アナリストeyes

マーケットキーワード「楽」に対する一考察

2009年8月
主席研究員 池内伸

100年に1度と呼ばれる市況悪化によって、市場はさらに混迷を深めている。今回の不況は日本だけの問題ではないだけに、回復に向かうのは容易ではないという見方が多勢である。また政治も大きく変わろうとしているが、仮に社会がよい方向に向かったとしても、景気回復には相当の時間がかかるというムードになりつつある。
その時間がかかるとみる要因として、一つのキーワードがあると考えている。そのキーワードは「楽」。実はこうした市場の急激な変化においても、消費、社会においてここ数年変わっていない。「楽」を用いて考えると、現在の社会における多くの現象が説明できる。

例えば若者達の「仕事(社会)感」。いつ頃からか日常語となってしまった「フリーター」「ニート」、海外では特に前者はある目的を遂行するために、敢えて定職を持たずにアルバイトを続けていると認識されている人のことを指すようであるが、日本のフリーターの多くは、逆に目標を持てないがために、収入よりも「楽」を選んで生活を行っている人達の代名詞となっている。最近は景気悪化による派遣切り、正社員減らし、などに話題性を奪われているが、「フリーター」「ニート」は確実に増加していると言われる。安易に「楽」を選んでいる学生がまだまだ増え続けているということである。
また、このことに関連性があると思われるが、就職難と言われる状況になっている大学生の就職事情において、今大きなテーマとなっていることが学生たちの「コミュニケーション能力」の欠如と言われる。ただ、学生たちには周囲の大人からこう言われてもピンときていない学生も多く、友達が多い、サークル活動にも積極的に参加しているなど、こうした行動を「コミュニケーション能力」と勘違いしている学生も多い。実際の「コミュニケーション能力」とは社会に出て、幅広い年齢層との接触、取引先獲得など必ずしも歓迎されていない人たちとの接触など、そうした対応にも応じていける能力のことを指している。客観的にみても現在の学生は同世代以外の人たちや直接関わりのない人たちとの接触を苦手とし、避けている人が多い。つまり「楽」を選択している結果であり、敢えてそこから逸脱しようとはしていない。

また、すっかり人々の生活を変えてしまったインターネットの功罪についても「楽」というキーワードと関連していると考える。インターネットの特性の一つとして「匿名性」がある。つまりインターネットという匿名性社会は人々の隠していた部分を公にできる場であり、ある意味やりたい放題の人間が出現する。また、インターネットによって「隠さない」人間の考え方が他の人に伝わってしまうと、これまでそうしたことに対して罪悪感を持っていた人も、自分以外に同じ考えを持っている、同じ行動を願望している人がいるということを知り、インターネット上でカミングアウトする人間が増えてくる。この流れは、これまで「犯罪」という一線を高くしていたハードルが「多くの人もそう考えている」「自分だけが特殊な存在かと思っていたがそうではなかった」という意識によって大きく下げられ、異常な犯罪の増加に繋がっていると見ている。つまり、「隠さなくてもよい(無理をしなくてもよい)」インターネット社会では、良くも悪くも感情をストレートに表現することになり、精神的に「楽」な状態になる。さらに匿名性があり且つ便利なインターネットは、「楽」を望む今の世の中、特に若い世代にとってはこれ以上ない、全く適合した「社会」なのである。もちろんこれは功罪の悪の部分であるが、功の部分でも「利便性」という「楽」を追及した結果でインターネットは普及、拡大しているのである。

さらに言ってしまえば、世の中の「流行」というものも、言い変えれば「楽」の選択である。極論ではあるが、ヒットしている商品を持っていれば間違いがない、安心と考えるのは、自分で探す努力や他の人とは違うといったパワーの使い方を避け、「楽」を考えて選択していることに他ならない。もちろんその商品の良さを一人一人が感じて購入し、そうした人が多くなることによって流行に繋がるのであるが、流行とは、その流れに乗ってくる人たちが加わって初めて構築される。それには前記した間違いがない、安心といった感覚でその商品を購入する人が多く加わってようやく流行と認知されるようになる。つまり「楽」を選択した人が多くを占めるのが流行である。
最近はさらにその現象が進んで、その上に「分かり易さ」というキーワードが加わっている。この「分かり易さ」というキーワードも「楽」の延長線上にあると考えているが、「分かり易さ」というキーワードが、シンプル、明確といった言葉の解釈であれば洗練されたイメージにもなるが、あまり考えたくない、といったことの裏返しであれば、「安易」「安直」な行動に繋がり、決して長続きしないものとなるため、市場にとっても必ずしもよい現象とは言えない。

このように「楽」を求める傾向は若年層に当てはまる現象が多いが、70年代、80年代を懐かしむ世代にもじわじわと「楽」を求めている人たちが多いと感じるようになった。人は自分自身がある程度満たされてくると次は「楽」を考えるようになる。「楽」を「ゆとりを持つ」「一息入れる」という解釈をすれば決して悪いことではないのであるが、「楽」を「無理する必要がない」「止めてもよい」という解釈に取ると、そこに現在の市場の危うさを感じてしまう。

景気回復はもとより、自身の環境をよい方向に変えたいのであれば「楽」を選択していてはおそらく変わらない。変えるためには一人一人がしっかりと物事を、環境を考え、行動することに尽きる。私が情報をビジネスとしている環境に身を置いているから余計に感じてしまう点もあると思われるが、市場のためにも個人としても少しでも早く、マーケットのキーワードが「楽」から「考」に変化して欲しいと願っている。

研究員紹介

池内 伸(主席研究員)

リサーチャーとして、マーケットの出来事や現象だけを捉えるのではなく、常にその背景にあるものに注目していきたいと考えています。クライアントが我々に求めているものは、調査結果だけではなく、その背景を捉えることによって見えてくる、クライアントが打つべき次なる一手の要点抽出であると考えております。

専門分野

  • 消費財、サービス分野全般を対象としたブランディング、及びリサーチ業務

主なプロジェクト実績

  • 高級ブランド法人企業に対するコンサルティグ及びリサーチ請負
  • 地方自治体に対する地域ブランディング(シティセールス事業)請負
  • 学校法人に対するブランディング請負
  • 就職支援事業(B2C、河合塾合同プロジェクト)など