医療情報システム市場とクラウドコンピューティング

2011年1月
主任研究員 勝見 英樹

医療情報システムは2008年度で2542億円

医療情報システム市場は、伸び悩む医療関連業界において少ない成長分野として位置づけられてきた。特に、厚生労働省によるグランドデザインは電子カルテ時代の幕開けを印象付けるには十分なインパクトがあった。2001年から官公庁や自治体が電子カルテ導入のため補助金などを予算化したこともあり、電子カルテを中心とした医療情報システム市場は拡大し新規参入企業も増加する注目市場となった。また、電子カルテシステムだけでなく、2008年度からはPACSと呼ばれる医用画像システムも大きな成長を見せている。医用画像システムは、X線検査などの放射線部門で実施される画像診断に関わるシステムである。医療機関にとって従来のフィルム診断よりもシステムを活用したモニター診断を比較すると診療報酬上の優位があるからだ。このように医療情報システム市場の成長には、行政機関の補助金や診療報酬の影響が強く存在している。その市場規模は2003年度には2,000億円を突破し、2008年度には2,542億円まで成長した。

図表1<医療情報・管理システム(TOTAL)金額市場推移と前年比伸長率>

小規模施設でのIT化が成長のポイントに

しかし、現在市場成長率は鈍化傾向にあり、カテゴリー別では縮小する市場も見受けられるようになった。また、電子カルテなど医療情報システムの多くが大規模施設中心であり、施設数が多い小規模施設での普及が進んでいない。電子カルテの普及率に至っては10%未満(2009年10月現在)のままである。結果、医療施設におけるIT化は偏った状況にあり、地域医療連携などIT化の目指すべき目的を達成できないでいる。
成長率の鈍化は、大規模施設を中心としたリプレイス市場になっていることが成長を妨げており、小規模施設での普及なくして大きな市場成長と導入メリットの最大化は達成できない状況にある。

図表2<電子カルテシステム病床規模別導入状況>

小規模施設での普及に向けての課題 「低コスト化」と「ITリテラシーの不足」

これまでの市場動向からも行政機関による補助金などの経済支援や診療報酬上のインセンティブが望まれるが、普及に向けての課題は他にも見つけることができる。
現在の経営環境において医療機関の自発的なIT投資に大きな期待はできないが、情報システム化の恩恵は深浅様々であることは疑う余地はない。IT化によるメリットは確かに存在する。医療機関はITの活用が遅れている数少ない分野をとなっている。他産業からは、経営の合理化のため不可欠な存在となっているITを活用しないことに強い違和感があるのだ。
これまでも多くの導入阻害要因が指摘されているが、最たるものとして「低コスト化」と「ITリテラシーの不足」がある。
費用対効果が問われるのは医療機関のみならずに限らず普遍であり、当然のこととして導入した結果利益を得なければならない。実際、直接的な経済効果はなくとも、間接的な効果として業務効率改善・スループットの向上を評価するユーザーは確実に増加している。特に、多くの部門があり、多数のスタッフを抱える大規模施設ほど導入効果があり、大規模施設を中心とした電子カルテシステムが熟成し臨床現場で使用できるレベルまでブラッシュアップされた結果と言える。
ここで問題となるのが規模である。小規模施設での効果は少なく感じられるため、費用対効果が低くなってしまう。加えて現在の医療施設において小規模施設の経営環境は良好とは言えず、費用対効果に対する要求は厳しい。普及率が低いことから小規模施設向けソリューションが熟成されるほどの実績がないため、期待されることはコストの大幅な低減となってしまう。実際に、導入コストの低下は進んでいるのだが、小規模施設が求める低コスト化には不十分である。
一方のITリテラシーの不足は、より根本的な問題かも知れない。具体的には、導入検討における仕様決定や企業からの提案の評価、導入後の保守・運用が十分にできないため、導入したくとも導入できないケースである。これでは、どれほど素晴らしい低コストソリューションであっても導入効果を十分に授与することは難しい。現実に、医療施設において医療情報システムに関するセクションを設置し、専任の人員を配置している病院は非常に少ないのが現状であり、SEが常駐するような施設は限られた大規模施設が殆どである。小規模施設でこのような部署、人材を抱えることは非常に難しく、IT化のハードルとなっている。
このように、低コスト化とITリテラシーの不足が多くの小規模施設で共通する阻害要因となり、市場成長の大きな足かせの一つとなっている。参入企業の多くは、ハードウェアの低価格化、機能を限定したパッケージの検討などで低コスト化に対応しており、導入時のコンサルティングや運用支援などを含む保守提案などを模索しているが決定打にはなっていない現状がある。

クラウド・コンピューティングへの期待

このような課題に対するソリューションとして期待されているのが、他産業分野でも注目を集めているクラウド・コンピューティングである。クラウド・コンピューティングは新しい概念ではないが、医療以外の産業分野での導入実績も増えたことで有効性/優位性が認識・実証され注目度を増している。

一般的に認識されているメリットとして以下のようなものがある。

  • イニシャルコスト、ランニングコストの低減
  • スケーラブルで柔軟な拡張性
  • 最新技術を得やすく陳腐化しにくい
  • 運用/管理の簡便化

これらは、課題となっている小規模施設での課題に対するソリューションと成り得るものであり、今後クラウド・コンピューティングが採用される可能性は高い。

一方で医療情報システムならではの課題、懸念も存在する。

安定して運用できるのか?システムダウン時の対応は?トラブル時に責任の所在は明確になるのか?外部保存したデータのセキュリティは?通信速度が臨床現場での使用に耐えるものであるのか?
など、プライバシーの重要性が高い医療情報を扱う上での問題も大きい。何より導入実績がないことは、保守的と見られる医療機関で問題となる可能性が高く、短期的な解決策は見当たらないため中期的な事業展望が要求される。医療分野におけるクラウド・コンピューティングは、難しい挑戦であるが市場成長の大きな期待を背負っていることは間違いない。

研究員紹介

勝見 英樹(主任研究員)

矢野経済研究所入社以来、主に医療ITおよびネットワークサービス、医療機器を担当。
電子カルテ、PACS、遠隔画像診断(テレラジオロジー)、放射線画像診断機器に関する調査・研究を実施。