アナリストeyes

レアメタル考

2010年5月
主任研究員 相原 光一

レアメタルが世間の耳目を集めるようになって随分と経つ。LCDに使用されるインジウム、リチウムイオン2次電池におけるコバルト、次世代自動車用モーターに必須とされるネオジムやディスプロシウム等々、レアメタルなくして現代の電子機器は成り立たない。
レアメタルは明確な定義がなされていないまま言葉として使用されることが多いが、狭義では鉄や銅、亜鉛、アルミニウム等のコモンメタルに対し、金、銀、パラジウムの貴金属を除き、産業用に使用される非鉄金属とされている。日本では31鉱種がレアメタルとして指定されている。
日本にとってレアメタルは石油と同じくらい最重要な原料である。たとえば日本メーカーが高シェアを誇る積層セラミックコンデンサでは、ニッケル、チタン、バリウムの使用量が多いが、これらに加えてジルコニウム、ストロンチウム、ビスマス、ニオブ、マンガン、レアアースの使用量も少なくない。さらに、微量に添加するレアメタルも数多くあり、エレクトロニクス製品あるいはデバイスは「レアメタルの塊」と言っても過言ではない。

実需と投機筋の思惑に左右されるレアメタル

レアメタルが注目される契機となったのは、直近で言えば2003~2004年頃に価格が急騰したインジウムからではないだろうか。当時はLCDパネルがパソコンに加えテレビ向けでも需要が拡大、さらにインジウムが枯渇するという見方が加わるなど、実需と投機筋の思惑が絡み合いインジウムの価格は急騰、2000年代前半の100~200USD/kgから、2005年3月には1,035$/kgの最高値を記録するまでに高騰した。ただ、その後の在庫調整やリサイクル量の増加等によりインジウムの枯渇問題は鳴りを潜めるとともにリーマン・ショックの影響もあり、2009年には400USD/kg以下にまで低下した。しかしながら、各国の景気対策に伴うLCDパネルアプリケーション市場の拡大及び化合物太陽電池における需要の高さから、2010年初頭には550~600USD/kgにまで価格が再び上昇するなど、インジウムの価格は依然として不安定な状況にある。
LCDパネルに代表されるインジウムアプリケーション市場が拡大する限り、インジウムは今後も我が国にとって重要なレアメタルであり続ける。実際に、日本政府では備蓄対象鉱種として、2009年に従来の7鉱種にインジウムとガリウムを加えるなど、インジウム調達の重要性は日に日に増している。
一方で、現在は国家プロジェクトとしてインジウム等の需要拡大に備える研究開発がなされている。アプローチとしては、材料組成変更及び薄膜化によるインジウム使用量削減と、他の代替材料開発が中心となっている。代替材料開発では酸化亜鉛系や有機系の導電性高分子等が中心となって進んでおり、かつて指摘されたような技術的課題もクリアしつつある状況にある。

エレクトロニクス製品の需要が高まれば必然的にレアメタルの需要量も増えるが、インジウムのように投機的と思われる目的で価格が急騰するなど、必ずしも実需に基づいてレアメタルの価格が変動しているわけではない。たとえば、ハードディスクは基板上に磁性体等が塗布されているが、その塗布材料の1つにルテニウムがある。
ルテニウムは2006年頃まで500円/g未満で取引されることがほとんどであったが、2007年からハードディスクドライブメーカー各社がルテニウムを多く使用する垂直磁気記録方式を採用したことで需要が高まった。これに伴い、一時はルテニウム価格が3,400円/gを超える価格にまで高騰するなど、当時としては金を上回る価格にまで向上した。ただ、この背景には実需以上に投機的な目的による買いが目立ったともされたほか、憶測や噂に振り回された面も多分にあったようだ。日本国内のルテニウムターゲットメーカーでは世界各地の需要家を回り、ルテニウムにまつわる噂を否定し、現状のルテニウムの実態をあるがままに説明することで、価格の沈静化を図った。そうした取り組みが奏功し、2010年1月には500円/gまで価格が低下し安定的に推移している。

「次なる」レアメタルの安定供給体制の構築と代替材料開発が必要に

1980年9月に人口学者で生物学者のポール・エーリック氏と、経済学者のジュリアン・サイモン氏が某誌面上で賭けをしたことがある。10年後の1990年9月に第一次産品の価格が1980年と比べてどうなっているかを争った。賭けの対象は銅、クロム、ニッケル、スズ、タングステンの5種。エーリック氏は今後の人口増加を見込み「価格は上がる」、サイモン氏は「変わらない」を選択した。
結果は経済学者であるサイモン氏の勝ちであった。10年前と比べて5種のうち4種で価格が低下しており、クロムの価格は10年後に5%ダウン、スズは半分以下となった。同氏は資源が希少化すれば価格が上がり、価格が上がれば代替材料開発が進むことで、その資源は需要が低下し価格が下がることを見越したようだ。

しかし、ここで本当に重要なのは「資源が希少化」する前に、どういった備えを行っているかであろう。その賭けのなかでは4種の価格が低下したが、1種は価格が高くなっている。特に、いまの時代はスピードが非常に早いため、インジウムのようにあっという間に価格が急騰し調達が困難な状況に陥ることもあり得る。LCDパネルのような裾野の広いアプリケーションが供給不足に至ると、世界全体で経済活動が後退する可能性すらある。
確かに日本企業によるレアメタル各種への権益投資は活発化しているし、インジウムやディスプロシウムでは代替材料開発が進んでいる。脱コバルトの動きが加速しているのもその1つだろう。しかし、現段階ではそれほど重要視されていないレアメタルにおいて、これから先の需要拡大を睨み、どのように供給対応を整えているのか、あるいはどの程度本気になって代替材料開発を行っているのか。太陽電池やLED、燃料電池といったアプリケーションの需要が急拡大した際に慌てふためいては遅すぎる。これらのアプリケーション市場拡大に伴い、注目を浴びることになるレアメタルはいくつもある。第二のインジウムパニックを引き起こさないためにも、自動車を含めたエレクトロニクス製品の5年後あるいは10年後を見据え、官民学一体となって「次なる」レアメタルの安定供給体制の構築と代替材料開発を同時に行う必要があろう。

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研究員紹介

相原 光一(主任研究員)

プラスチックやレアメタルを中心とした素材およびその加工製品市場に関して調査研究を実施。材料という観点からエレクトロニクス、自動車、家電・OA、飲料食品容器等の幅広い分野で調査研究実績を持つ。