日本マーケットシェア事典2023年版巻頭言より

この3年間を総括し、コロナ後の構造変化に先手を!

株式会社矢野経済研究所
代表取締役社長 水越 孝

アフターコロナ、世界は新たに再編・統合される

あと約2ヵ月、ようやくだ。新型コロナウイルスの感染症区分が2類から5類へ変更される。3年前、京都大学の山中伸弥教授は「2、3週間がヤマ場という表現は誤解を招く」、「最低でも1年は我慢する必要がある」「これはマラソンだ。いいペースをみつけて走ることが出来ればうまくいく」と早期収束への根拠なき期待を戒めた。それから3年、政治も医療も我々も決して“いいペース”で走り抜けたとは言えないが、大きな犠牲を伴いつつも世界はなんとか“パンデミック”を乗り越えつつある。

しかし、コロナ以前の世界はもはやそこにない。言うまでもなくロシアによるウクライナへの軍事侵攻が世界を一変させた。ただ、世界の“分断”それ自体は必然であった。ロシアはその在り様をより複雑にしたに過ぎない。
世界167の国と地域の民主化度を「完全な民主主義」「欠陥のある民主主義」「混合政治体制」「独裁政治体制」に分類し、指標化しているイギリスのEconomist Intelligence Unit(EIU)によると、2011年以降、完全な民主主義に区分できる政治体制は25から21へ減少した。そこに暮らす人々は世界人口のわずか7%、5億人に過ぎない。国連の人権審議理事会におけるロシアの資格停止決議に58ヵ国が棄権、24ヵ国が反対したことは記憶に新しい。そう、民主主義は国際社会における多数派でない。新自由主義が行き詰まる中、世界の分断と再編は構造的に避けられなかったと理解すべきである。

新自由主義、言い換えればグローバリゼーションの限界は富の寡占化、格差の固定化として表面化する。そして、これが分断の温床となる。先進国にあっては取り残された中間層、新興国にあってはいつまでも中間層に届かない低所得者層、それぞれのマジョリティに鬱積した閉塞感と苛立ちが社会を内側から分断する。
2016年の大統領選を境に「完全な民主主義」から「欠陥のある民主主義」へ陥落した米国はまさにその典型であろう。排他的で攻撃的な“強いリーダー”が放出するある種の高揚は社会全体の空気を一気に変えかねない。同様のリスクはいずれの民主主義国にも内在する。欧州や日本も決して例外ではない。
皮肉にもロシア、そして、最大の強権国家である中国の潜在的脅威が民主主義の後退を後押ししかねない。油断はならないということだ。
いずれにせよ世界の分断は米国と中国の経済覇権をめぐる争いを超えた次元で新たに再編される。経済合理性に対する地政学リスクからの制約はこれまで以上に高まった。企業は新たな生存条件の中でグローバル戦略を再構築する必要がある。

次の構造変化に備え、取り組むべき施策の準備は出来ているか

コロナ禍に話を戻そう。コロナとは一体何だったのか。社会のデジタル化は急速に進展した。緊急事態宣言に伴う行動変容とインバウンドの喪失は外食、観光、レジャー、旅客運輸など人の移動を前提とする市場を一挙に縮小させた。それはあたかも将来の人口減少に伴う内需喪失の疑似体験であった。事業承継問題を抱えた中小企業の再編も進んだ。M&A業界の空前の活況はまさに10年分の需要の先取りだ。市場の構造変化に対応できなかった老舗企業の淘汰もあった。中国を起点としたサプライチェーンの混乱、物流網の滞留、特定資材の供給不足、資源高も表面化した。米中間の緊張も高まった。“分断”は予見されていた通り顕在化した。各国の財政負担は急増、そして、今、金融政策の反転に伴う金利上昇局面にある。これもシナリオ通りだ。

この3年間、筆者はコロナ禍とは未来の短縮、すなわち、モラトリアムの短縮である、と指摘し続けてきた。しかし、はたして企業は前倒しされた構造変化に対して、戦略的な施策を打てているだろうか。特需も低迷も一時的なものとして、対処療法的な対応に甘んじてはいないか。
最初の緊急事態宣言下、2020年4月から5月中旬にかけて当社は大手・中堅企業の本社経営企画部門と海外現地法人の現地責任者を対象に「アフターコロナに向けての経営戦略」について調査した。
多くの企業が在宅勤務の制度化など“働き方改革”の必要性を指摘した。この流れは業種業態、本社/現地法人を問わず共通だ。一方、事業面では仕入れ先、販売先の分散が喫緊の経営課題としてあげられた。下表は海外現地法人からの回答である。サプライチェーンの再構築、現地化の推進、収益構造の多様化といった施策が上位にランクされた。 キーワードはやはり“分散”である。

コロナ後に向けての海外現地法人の取り組み

コロナ後に向けての海外現地法人の取り組み

問題はこれらが現実の経営計画の中に予算として落し込まれ、実行されているか、ということである。
経済安全保障に対する内外からの要請はこれまで以上に強まる。地球温暖化、人権といったSDGsへの貢献も求められる。今や企業を取り巻く経営条件はより複雑で、より大きな制約を伴う。こうした中、どこまで主体的に自社の経営を組み立てられるかがBCP戦略の要諦だ。中長期的な視点から、コロナ後の構造変化を予見し、自社の未来を構想し、それを先取りしてゆくこと、今、やるべきことはここに尽きる。

(2023年3月)