「東日本大震災で見直される農業のグランドデザイン」


~農林水産業の被害額は1兆7,760億円(暫定値)~

2011年3月11日に起きた東日本大震災は、巨大津波に見舞われた岩手県、宮城県、福島県の沿岸部だけでなく、その後の福島第一原子力発電所事故、及び風評被害と相俟って、群馬県、茨城県、栃木県、埼玉県、千葉県を含む東北、北関東エリア広域に亘り、甚大な被害が生じている。

東北6県(青森県、岩手県、宮城県、秋田県、山形県、福島県)における農作物の作付面積は約74万7,000haあり、これに茨城県、栃木県、群馬県、埼玉県、千葉県の農作物作付面積(約53万1,000ha)を加えると、全国農作物作付延べ面積(424万4,000ha:H21年実績)の約30%の農地が今回の災害により、なんらかの影響を被ったといえる。農水省の推計によると流失・冠水等被害農地の推定面積は青森県(79ha)、岩手県(1,838ha)、宮城県(15,002ha)、福島県(5,923ha)、茨城県(531ha)、千葉県(227ha)、合計で2万3,600haという発表がなされているが(2011年3月29日発表)、今回の大震災による津波による「流失・冠水」という直接的な農地被害推定面積であり、農業における被害の一部を捉えているに過ぎない。

東日本大震災における農林水産関係被害状況

今回の災害で最も被害の大きかった岩手県、宮城県、福島県の国内農林水産業における国内シェアは水産業で9.8%、農業で8%、林業で9.9%となっており、かかる3県の日本の食を支える役割は大きい。

東日本大震災で最も被害の大きかった東北3県の農林水産業の位置づけ(2009年)

東日本大震災の直接の被害を受けた上記3県以外も、多大な被害が生じており、茨城県農業協同組合中央会によると県内だけで100億円以上の農業被害額になる可能性があるという。このような風評被害も入れると東日本における農林水産業界の被害額は1兆8,000億円程度の規模ではありえない。

~一刻も早く望まれる災害復興の枠組み~

このように、日本の食を支える東日本農業に大きな被害をもたらした今回の大震災、及び原子力発電所事故であるが、農作物生産に関しては、年間生産における重要な位置付けとなる春~夏にかけての作付作業時期と重なっていることもあり、各地で農地・農業水利施設の被害状況の把握と復旧工事や応急措置による作付可否の確認、水稲、野菜等の播種作業や営農について、懸命な復旧作業が進められている。

しかし、そもそも、復旧に関する国の予算や枠組みが決まるまでは本格的な復旧作業に入ることは難しい。更に各地域農家の高齢化を背景に借地による耕作を行なっている農業経営者も多く、地権者との話し合いを踏まえなければ、液状化や塩害からの圃場修復工事も本格的に進められない状況にある。

既に、農林水産省では、農業共済掛金の払込期限等を原則2011年6月30日まで延長することができる特例を導入し、農業災害補償制度における柔軟な対応を進め、また、地方公共団体による応急仮設住宅の建設、電気やガス供給等の公益的事業に係る施設の設置及び復旧等を行う場合は、農業振興地域制度及び農地転用許可制度上、国又は都道府県知事の許可を要しない取扱いを周知徹底するなど、各種の規制緩和策を実施している。

ただ、未曾有の災害復旧について柔軟な対応が可能な法制度の運用は勿論であるが、どのような災害復興を行なうのかについてのグランドデザインがなければ、場当たり的な対応とならざるを得ない。

今回の災害で多大な被害を受けた宮城県石巻市は災害後僅か1.5ヶ月で震災復興基本方針を踏まえた新都市構想を発表し、かかる構想を叩き台とする住民アンケートを2011年5月1日より実施し、地域の今後をどうするかについて、地域住民の意向も採り入れたグランドデザインを一日でも早く市民に示していきたいとしている。

現在もなお、行方不明者が多数あり、数多くの方々が避難生活を余儀なくされている状況の中、短期の救済策の策定・実施は急がれる。一方で、災害に強い街づくり、エネルギー政策、各種の産業振興策など、地域性を踏まえた短期・中長期両面からの災害復興に向けたグランドデザインを策定し、早期に国民に問う作業も欠かせない。

政府は「~日本の再生に向けて~」と題した政策推進指針を閣議決定している(2011年5月17日)。その中で、『再始動に当たっては、震災で中断していたものを単に再開することではいけない。(中略)新たな成長へ向けた戦略の「質的転換」を通じて、柔構造の経済、産業、地域社会を再構築するとともに、(中略)世界との絆を強めていく。力強い日本を再生させるものでなければならない』としている。

~農政だけにとどまらないグランドデザインの中で検討を~

農村において、農業はそこに住む人々の生活そのものである。一方で、そこで生産される食糧の多くは都市で消費される。農業のもつローカル性と「食」という国民生活全般への広がりの両面を視野に入れた農業復興・振興策を検討する必要がある。更に、2011年5月25日、ソフトバンクは19道県の知事らと連携し、大規模太陽光発電所「メガソーラー」や風力発電などの自然エネルギー普及を図る「自然エネルギー協議会」を7月上旬に設立すると発表した。ソフトバンクが個々の自治体と、耕作放棄地や休耕田など用地の提供を受けるなどして進める計画という。原子力発電の安全性についての懸念が過去になく高まってきている中で、今後、賛同する自治体は増えるだろう。しかし、農地転用には強固な規制があり、また、耕作放棄地の多くは所有者確認が困難な場合も多い。現行の法制度の枠内で考えていては、政府のいう『新たな成長へ向けた戦略の「質的転換」』をスピーディーに実現するのは難しい。

「農業」は、そこに住む人々の「地域社会生活」、安全・安心な「食糧生産」、そしてエネルギー政策まで含めた、政府そして最終的には国民全体による政策意思決定を踏まえたグランドデザインの中で、その復興を進めていく必要がある。

2011年6月 主任研究員 清水 豊


コメントを残す