今週の"ひらめき"視点

当社代表が最新のニュースを題材に時代の本質、変化の予兆に切り込みます。
2023 / 05 / 26
今週の“ひらめき”視点
“多様な働き方”の歪みが浮き彫りに。全体視点からの整合的な施策が望まれる

5月24日、「日本郵政グループ労働組合は、期間雇用社員に対して夏冬それぞれ1日の有給休暇を付与する一方、正社員の有給休暇を同3日から1日に減らすとの会社提案を受け入れる」との報道があった。2020年10月、最高裁は日本郵政における正社員と非正規社員との待遇格差を「不合理」と認定、有給休暇の見直しはこれを受けての是正措置である。組合は引き換え条件として月額基本給の3200円増を要求、経営側はこれに同意したとのことであるが、“同一労働同一賃金” に向けての格差の是正が正社員にとっての不利益変更となったことの意味は小さくない。

その6日前、国立研究開発法人理化学研究所の労働組合は「雇用期間が10年に達した契約社員97人が雇い止めされた」と発表した。2013年4月1日、改正労働契約法が施行、雇用期間が10年を越えた有期雇用社員は “無期雇用への転換申込権を獲得できる” こととなる。ところが、理研は就業規則を改定、雇用期間の上限を10年までと規定した。組合はこれに反発、結局、改正法の施行から “10年目” にあと半年と迫った昨年9月、“最長10年ルール” は撤廃される。代わって、理研は新たに研究目標と雇用期間を定めた公募方式によるプロジェクト制を導入するが、組合は「募集要件は恣意的にコントロールできる。新制度は無期雇用への転換を防ぐことが狙い」と批判、両者の対立は続く。

4月28日、参議院本会議は「フリーランス新法」を可決、立場の弱いフリーランスを保護し、労働環境の改善をはかる。不当な減額、返品、著しく低い報酬等の禁止が明記されるとともに、取引条件の詳細を書面やメール等にて交付すること、納品後60日内の支払い、ハラスメントに対する相談体制の整備などが発注者に義務付けられる。とは言え、労災保険や健康保険など社会保障に関する課題は残されたままであり、また、これまで下請法の対象外であった中小企業の負担は小さくない。引き続き労働実態を踏まえた施策整備が必要であろう。

上記はいずれも「働き方改革」の一局面であると言えるが、そもそも国は何のために働き方を “改革” したいのか。そう、ゴールは産業構造改革による成長の実現である。ジョブ型雇用、副業の解禁、起業の奨励、リスキリング(学び直し)など、“多様な働き方” の名のもとで労働市場の流動化に向けての機運が高められる。と同時に、非正規から正社員への転換を後押しする政策も講じられる。正社員の解雇規制も終身雇用時代そのままだ。個別施策間に生じたぎくしゃく感や中途半端感は、それゆえにしっかりとしたセーフティネットの議論を遠ざける。誰一人置き去りにされない社会の実現に向けて、党派や省益を越えたオープンな議論を望む。

2023 / 05 / 19
今週の“ひらめき”視点
原油価格下落、世界経済の減速懸念高まる。内需維持に向けて政策の動員を

原油相場の軟調が続く。世界の原油市場は2022年2月のロシアによるウクライナへの軍事侵攻を受けて急騰、中東産、北海産、米国産原油は年初の約1.3倍、1バレル110ドル台へ跳ね上がった。しかし、夏場以降は下落に転じ、この3月には1バレル70ドル台、2021年秋口の水準まで低下した。国際エネルギー機関(IEA)は「下半期は需給がタイトになる」との見通しを発表しているが、ここへきて米国産原油の先物指標(WTI)は4週連続で下落、12日には1バレル70ドルを割り込んだ。

米国産原油急落の背景には連邦政府債務の上限問題も指摘できるが、相場低迷の直接的な要因は世界経済の先行き不透明感である。原油需要の牽引役である中国の4月の消費者物価指数は前年同月比+0.1%、生産者物価指数は前年同月比▲3.6%のマイナス、前者は2年2ヵ月ぶりの低水準、後者は7カ月連続の下落である。米中対立や構造改革の遅れが回復スピードを鈍らせる。一方の欧米経済も高インフレに伴う金融引締めの長期化、米地銀の破綻など、先行き不透明感が募る。また、コロナ禍にあって膨張した途上国の債務問題も深刻だ。

こうした中、日本でも4月の輸入物価指数は円ベースで前月比▲2.3%、前年同月比▲2.9%といずれもマイナスに転じた。円ベースで前年同月比▲9%となった石油・石炭・天然ガスの下落が主因である。ただ、これまでのコスト上昇を受けての価格転嫁が進展、4月の企業物価指数は前年同月比5.8%のプラスとなった。とは言え、伸び率は昨年12月以降4か月連続で縮小している。実質+1.6%となった1-3月期のGDPも輸出は前期比▲4.2%と6四半期ぶりのマイナスとなっており、世界景気の後退が懸念される。

16日、政府は電力大手7社から出されていた一般家庭向け規制料金の値上げ申請を了承した。一般家庭の電気代は6月1日から15.3%から39.7%値上げされることになる。電力販売におけるカルテルなど一連の不祥事や原油相場の情勢等を踏まえ値上げ幅は圧縮された。とは言え、実質的な地域寡占事業者による生活コストの値上げは直ちに家計を圧迫する。「激変緩和措置」の延長など消費マインドの政策的下支えは必須であろう。各社は一様に「経営改善に努力する」旨のコメントを発表しているが、と同時に、現行の10社体制、総括原価方式、送配電ネットワークの在り方など、電力供給体制の全体像についてあらためて問い直していただきたい。

【関連記事】
「電力需給ひっ迫、自立分散型ネットワークの構築を急げ」今週のひらめき視点 2022.6.12 – 6.16

2023 / 05 / 12
今週の“ひらめき”視点
コロナ禍、収束へ。後戻りはない、この3年間の経験を未来へ

5月5日、世界保健機構(WHO)は、新型コロナウイルスについて「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」の終了を発表した。2020年1月30日の発出から約3年3カ月、「脅威は完全に消えたわけではない」との留保つきながら実質的な収束宣言と受け止めて良いだろう。5月8日、日本でも新型コロナの感染症法上の分類が2類から5類に変更された。感染症対策は行政が法律にもとづき一律に関与・要請する仕組みから個人や事業者の判断に委ねられる。多くの犠牲を乗り越え、社会はようやく日常へ向かう。

さて、本稿で初めて新型コロナに言及したのは2020年2月7日、「春節明けの中国、主要都市の社会機能が麻痺、世界経済に暗雲」と書いた。これ以降、今日まで繰り返し新型コロナを取り上げてきたが、主たる論旨は、パンデミックは未来を短縮させた、ということだ。デジタル化、働き方改革、サプライチェーンの再編、中小企業の事業承継の加速など、社会、産業における構造改革は一挙に進展した。と同時にインバウンドの消失は人口減少に歯止めがかからない未来の日本における内需縮小のインパクトを疑似体験させてくれたと言える。

コロナ禍はまさに未来に向けての構造問題を浮き彫りにするとともに、取り組みの前倒しを後押ししてくれた。突然の移動制限は社会にとって大きな打撃だった。しかし、あらゆる局面で量から質への戦略的な転換が加速した。また、グローバリゼーションの一時的な機能不全はBCP戦略の再構築を急がせる動機となったはずであり、DX化は行政をはじめ、全ての企業にとっての最優先課題となった。働き方改革も急速に進展、企業と人々に行動原理や価値観の変化を促すとともに、地方はそこに関係人口創出の新たな可能性を見出した。

とは言え、課題は残る。まずは感染症対策の科学的な検証とコロナ禍にあって実施されたすべての施策の効果測定をお願いしたい。また、所謂 “ゼロゼロ融資” の返済が本格化する中、資金が行き詰まる中小企業も増えてきた。事業構造転換を促す効果的な支援も急がれる。そして、忘れてならないのは患者や家族、医療従事者、特定業界等に対する不当な差別や偏見があったという事実だ。私たちは、主権の制限を伴う強権発動を求める声の大きさと相互監視的な同調圧力の高まりを目の当たりにした。非常時における社会リスクについて、あらためて問い直す必要があるだろう。今こそ、この3年間の成果と負の側面を社会全体でしっかりと受け止め、次の「非常時」に備えたい。

2023 / 04 / 21
今週の“ひらめき”視点
早春の清里でリフレッシュ。大型連休は是非、森の中へ

当社は八ヶ岳南麗エリアで小さな地域経済循環モデルの実証実験に取り組んでいるが※1、そのご縁もあって先日、日本環境教育フォーラム(JEEF)とキープ協会が主催する「森 de リトリート特別編」に参加させていただいた。JEEFは体験と対話を重視した環境教育を通じて持続可能な社会づくりを担う人材育成に取り組む公益社団法人、後者は “清里” のシンボル「清泉寮」を運営するとともに年間250プロジェクトを越える環境教育事業を展開する公益財団法人。団体名のキープは Kiyosato Educational Experiment Project(清里教育実験計画)の意である。

プログラムのテーマは「早春の森に触れ、自然と自分の声に耳をすます2日間」、天気に恵まれた初日は昼の森と夜の森へ、翌日は裸足で雨の森へ。木に触れ、風を感じ、耳を澄まし、目を凝らし、雨を受け、素足で地面を踏む。文字通り五感をフルに使っての体験だった。経験豊かなキープ協会のレンジャー小野明子氏、古岩基氏の解説も心地よく、“はだしの人” 金子潤氏の “人間と環境の意味ある関係” を求め続ける真摯な姿も刺激的だった。

参加者は筆者も含めて10名、林野庁所管の研究機関の研究者から地方自治体の渉外戦略マネージャー、キャンプリゾート事業を手掛ける経営者、SDGsコンサルタント、臨床心理士、外資系企業のセールス担当者、、、まで、多士済済の顔ぶれである。森や自然の再生を手掛ける方、環境教育に携わる方、地方創生や企業の環境戦略を支援・推進する方など、本業と森との関係はまさに “それぞれ” であるが、共通するのは森や自然に対する想いの深さと強さ。筆者などあらゆる意味でまったくの “若葉マーク” であった。

さて、間もなく5月の大型連休だ。本稿の読者諸氏も休暇の計画にわくわくしている方も少なくないのでは? でも、もしまだ何も予定が決まっていなければ、是非とも森の体験をお勧めしたい。え? GWは混雑するから出かけたくない? 宿泊施設はもう予約でいっぱい? いえいえ、例え遠出は無理でも身近にもきっと小さな自然があって、そこに森を感じることも出来るはず※2。目を閉じて、深く呼吸し、少しだけ日常から離れ、自分自身を整え直してみてはいかがでしょう(半分受け売り、半分本音)。それでは、みなさま、もう1週間がんばって、良い休暇を。

※1.小さな経済循環モデルの取り組み:2018年12月、当社は社内組織「カーボンニュートラルビジネス研究所」を設立、脱炭素へ向けた社会・産業構造の転換をビジネス機会と捉え、新たな価値の創出を目指して活動している。2022年7月から八ヶ岳山麗で小さな経済循環モデルの実証実験 “ココラデ・プロジェクト” をスタートさせている。

※2.GW期間中の
5月4日みどりの日に全国24箇所で森を歩くイベントが同時開催されます。遠出が無理な方、是非お近くの森にお出かけください。
主催:GotoForest! 運営共同体(代表:一般社団法人森と未来)

【関連記事】
「持続可能な豊かさを求めて、八ヶ岳山麗を舞台に新たな地域経済循環モデルがスタート!」今週の"ひらめき"視点 2022.7.3 – 7.7
「持続可能社会の実現に向けて。北杜市を舞台に共創イノベーションが始動」今週の"ひらめき"視点 2022.10.23 – 10.27

2023 / 04 / 14
今週の“ひらめき”視点
上水事業、厚労省から国交省へ移管。総合的な上下水道行政に期待する

3月7日、政府は「生活衛生等関係行政の機能強化のための関係法律の整備に関する法律案」を閣議決定、開催中の第211回国会で可決される見通しである。さて、この名称から法案の中身を正確にイメージ出来る人は少ないだろう。政府は新型コロナウイルス対策が後手に回った要因の一端が厚生労働省の業務過多にあるとし、業務範囲を縮小することで感染症、社会保障、雇用といった中核行政の強化を図りたい考えである。具体的には食品衛生基準行政を消費者庁に、上水道の整備を国土交通省に、水質基準の策定を環境省に移管する(施行期日は2024年4月1日)。

感染症対策で露呈した問題の本質が “所管業務の多さ” にあるとは思えないが、少なくとも上水事業に課題が山積していることに疑問の余地はない。水道は1960年代以降、急速に普及、2018年時点で総延長72万㎞、普及率は98%に達する。しかしながら、全体の2割弱、約13万㎞が既に耐用年数の40年を越えている。年間の更新率はわずかに0.7%、耐震適合率も37%に止まる。一昨年10月に発生した紀の川の水道橋崩落事故(和歌山市)の記憶はまだ新しいが、水道管の事故は年間2万件を越えるという(厚生労働省)。まさに事業存続の危機にある。

背景には人口減少に伴う使用水量の減少がある。結果、自治体単位での独立採算を基本とする水道事業の収支は悪化、体制の縮小を余儀なくされる。加えて、工事事業者の人材不足が対応の遅れに輪をかける。一方、こうした状況は受け入れ側の国土交通省が所管する下水事業も同様だ。2021年度末における下水道管渠の総延長は49万㎞、うち3万㎞が耐用年数50年を越えており、下水道に起因する道路の陥没事故は年間3千件規模に達する。処理場の設備機器の更新も喫緊の課題だ。一方、使用水量の減少に伴う収入減は避けられず、地方公共団体における担当職員も減り続けている(国土交通省)。

問題の本質は上水、下水ともに共通している。したがって、都市や道路、河川から水源地まで、水回りのインフラ全体を所管する国土交通省への事業移管は合理的である。
日本は水資源に恵まれている。しかし、1人当たり降水量でみると世界水準の1/3に過ぎず、ダムなど管理された貯水量は世界の主要都市と比較すると少ない。つまり、四季を通じての安定した降水量が私たちの生活を支えてきたということだ。しかし、昨今の異常気象は供給の不安定化への懸念を高めるとともに内水氾濫の頻発など都市防災の見直しを迫る。その意味で都市政策、防災対策と一体となった、自治体の枠を越えた “水” 行政に期待したい。

2023 / 04 / 07
今週の“ひらめき”視点
こども家庭庁発足、こどもまんなか社会を実現するためには大人社会のアップデートが必要である

4月1日、こども政策の司令塔「こども家庭庁」が発足した。従来型の縦割り行政から脱し、子育て支援、児童虐待、いじめ、貧困対策など関連行政を総合的に調整、主導する。言うまでもなく、新たな行政機関は「異次元の少子化対策」と一体だ。3月31日に公表されたその “たたき台” では、出産一時金の引き上げ、児童手当の所得制限の撤廃、給付型奨学金の支給条件の緩和などが示された。財源の裏付けがない、「こども家庭庁」の権限が曖昧であるなど、実効性については依然不明な点も多い。とは言え、まずは一歩前進ということだろう。

少子化対策の成功事例として取り上げられるフランスの出生率が人口置換水準を割り込んだのは1970年代前半、日本とほぼ同時期だ。異なるのは予見された人口減少に先手を打っていることだ。今、日本で議論されているこどもが増えるほど税負担が軽くなるN分N乗方式をフランスが初めて導入したのは1946年、1977年には最長2年の育休を制度化、以後、保育施設の拡充、乳幼児養育支援の強化など、途切れることなく施策を打ち続ける。そして、1999年、同性婚や事実婚も税控除や社会保障が受けられる民事連帯協約(PACS)を施行する。結果、1993年に1.66まで低下した出生率は2007年に1.98,2010年には2.03に回復する。2014年以降、再び低下に転じるが、2020年1.82、2021年1.83と高いレベルを維持している。

フランスについては婚外子率の高さが強調されることが多い。ただ、ここで見落としてはならないことは “非嫡出子” という言葉自体が民法から消えたということの意味である。長らくフランスの少子化対策を担ってきたのは家族・児童・女性の権利省である。現在、これを首相府付の男女平等・多様性・機会均等担当大臣とこども担当副大臣が引き継ぐ。つまり、少子化は決して “家庭” に閉じた問題ではなく、社会全体の変化の中で解決すべき問題と認識されていて、かつ、それが政権交代を越えて国策として継続している点が重要である。

子育て世代への個別経済支援に異論はない。しかし、そもそもそれが必要とされる背景には一向に所得が増えない状況、つまり、中間層の縮小、格差の固定化という構造要因があることも看過すべきではない。こどもの未来、そして、自分自身の将来に希望が持てる社会であり続けること、これが少子化解消の最大のドライブとなる。そのためには経済を含めた「日本社会」全体の総合的、長期的なビジョンが不可欠である。産業構造、働き方、地方、そして家族の在り方それ自体のアップデートが必要であるということだ。