日本マーケットシェア事典2019年版巻頭言より

未来からの声に謙虚であれ。価値観の戦略的転換を!

株式会社矢野経済研究所
代表取締役社長 水越 孝

現在の“ものさし”における敗北は、未来へのアドバンテージである

米国との貿易摩擦、5Gを巡る覇権争い、構造改革の遅れ、、、中国経済に対する懸念が経営者のマインドを萎縮させつつある。日経によると経営者の4人に1人が「世界景気の悪化」を予想、うち9割が「中国」をその要因にあげる。中東や南米の不安定さも増す。英国の「合意なき離脱」リスクも依然として残る。そして、足元では隣国との関係が悪化し、米国からは2国間交渉を要求される。
掲げ続けてきた政策目標“+2%”は達成の見通しが立たず、国が発する数字や言葉は虚偽と隠蔽に信頼を失った。そして、10月には消費増税が控える。残ったのは妙な自己肯定感と驕りだ。これが一つの時代の終わりを前にした日本の“一面”である。

経済同友会の小林喜光代表幹事は平成の30年間を「敗北の時代」と断じた。現政権の政策を円高と株高を誘導した“時間稼ぎ”と評したうえで、「政治家や財界の敗北への無自覚がイノベーションを遅らせた」と指摘する。
GDP成長率、1人当りGDP、実質所得、企業の時価総額、人口減少、高齢化、公的債務残高、、、多くの指標が日本の停滞と後退を物語る。まさにここを切り取れば日本と日本の財界は敗北した。しかし、個々の企業や個人がすべて負けたわけではない。
「日本からGAFAは出ない」、「日本の強みは素材や部品だけ」との批判は根強い。
しかし、ジョブズやベゾスはごろごろいるわけではないし、GAFAをもって米国が「勝者」であるとすれば、そもそもトランプ氏の当選などあり得なかった。もちろん、東レや村田の戦略が間違っているなどとは誰も言えまい。

「日本の自動車業界は自動運転やEV化に出遅れた」、これもよくある指摘だ。確かに中国や欧州各国の国策化は早かった。とは言え、それゆえに未来の市場で勝てない、ということにはならない。
2019年1月、CESの記者会見でトヨタは運転支援の中核技術「ガーディアン」を公開、他社への提供を準備している、と発表した。クルマを売るのではなくシステムを提供する、言い換えれば、モビリティサービス市場におけるプラットフォーマーを目指す、ということだ。すなわち、未来の自動車市場はクルマのシェア争いが主戦場ではない、ということである。
EVはかつてのPCがそうであったようにやがてコモディティ化するだろう。
アイリスオーヤマの通販サイトに「今月の売れ筋NO1.はEV!」、そんなコピーが踊る日も遠くはないかもしれない。そうなれば素材や部品の競争環境も今とはまったく異なる様相を呈しているはずだ。
要するに、現時点における尺度や条件で未来の価値を計る必要はない、ということだ。価値の基準やものさしを転換すること、ブルーオーシャンやイノベーションの本質はまさにここにある。

一方、世界の新車販売の半分がEVなど次世代自動車に置き換わる2035年にあっても公道を走っているクルマの84%は内燃機関であり、EVは11.2%、FCVは4.4%にとどまるとの予測もある(IAEA)。日本ガイシは、「先進国に比べてアジア新興国のEV化は遅れる。一方、環境規制は更に強まる」との見通しのもと、2020年にまでにガソリンやディーゼル車向けの排ガス浄化用セラミックスの生産に500億円を投じる計画を発表した。これもまた“勝利”への確かな戦略である。
勝ち負けを国、ましてや財界といったレベルで考える発想を捨てること、イノベーションに向けての第一歩はそこから始まる。

新たな時代の新たな価値体系を創造せよ

昨年末、ポーランドでCOP24(国連機構変動枠組条約第24回締約国会議)が開催された。米国の離脱表明など国際協調主義が揺らぐ中での会議は、パリ協定(2015年)実現に向けての正念場、と位置づけられた。結果はすべての参加国の同意のもとガイドラインが採択された。とりわけ、資金支援や削減目標を巡って対立してきた先進国と途上国が折り合ったことは大きな前進である。
そして、 「ルールは各国共通であるべき」との主張を強く展開したのは離脱を表明しているまさに当事者、米国だった。米国は既に“その先”を見据えて行動している。米国の強さの一端がここにある。
さて、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は「世界の平均気温を産業革命前と比べて+2℃未満に抑えるためには2075年までにCO2の排出をゼロにする必要がある」と声明した。
“ゼロ”と言う目標は“低炭素化”というレベルでは実現できない。テクノロジー、経営思想、ライフスタイル、社会システムの根本的なイノベーションが必要であり、そうした社会の実現に向けては、現在とは次元の異なる新たな価値体系が必要となる。
私たちはそこに向けてイニシアティブをとるべきであり、そうすることで未来へのアドバンテージを獲得することが出来るはずだ。当社も昨秋「 カーボンニュートラルビジネス研究所」を立ち上げた。未来に向けて産業界の一助となれば幸いである。読者諸氏にも是非ともご参加いただきたい。

COP24ではスウェーデンのグレタ・トゥーンベリさん(15才)の演説が注目された。「未来からの私たちに向けた言葉」として以下にその一部を要約する。

  • 2078年、私は75歳になります。もしも私に子供がいたら「あなた方(=世界のリーダーたち)はなぜ時間があるうちに何もしなかったのか」と私に尋ねることでしょう。
  • あなた方は子ども達を愛していると言いながら、目の前で子ども達の未来を奪っています。
  • 政治的に何が可能であるかではなく、何をする必要があるのかに目を向けない限り希望はありません。
  • 私たちはあなた方にお願いするためにここへ来たのではありません。あなた方が望むと望むまいと「変化」は訪れることを告げるためにやって来ました。本当のPOWERは人々の側にあるのです。

(2019年3月)