アナリストeyes

スマートデバイスは世界を変える革命ツールである

2013年12月
理事研究員 野間 博美

スマートデバイス(スマートフォン・タブレット)の普及が、すさまじい勢いで広がっているが、この意味するところは、単なる大きなヒット商品がでたということではない。PCやインターネットの登場や、或いはそれ以上のインパクトのある出来事であると考える。
一般的には、スマートフォンは従来の携帯電話の代替品として見られがちであるが、本質的には、全く異なるツールであると考えるべきである。簡単に言ってしまえば、携帯電話が従来の電話機の延長であったのに対して、スマートフォンは、インターネットを標準搭載したモバイルPCという特性を持っているからである。
このことはつまり、世界中の人々が、手のひらの中で直接インターネットにつながる時代がやってきたということであり、まさに世界を激変させうる高度な情報インフラが、個人単位で整えられつつあるのが、今のスマートフォンブームと言えるのである。

そもそも日本以外の多くの国では、少し前まで携帯電話がインターネットにつながること自体が珍しく、せいぜいメールの送受信ができる程度であった。そこにインターネットへの常時接続が標準機能としてセットになっているスマートフォンが取って代わることは、極めて大きな変化であるのだ。
また、世界標準で見た場合には特殊な存在であった日本では、従来の携帯電話の時代から、既に大抵の端末がインターネットにつながっていた。故に、さほど大きな変化ではないように思われるが、実際にはそうではない。携帯電話でのインターネットの世界においては、依然としてドコモ、au、ソフトバンクなど、通信キャリアの影響が大きく、必ずしもオープンなネット環境とは言い難かった。i-modeやezwebといった、キャリア経由のネット接続の中では、それぞれのキャリアの思惑が働きがちであり、実質的にはユーザーの活動はキャリア課金の枠のなかで制限されていたと言える。
しかし、グローバル端末であるiPhoneの絶大な人気は、自らのユーザーを囲い込もうとするキャリアの戦術を無力化し、ユーザーが自由にネットを使える形に、競争環境を一変させることとなったのである。

こうしたスマートフォンの登場と普及によって、産業界や我々の生活に様々な変化が引き起こされることは、到底避けられない。
まず、既存の産業に対するインパクトが指摘される。スマートフォンは、従来の形状の携帯電話を駆逐し、日本の携帯電話市場に大打撃をもたらした。スマートフォンへの急速な移行のために、当該市場からの撤退を決意する国内ベンダーも出るほどである。

また、スマートフォンの革命的な操作性は、マンマシンインターフェースにも影響を与えた。そしてスマートフォンは、より大きなディスプレイを搭載することで、タブレットPCという新市場を生み出した。そして、タブレットは既存のPC市場、なかでもノートPCの市場を侵食し、ノートPCの市場規模をも凌駕する勢いである。
このようなタブレットの普及は、コンシューマのITライフを、PC主体からスマートデバイス主体に移行させつつあると言える。しかし、ITに直接関わりのない市場に対しても、スマートデバイスは大きな影響を与えている。例えば、TVやオーディオといったAVの世界も、今やスマートデバイスに飲み込まれつつある。特に若者においては、映像や音楽の消費は日常的にスマートデバイス上で行われるようになり、TVや据え置き型のオーディオ機器に対するニーズは明らかに小さくなった。このような傾向は、スマートフォンにカメラが搭載されたことによる、デジタルカメラに対するニーズに関しても同様である。

また、業務用の機器に関しても、同様のことが起こりつつある。例えば、最近は店舗のレジと言えば、POS端末が設置されるようになったが、依然として価格が数十万円と高価でもあったため、小規模店ではキャッシュレジスタなどで済ますことしかできなかった。
しかし、端末としてなら数万円で買えるタブレットを使って、安価にPOSシステムを導入できるソフトウェアも多数登場し、最近はレジスタに代わって小規模店でタブレットPOSが導入されつつある。また、クレジット決済に必要な端末についても同様の現象がみられ、従来の専用端末に代わってスマートフォンで代替されるとともに、クレジットカードの利用可能店舗のすそ野も拡大しつつある。

このような産業界へのインパクトだけでなく、スマートフォンの普及は、個人のコミュニケーション手段にも大きな変化を引き起こしている。
利用者の急速な拡大を実現している「LINE」は、IPが利用可能な携帯電話でも利用できるが、現実的にはスマートフォンでの利用を前提としたコミュニケーションツールである。当初のメインユーザーであった若年層のみならず、高年齢層にも幅広く普及しつつあり、一気に主要なコミュニケーションツールに成長した。「LINE」を利用するために、従来の携帯電話からスマートフォンに機種変更する若者も多く、高校生、大学生におけるメインのコミュニケーション手段に一気に成長した。「LINE」は、任意のグループ内で同時にメッセンジャー機能を利用でき、利用方法に様々なシーンを設定できることから、新たなコミュニケーションの可能性を開発しているとさえ言える。
また、従来の携帯電話をベースに成長してきたゲーム系のSNSである「モバゲー」や「GREE」も、市場の変化に合わせて、急速なスマートフォンへの対応が求められ、長年かけて構築した既存の顧客基盤の喪失と戦っている状況だ。
逆に、PCをベースにスタートしたSNSである「Facebook」や「Twitter」に関しては、PCからスマートフォンへのシフトが喫急の課題となった経緯がある。
これらに加えて、従来から継続して存在するPCや携帯のメールなども含めて、相手や目的ごとに適切なコミュニケーション手段を選択しながら利用するという、これまで考えられなかった新たなスキルが求められるようになってきた。

スマートフォンがPCのモバイル版であり、ネット端末であることは上述の通りであるが、そのほとんどの利用シーンは、インターネットへの接続をベースに置いているということである。例えば、一人一人の情報の発信やつぶやきは、実質的には世界に向けて行われているということを、正しく認識しておかなければならない。
近年、特に仲間うちの「ノリ」で気軽にTwitterでつぶやいた内容が、リツイート機能によって大規模に拡散され、「炎上」するという事件が多発している。これなどは、スマートフォンが、世界に向けつながっているインターネットの入り口であることに対する意識の欠如が巻き起こすトラブルの一例である。飲食店内の各種投稿写真による「炎上」は、マイナスな事例であるが、逆に身近におこった感動的な出来事が、一気に世の中に広まるといった事例も枚挙に暇がない。
これらの例は、世の中の一人一人がスマートフォンを持つことで、本来なら世間に知られることのなかったような身近の出来事を、世界に向けて発信することが可能になったということを示している。
高級飲食店のメニューの誇大表現や、宅配事業者の内部事情が明らかにされるなど、企業の不祥事が次々に明らかになっている。これらも、個人がスマートフォンというモバイルPCを保有することで、社会の隅々にまで監視の目が届きつつあることが背景にあると言えそうだ。

かつて「アラブの春」と言われた、独裁政権に対するデモ活動と政府の転覆が連鎖的に起こったムーブメントの背景に、SNSが影響していたことは有名である。
今後は、こういったことが世界中でますます起こりやすくなるだろう。途上国においては、まだまだスマートフォンを保有できる人は限られているものの、今後はますます安い端末が流通すると予想され、スマートフォンインフラの整備が進むだろう。
それ故、これまでは一部の特権階級の階層が支配していたような国々において、民衆が一斉に蜂起するような事態が起こる可能性が、ますます高まっていく。世界はスマートフォンによって、間違いなく今まで以上にボーダーレス化が進んでいく。かつてのような情報統制や外国との情報交流の禁止などといった支配の仕方は、ますます困難になっていく。

現在もなお、こうしたスマートデバイスインフラを活用して、今までなら考えられなかったような事業を考えているアントレプレナーも多いはずだ。同時に、スマートデバイスは、産業や人々のライフスタイルのみならず、国家や世界秩序までをも、大きく変える可能性を有しているツールなのである。

研究員紹介

野間 博美(理事研究員)

1992年、矢野経済研究所入社、入社以来一貫してICT分野を担当。
中小企業市場やリテール向けICTソリューションを担当しながら、ICT分野全般のマネジメントを担当。