目標は「7%前後」と表現され、6%台となる可能性が大きいことを示唆した。

習指導部は「新常態」という言葉を使い、高速成長から質重視への転換をはかる方針を示した。しかし、最大の懸念材料である不動産市場は破綻リスクを内包したままであり、内需の減速に伴う供給過剰状態の長期化は輸出へのドライブを更に強めるはずだ。既に鉄鋼市場にその兆候が現れており、世界の実体経済への影響は避けられまい。

こうしたなか、中国もまた新興国市場の取り込みに活路を見出す。アジアインフラ投資銀行(AIIB)の設立はその象徴である。年間97兆円とも言われる新興国の膨大なインフラ需要に大きな影響力を持つことで自国産業の成長と高度化を支援する。

こうした動きに対して、アジア開発銀行を主導してきたアメリカは明確に反意を表明、G7各国にも同様の対応を求めた。しかし、英国がアメリカの制止を振り切って参加を表明すると、独・仏・伊もこれに続いた。結果的に欧州各国は、中国の世界戦略に敢えて乗る形で「アジアにおける実利をとった」といえる。

しかし、はたして目先の受注拡大だけが欧州勢の目的であったのか。

中国は新興国版の世界銀行といえるBRICS銀行、IMFに相当する外貨準備共同基金の設立を発表している。一方で、5年に一度見直されるIMFの特別引出権(SDR)への人民元採用も働きかけている。これら一連の行動は、中国から挑戦を受けているまさに当事者である世界銀行自身が予測した「2025年、中国人民元は世界の基軸通貨」を実現する一貫した戦略である。すなわち、非ドル経済圏の確立を目指すものである。

とすると、今回の欧州各国の選択は、国際的な影響力が低下しつつあるアメリカ主導の国際金融システムの綻びの「その先」を見据えての決定と解せよう。つまり、欧州各国にとってのAIIBは極めて政治的なオプションであったということだ。

一方の日本は、AIIBに対して「是々非々の立場で臨むべき」との立場が多数を占め、運営手法の不透明さや環境に対する懸念が主たる論点になっている。しかし、現行秩序の持続に対する無垢な信頼は、流動化しつつある国際状勢の中では危うい。対米という意味での政治的条件の固定化が当面続くことを前提とすれば、日本は自らの自立の道を別に準備する必要がある。その意味で圧倒的な技術イノベーションに支えられた新たな市場創造は政治的なポジションを越えた次元で私たちに可能性を与えてくれる。

日本は21世紀後半を生きる人々に向けて最先端の社会モデルを提案し、そのレギュレーションづくりに貢献すべきだ。それが未来に対してイニシアティブをとる最良の戦略である。1億人という規模は社会全体のイノベーションを実現するうえで13億人という規模よりはるかに有利である。

通信はたった一人の天才に席巻された。しかし、この事実は一企業でも世界を変えるチャンスがあることを示した。孤高であることを恐れずトップランナーであり続けること、そうすることで「ありたい未来」は実現できる。

(2015年3月)