ASEAN主要国の教育事情

シンガポールでは、過熱する学歴競争を背景に、学習塾や家庭教師など、学校外教育サービスが極めて利益率の高いビジネスになっている。ASEAN諸国のうち、他にも似たような状況になりつつある国はあるだろうか?

多くの国々において、小学校から中学校までの基礎教育は既に整備が進んでいる。しかしながら、高校から大学までの高等教育では大きな課題を持つ。学校数の不足や地方部における学校までのアクセスなどインフラ面の課題、多民族社会や所得差による生活環境の格差などの社会的課題、多言語社会における教育の質の均一性確保や教員のスキルなどソフト面の課題など、それぞれの問題は根深い。結論から言うと、シンガポールほどの学歴社会の到来を迎える国は、まだ当面の間出てきそうには無さそうだ。

しかし、2003年頃に相次いで義務教育制度が導入されており、教育が無償で受けられるようになってまだ10年程度である。更に、教育制度を大きく変革させたフィリピン、大卒者数が飛躍的に拡大しているカンボジア、英語教育に熱心に取り組むタイなど、各国の教育事情に応じたビジネスチャンスは存在しそうだ。しかも、シンガポールに比べれば、どの国も生徒数は数十倍であり、その潜在力は大きい。もっとも、低価格版の学習文具を提供したり、遠隔学習を可能にしたりなど社会起業という観点からすれば機会は豊富にあると言える。

以下で、特徴的な国の概要を説明しているが、児童数や学校数のデータは、各国の教育省庁をはじめ、ユネスコ、ユニセフや報道記事など複数のソースを基にしており、収集した情報の時点もまちまちであるため、規模感を得るためのあくまでも参考としての提示である。また、そうした理由から、あえてソースも示していない点に留意いただきたい。

シンガポール

  • 小学校児童数:約26万人
  • 中・高校生徒数:約20万人
  • 小学校数:約170校
  • 中学校数:約150校
  • 小中一貫校:約15校

シンガポールの教育制度は原則として6-4-2制であるが、コースによって終了の年数が異なる。シンガポールではバイリンガル教育を推進しており、英語に加え、中国語、マレー語、タミル語を学ぶ機会が与えられ、殆どの児童生徒は2ヶ国語以上を話せるような教育を受けている。
義務教育は小学校の6年間(Prime1-6)で、午前午後の2部制がとられている。小学校終了時には、初等教育修了試験(PSLE)が行われる。また、中学校と高校それぞれの卒業時には、成績によって進学コースを決定するための試験が行われる。
外国人比率が高いシンガポールでは、インターナショナルスクールなど私立の学校も多いが、地元シンガポール人のインターナショナルスクールへの通学は制限されている。
また、学校外教育が盛んでもあり、学習塾や家庭教師などへの依存を問題視する傾向も出ている。

タイ

  • 義務教育の児童・生徒数:約740万人
  • 高校の生徒数:約200万人
  • 教育制度下の学校数:約31,000校(高校含む)
  • 小学校在学率:103%(入学年齢未満の児童や卒業年齢を超えた在学者もいるため)
  • 中学校在学率:98%
  • 高校在学率:71%
  • 大学在学率:40%

タイの教育制度は、原則として日本と同様の6-3-3制で、初等教6年間と高等教育6年間に分かれている。初等教育は日本の小学校に相当し、高等教育は同じく中学校・高等学校にあたる。このうち、小学校6年間、中学校3年間が義務教育である点も日本と同様である。毎年、進級前に行われるテストにパスしなければ進学できない制度ではあるが、留年はまれである。
義務教育が終了し、高校に進学を希望する生徒は、O-NET(Ordinary National Educational Testing)と呼ばれる全国共通のテストを受ける必要がある。また、高校の卒業にも、A-NET(Advanced National Educational Testing)と呼ばれる試験を受験する必要がある。その後、大学への進学には、共通試験CUAS(Central University Admission System)を受験する必要がある。
タイ政府は長い間、英語教育を義務化するなどの取り組みをしてきている。

ベトナム

  • 小学校児童数:約700万人
  • 中学校生徒数:約615万人
  • 高校生徒数:約307万人
  • 小学校数:約15,000校
  • 中学校数:約10,000校
  • 高校数:約2,300校
  • 小中一貫校数:約600校
  • 中高一貫校数:約300校

ベトナムの教育制度は、小学校5年間(6歳~10歳)、中学校4年間(11歳~15歳)、高等学校3年間(16歳~18歳)で、5-4-3の制度である。
就学前教育としては、月齢3ヶ月から5歳までの幼児を対象とした保育園、幼稚園の制度があり、2001年時点では5歳児の85%が幼稚園に通園している。
小・中・高の就学率はそれぞれ、95%、75%、40%と教育段階が進むにつれ急速に低くなる。小・中学校は義務教育とされ授業料は無料ではあるものの、教科書や制服は負担する必要があり、貧困世帯にとってはこうした負担が子供を学校に通わせない理由になっている。
また、中学校以上ではこの負担が更に大きくなる。公立学校は、学費を要求する事は出来ないが、ペン、ノート、衛生管理、交通整理、花壇整備など様々な名目の費用を徴収している。事態を重く見たベトナム教育訓練省は、2011年には保護者に対して過大な費用請求を取りやめるよう指導している。
ベトナムにおける義務教育の就学率は、95%程度と高い。しかし、中学校を卒業した生徒の高等教育への進学率は半分程度に留まっている。ベトナム政府は、国費の15%程度を教育に振り向け、2020年の工業国化に向けて国民の教育水準を高めようと努力しているが、都市部と地方部での就学率の格差はいまだに顕著で、学校数の不足も要因となっている。小学校では、学校の不足や都市部での児童の集中などのため、午前と午後の二部制となっている。

フィリピン

  • 小学校児童数:約1,390万人
  • 中学・高校生徒数:約680万人
  • 小学校数:約44,800校
  • 中学・高校数:約10,400校

これまで、フィリピンの教育制度は6-4制であったが、2012年からK-12システムを導入し、幼稚園をも基礎教育に組み込み、小学校から高校までの過程を12年間掛けて進む1-6-4-2制度に移行している。これまでの義務教育は初等教育の6年間だけであったが、1年の幼稚園過程に加え、高校の2年間をも義務教育に含んだ。
小学校1-3年生の間の基礎教育教科はそれぞれの現地の方言によって授業が行われるが(フィリピン語と英語の授業は例外)、4年生以降はフィリピン語と英語による授業になる。英語は、1年生の2学期から導入される。
K-12導入以前にも小学校は義務教育とされていたが、凡そ30%の児童が小学校を卒業しておらず、或いは通学すらしたことがない。中でも地方部では、活火山を有する起伏に富んだ山岳部や熱帯雨林、数多くの島しょ部等に阻まれて通学が困難であったり、遠方の小学校であれば、授業に使われる方言が理解できなかったりといった問題がある。

カンボジア

  • 小学校児童数:220万人
  • 中高校生徒数:170万人
  • 小学校数:約6,800校
  • 中学校数:2,800校
  • 高校数:850校(中高一貫校含む)

日本同様、6-3-3制を採っているものの、就学率は中学、高校と段階的に激減しているのが現状である。しかし近年では、大学卒業者の数が急増しており、2004年時の約6万人から2012年には25万人にまで増加している。
小学校の就学率は90%を超えてはいるものの、卒業するのはその半数に留まる。ポル・ポト政権時代に教育制度が廃止された経緯があり、カンボジアの教育制度は依然復興途上にあるが、教師の不足、学校の不足などその道のりはまだ遠い。
就学率の低さ、小学校の卒業率の低さの要因は貧困である。小学校就学児童であろうとも、家庭が貧しく、働かなくてはならない事情があるからである。加えて、遠距離を通学する必要があることも拍車を掛けている。
カンボジアもまた、外国語教育に力を入れている。

マレーシア

  • 小学校児童数:約270万人
  • 中・高校生徒数:約230万人
  • 小学校数:7,700校
  • 中学・高数:2,300校

マレーシアでは、義務教育は小学校の6年間で、中・高にあたる次の段階の高等教育は原則として5年間である。
公立小学校は、マレー系小学校とそれ以外(中国系、タミル系)に大別されるが、民族や母国に関係なく通学可能である。授業は、それぞれの言語で行われるが、マレー語と英語はどの学校においても必須教科とされている。
日本の中・高に該当する高等教育機関SMK(Sekolah Menengah Kebangsaan)でも、英語を必須教科としている。5年生の終了時点で試験(SPM:Sijil Pelajaran Malaysia)を受け、6年生に進むことが出来る。
マレーシアの教育制度で、最も課題視されているのは授業に使用される言語である。SMKでは、2003年以降、数学と化学の授業は英語で行われていたが、2012年からはマレー語での授業に切り替えている。中国語コミュニティでは、中国語での授業を増やし、イスラム系の学校ではアラビア語を教えるなど、児童生徒にとって、言語カリキュラムの負担が重い。

主任研究員 古館 渉