日本マーケットシェア事典2014年版巻頭言より

外部から、そして、未来からの視点で戦略構築を!

株式会社矢野経済研究所
代表取締役社長 水越 孝

デフレの中に蔓延した内向き体質から脱却せよ

長期にわたるデフレとともに進行した社会の内向き化を憂慮する。

昨年噴出した一連の食材詐欺、大手外食が連発した顧客不在の販促策、バイトテロ、ひいては芸術や科学の世界における成果の偽装、これらに共通するのは身内という閉じた関係性への過剰な甘え、強迫的なまでの成果志向、そして、自己の外側の世界に対する想像力の極端な欠如である。

今、デフレ脱却への期待は残るものの、依然として景気回復の実感は遠い。

3月12日、政府は最新の消費動向調査と法人企業景気予測調査を発表した。前者は「消費者態度指数は3ヶ月連続で前月を下回り、すべての意識指標が低下」と個人消費が弱含みであることを伝える。

一方、後者は中堅~大企業の景況見通しについて「4-6月期は全産業で下降するものの7-9月期は上昇に転じる」と発表、新聞各紙も「大企業の景況判断は明るい」ことを報じた。しかしながら、中堅~大企業であっても経常利益見通しはマイナスであり、また、中小企業にあっては4-6期、7-9月期ともに全産業で「下降」を見通している。これらをみても景気回復の裾野が広がっていないことが分かる。

こうした中、春闘は久しぶりに「ベア」が焦点となった。従業員への利益還元が景気回復の根雪になることに異論はない。

しかし、「経済の好循環に非協力的な企業は経済産業省から何らかの対応がある」との閣僚発言は受け入れられるものではない。中堅~大企業であっても経常利益の見通しが不透明な中にあって、恫喝ともとれる一律の‘協力要請’が良い結果を生むとは考え難い。復興特別法人税の廃止だけでは長期的な展望は見えてこないし、恐らく「第3の矢」の目玉の一つであろうTPPもここへきてゴールが遠のきつつある。そもそも長期的な展望に立った戦略はあったのか。この数年、国の所作はあまりにもちぐはぐである。内向きの政治的成果の演出は問題の本質的な解決を遠ざける。

結果、グローバル競争を戦う企業の外部環境を不安定にさせ、更には戦略オプションを狭めることとなりかねない。

貿易構造は変わった。あらゆる分野において世界のマザー工場を目指せ

円安は製造業に一息つかせた。しかし、輸出量が増えない状況にあって、現時点では「差益」でしかない。日本製造業の製品競争力の低下を嘆く向きもあるが、そもそもグローバル企業においては国内の製造ラインを増強するモチベーションは高くない。

以下に主要メーカー3社の速報値を掲載したが円安差益の恩恵を享受している自動車産業であっても2013年(1-12月)の国内生産台数は前年比3.1%の減少、輸出台数も同2.7%の減少となった。一方、海外生産台数は1-9月期が前年比2.7%増、第3四半期(7-9月)だけみると6%増である。

2013年主要自動車メーカーの生産台数

23年ぶりの国内新設工場の稼動が話題となったホンダであるが、その狙いは国内生産拠点の集約と「マザー工場」化である。つまり、アジア・グローバルへの更なる生産シフトに向けての一貫である。

「ホンダはこれまで主に高価格帯市場でグローバルモデルを展開してきたが、今後は低価格帯の市場開拓に本格的に取り組む。インドネシアでは、もっとも需要が大きいMPVの低価格帯市場に参入、現在9万台弱の年間販売台数を2016年度には30万台まで拡大する」(2014年2月、同社IR資料より)。

そして、これを実現するために「アジア太平洋地域における現地サプライチェーンを強化、集中生産によるコストの低減と輸出を視野に入れた最適地での調達体制の確立を目指す」とする。

世界の自動車メーカーの戦略はシンプルであり、それは新興国の需要増にグローバル生産体制で対応する、ということだ。そして、今、新興国の成長を支えるのが中間層である。

富裕層に限定した従来型マーケティングでは「規模の成長」において後塵を拝する。各社がコンパクトクラスやミニバンといった車種展開を強化する理由がここにある。そして、そこで問われるのは、現地水準のコストと現地ニーズへの対応力、そして、ブランド力であり、その基盤が革新的な技術開発力、創造的な製品企画力、高度な生産技術力にあることは言うまでない。ここにマザー工場の戦略的意味がある。

しかしながら、グローバル企業のこうした動きは決してブランドの無国籍化を意味するものではない。2014年1月、独メルセデスベンツは従来ドイツ国内工場のみで生産してきた最上級シリーズSクラスをベトナム工場から出荷した。同社がベトナム製のSクラスを市場投入できたのは生産国の如何に左右されない圧倒的なブランド力に対する確信ゆえである。

貿易構造は構造的に、かつ、必然として変わった。日本はもはや最終製品の輸出拠点ではない。マザー工場が必要とするのは豊富な研究開発資金と世界トップクラスの人材だ。これらをいかに世界から集められるか、同時に、内需の拡大と大多数の雇用をどう創出するかかが問われている。そして、それは工業製品のみならずサービスや農産物を含むあらゆる市場において‘メード・イン・ジャパン’の価値をいかに再構成するか、という問いと表裏をなす。世界を内と外に分けてのダブルスタンダードは通用しない。いつまでも過去と内に閉じた幸福を目指していては世界から、現実から、そして、未来から置き去りにされる。

中国の金融リスクに加え、突然のロシア問題は立ち直りつつある国際経済のバランスを一変させるリスクを孕んでいる。世界との関係をどう構築するか、今と未来をどう関係づけるか、その視点からすべての戦略を洗い出し、再構築し、実行する必要がある。それが日本にとってのリスクマネジメントであり、また、成長戦略となる。

(2014年3月)