日本マーケットシェア事典2016年版巻頭言より

311から5年、震災以前の延長線上とは異なる未来を!

株式会社矢野経済研究所 代表取締役社長 水越 孝

現実を受け止め、自らが生きる生存条件を自ら規定し、そこに未来を拓け

2年間で2%のインフレを達成するはずだった異次元金融緩和は3年目にして未だ目標に届かない。鳴り物入りで導入されたマイナス金利も従来政策の延長線上に過ぎず、それゆえに効果は未知数である。こうした状況を背景に消費税再増税の行方が定まらない。政府は「リーマン・ショック、東日本大震災級の事態がない限り2017年4月から予定どおり実施する」との姿勢を崩さない。しかし、衆参同日選挙を含む政治的な思惑が交錯する中、結論は留保されたままである。つまり、景気は然程に良くない、ということである。

政府は「この道しかない」と訴え続けてきた。しかし、そこに拘泥し、自己肯定を繰り返す中で政策判断の根拠となる現実認識がまさに実体と乖離し始めているのではないか。

中国経済の失速、資源価格の暴落など外部環境の変化が政策の実効性に影響を与えている。間違いでない。しかし、本質はそこではない。株高と為替差益による利益の嵩上げが永続しないのは言うまでもないが、企業の経済活動がもはや一国の政策の支配下にないことが本質だ。

民間のM&Aブティック「レコフ」によると2015年の日本企業の海外M&Aは474件、総額で10兆44億円になったという。これは過去最高額だった2006年の7兆5006億円を大きく上回るものであり、とりわけ、生損保や物流関連など内需型企業による欧米の大手同業社の買収が目立つ。買収金額ランキング10位のうち、伊藤忠によるCITIC子会社(中国)と日本郵便によるトールホールディングス(豪)を除く8件の買収相手が米国と欧州企業である(レコフ調べ)。こうしたリアルな企業の動きは「新興国の成長を取り込む」一辺倒の政策とは次元を画す。

世界経済のリスク要因として警戒される中国においても、企業は新たな戦略ステージへ向かう。従来、中国企業による海外投資は資源や港湾施設などの国策色が強い案件が主流であったが、ここへきて中国化工集団による農薬大手「シンジェンダ」(スイス)や重機メーカー「クラウス・マッファイ」(独)の買収、万達集団によるハリウッド映画会社「レジェンダリー・エンターテインメント」、美的集団による東芝の白物家電など、技術とブランドそして先進国マーケットの獲得を目指す。

こうした流れは構造改革を急ぐ党指導部の方針と一致する。しかし、むしろ自国の成長を取り込むだけでは自らの成長を維持できなくなった中国企業のリアルな実態と見るべきである。党からの強烈な指導下にある中国企業であるが、一方で自社の経営資源を党の統制の外で再構築する必要に迫られている。

今、米国、中国、欧州、日本、、、各国のメンタリティが内向きになりつつあることを危惧する。それはTPPやAIIBへの対応において今日的な保護主義として顕在化した。懸念すべきはこうした流れは経済や産業政策に止まらないということだ。

過度な排外主義は結果的に変化を遠ざけ、世界を閉ざすことになる。統制や排除からイノベーションは生まれない。企業は自らの競争条件を自ら規定し、自ら実行することでしか未来は拓かれないことを再認識すべきである。

この意味においてシャープと東芝の「今」が残念でならない。

遅きに失したとは言え産業革新機構ではなく鴻海を選択したシャープ経営陣の覚悟は敬意に値する。しかし、その直後に発生した総額3500億円の偶発債務を巡る問題はもはや呆れるばかりだ。真意は分からない。しかし、いずれせよシャープ経営陣の失態であり、甘えであり、戦略ミスであり、背信行為であることは言うまでもない。

そして、東芝。トップは白物家電の売却に際して「じくじたる思い」と語ったそうであるが、本当に「じくじたる思い」を抱いているのは粉飾に騙され続けた社員である。

結局のところ歴代経営陣の資質と能力の問題に収斂するとは言え、課題を隠蔽し、問題を先送りし、これを容認してきた内向きで閉鎖的な企業風土が問題の根源にある。

一人一人が復興の当事者としての覚悟を

日本人の生活価値観を根本から変えた東日本大震災から5年が経過した。当社は「東日本大震災における経済復興プロセスと主要産業に与える影響」(2011年3月31日)という小論を他のシンクタンクに先駆けて同年4月4日にリリース、被災地企業や関係機関に無償配布させていただいた。

当社はその中で復興初年度から4年間における被災5県の建設部門の復興総額を12兆2千億円と推計した。一方、この5年間に実際に予算決定された総額は26兆円、このうちインフラ・まちづくり関連には14兆円が投じられたという(NHK調べ)。当社も微力ながら復興の一端に参画できたことを誇りとするものであるが、今、問われるのは復興の“質”そのものであろう。

当社は、エネルギーコストの高騰、日本製品に対する懸念の長期化、先端技術分野におけるグローバルサプライチェーンの変化等をネガティブ要因としつつも、新エネルギー、スマートグリッド、次世代都市構想、、、などあらゆる分野で次世代への取り組みが加速、温存されてきた古い体質や棚上げされてきた課題を一挙に清算し、新たなビジョン、新たな戦略にもとづく日本を構築するためのプロセスとして復興を位置づけた。

しかし、未だに被災の最中にある福島第1原発は言うまでもなく、復興は「原形復旧」にすら十分とは言い難く、ましてや日本再興の地域モデルとはなり得ていない。

3月11日、その日、誰もが被災地に祈りを捧げたことと思う。しかし、被災地により添う想いも現実の復興を推進するエンジンにはなり得ていない。

日本は何を変えてきたのか。何が変わったのか。被災地の外側に流れた5年という日常を311以前の日常の延長線上にしてはならない。

今、私たちはもう一度「あの日」に立ち戻り、当事者の一人として「国土、産業、社会の在り方そのものを構想する」ところからはじめなければならない。

(2016年3月)