アナリストeyes

省エネルギーと日本

2010年6月
主任研究員 浅野 求

温暖化対策とは別の省エネルギー

国内の多くの企業にとって、地球温暖化防止のための二酸化炭素排出量削減は喫緊の課題になっている。もっとも、地球温暖化の主要因を二酸化炭素排出量の増加に帰することに対して、異論を唱える有識者も多く存在する。しかし、仮に地球温暖化の原因が二酸化炭素排出量の増加ではなくても、また、地球温暖化による各種の影響や被害がそれほど大きくなくても、やはり二酸化炭素排出量の削減は人類、特に日本にとって重要な課題であることに変わりはない。二酸化炭素排出量の削減は、化石燃料の使用量削減とほぼ同義だからである。
石油、天然ガス等の化石燃料・エネルギー資源が乏しい日本にとって、エネルギー使用量を減少させることは、今後も生活(消費)と仕事(生産)の豊かさを維持していくために不可欠と考えられる。昨今の石油価格の高騰のように、化石燃料の供給量や価格は、世界の政治・経済の情勢によって短期的にも大きく変動する。また、新興国等のエネルギー消費の急激な増加に対して、地球上で得られる化石燃料の量は有限である。従って、今後のエネルギー市場において、化石燃料の供給量や価格は、日本にとって不利な方向に推移していくことは自明である。

美しい国のハンディキャップ

「日本は国土としてエネルギーや資源が乏しいから嫌だ」という日本人は、これらが豊かに産出する国の国民となり、そのメリットを享受できるようにするしかないであろう。しかし、「美しい国、日本」で生きていくことを決めている日本人にとって、生活と仕事の豊かさを維持するためには、今後はエネルギー使用量、少なくともエネルギー使用の原単位を減少させる「省エネルギー」が全ての活動の前提条件になると考えなければならない。
確かに、性能や品質で優れた製品を開発・生産し全世界で販売することにより、収益を獲得している日本の企業は多い。しかし、生活や仕事の前提となるエネルギーや資源の供給量や価格が、日本にとって不利な方向に推移していく中で、そのハンディキャップを吸収できなければ、優れた製品により得られる収益も相殺されてしまうことになる。
地球温暖化の議論とは別に、今後、人類にとって地球上のエネルギーや資源が有限であることの実感が高まるほど、エネルギーや資源がそれだけ優れた製品として位置付けられるようになる。

生活と仕事の前提条件

日本企業が生み出してきた多くの製品では、エネルギー効率を高めるための技術開発が行なわれてきている。ファシリティとしてのエネルギー設備機器の市場について見ると、現在の国内の建設や設備機器の全体市場は停滞しているが、そのような市場環境の中でも、高効率(=省エネルギー)設備機器の市場は伸びている。これらの設備機器は、初期コストは高くなるもののランニングコストが低減されるため、ライフサイクル全体では低コスト化される。ライフサイクルコストの観点で各種のエネルギー設備機器が導入される考え方は、長い年月をかけて、ようやく国内で定着してきた。
これは、例えば国内の新車販売市場が縮小する中で、初期コストが十分に下がってきたHEVがユーザーに受け入れられているのと同じ構造である。省エネルギーを図ることと、それによりライフサイクルコストを低減することは、日本における全ての生活と仕事の前提条件になりつつある。

不安定な豊かさの構築

もっとも、省エネルギーばかりに目を向けていると、縮こまった生活や仕事になるという指摘もある。確かに、エネルギーや資源をふんだんに消費する方が豊かではある。企業においても、即効的な売上の拡大が見込める生産設備投資の方に目が行きがちである。
しかし、日本国内でそれができるのは限られた分野や個人であり、全体で見れば日本の国土はエネルギーや資源の点で、もともと豊かではない。日本はそれをベースとして、その上に豊かさを構築していく他はない。日本が構築できる豊かさは、それを維持するために継続的な努力を必要とする極めて不安定な豊かさである。

日本市場は先行事例

現在、日本の大手企業の多くは、日本市場で培ってきた技術、製品を海外でも事業展開している。日本企業の製品において、省エネ・高効率は性能、品質とともにセールスポイントである。
ここで、逆説的な表現になるが、これらの有力企業の多くは、人口が減少し成熟する方向の日本市場を事業として最も重視していることを指摘しておきたい。
目下、市場が急拡大しいている新興国においても、やがてエネルギーや資源の課題が発生してくることは時間の問題である。また、これらの新興国市場も、長期的には日本市場と同様に成熟化をたどることになる。日本の国土が有限であったのと同様に、地球も有限であるからである。
そこで、日本は先行事例となる市場である。多くの有力な企業は、先行事例の日本市場で豊かさを構築できなければ、世界市場でも豊かさを構築できないと考えている。日本の企業は有限のエネルギーや資源をベースにして、豊かさを構築する技術・製品を生み出してきており、今後はその経験を世界中にフィードバックしていくことになるであろう。

弊社の役割

弊社(矢野経済研究所)の役割は、調査業務によって企業の事業活動を効率化することである。エネルギーや資源の少ない日本において、「調査能力をもって日本の産業に参画する」(弊社創業理念)ことにより、豊かさを構築する企業活動に貢献していきたいと考えている。

研究員紹介

浅野 求(主任研究員)

エネルギー・環境分野を中心に、産業用設備(電力、ガス、水、空調、高温熱・冷熱、エアー、廃棄物処理、エンジニアリング、生産設備、物流設備、FAシステム、PAシステム、省エネ設備機器・システム、新エネルギー設備(太陽光発電、風力発電、コージェネレーションシステム)、オペレーション&メンテナンス等)、ビル・店舗用設備(受変電設備、空調設備、衛生設備、給湯設備、照明設備、発電設備、厨房設備、昇降機、ビル管理システム、セキュリティシステム、データセンター設備、省エネ設備機器・システム、オペレーション&メンテナンス等)、住宅用設備(太陽光発電システム、燃料電池、厨房機器、給湯設備機器、冷暖房機器、照明機器、省エネ設備機器・システム、各種生活家電等)等の各種設備機器の調査研究で実績を有する。