アナリストeyes

コンテンツ産業への期待と「アニメの殿堂」

2009年9月
主席研究員 遠藤孝彦

「コンテンツ産業」という聞きなれない言葉が、一般的な用語になったのは2004年頃である。2004年4月に「コンテンツビジネス振興政策-ソフトパワー時代の国家戦略」(知的財産戦略本部コンテンツ専門調査会報告書)が発表され、同年6月に「コンテンツ促進法」が公布された。コンテンツ産業とは、情報の内容を売り物とする業界で、具体的には映像、音楽、ゲーム、出版、放送などが含まれる。
2004年当時コンテンツ産業は、経済産業省がとりまとめた「新産業創造戦略」の中で、燃料電池、情報家電、ロボットなどと並べられて、日本経済の将来の発展を支える戦略分野として位置づけられた。同資料中では、コンテンツ産業の市場規模は2001年で約11兆円、2010年には約15兆円規模へ拡大することが期待されている。このようにコンテンツ産業は、我が国の次代の重要産業とされたが、その当時と現在で同産業を巡る環境はそれほど変わっていない。

2009年5月に成立した14兆円の補正予算に「国立メディア芸術総合センター」の設立予算117億円が盛り込まれ、野党から「アニメの殿堂」「国営漫画喫茶」と揶揄され、無駄遣いの象徴となった。「国立メディア芸術総合センター」とは、マンガ、アニメーション、CGアート、ゲームなどメディア芸術全般を展示する施設である。当該分野の作品のアーカイブや情報発信などを目的としている。
「国立メディア芸術総合センター」にとって不幸だったのは、設立予算が緊急経済対策の補正予算に組み込まれたことである。いかにも唐突で、景気対策のいわゆるハコモノ行政という印象を与えてしまった。センター構想自体は2008年8月から文化庁の有識者懇談会「メディア芸術の国際的な拠点の整備に関する検討会」の討議を経て、まとめられた報告書内容に基づいている。ただし、センターの中身(コンテンツ)の詳細までは、詰められていなかったのに建設費予算が先行したことに問題がある。
同センターは、国のコンテンツ産業振興政策の一環として、その背景や目的を正しく伝えた上で是非が問われるべきだろう。今回の件は、注目を集めただけにもっとまっとうな取り上げられ方をされれば、コンテンツ産業そのものに対する意識や関心を高める機会になったかも知れない。

コンテンツ産業が注目されるのは、その経済的・文化的波及効果が大きいことである。特に文化的波及効果は、国の持つソフトパワーの源泉とされている。ソフトパワーとは、米国の国際政治学者ジョセフ・ナイ氏が提唱した概念で、その国の文化、価値観、あるいは外交政策を通じて他国の人々を引き付ける力を意味する。軍事力や経済力で他国に影響を及ぼすハードパワーの対義語である。ジョセフ・ナイ氏は、アジアの国々は魅力的なソフトパワーを秘めているが、日本の潜在的なソフトパワーは大きいと評価している。

韓国や英国では、ソフトパワーを重視し、国策でコンテンツ産業振興に力を入れてきた。韓国は、金融危機で金大中政権下だった1998年に「BUY KOREA」という産業政策を進め、映像産業やゲームなどのコンテンツ産業を育成する方針を決定。年間850億円の予算を投じて、コンテンツ産業を振興した。映画やTVなどの映像産業の評価が上がり、2004年には日本で「冬のソナタ」が大ヒットし、韓流ブームが起こったことは記憶に新しい。現状では、韓国映画はやや低迷しているが、環流ブームの影響で韓国が日本人にとってより身近な存在になった。アジアにおける韓国製品のイメージも向上した。それが、ソフトパワーである。

我が国でもコンテンツ産業振興に向けてさまざまな施策が打たれている。しかし、コンテンツ産業は多岐に渡り、中小企業中心で基本的な担い手がクリエーターであることから政府が打つ施策が必ずしも有効に機能してきたとは言えない。関係省庁が多く、総合的な対策がとられてこなかったことも要因である。
その反省を踏まえ、2009年7月には、経済産業省、文部科学省、外務省などの関係省庁が横断して「日本ブランド戦略アクションプラン」を策定した。これは、コンテンツ産業や食、ファッション、デザインといった日本特有のブランド価値創造に関連する産業を「ソフトパワー産業」として位置づけ、これら産業の振興や海外展開を総合的に推進するものである。

コンテンツ産業を巡る最近の大きなトピックスとして、2009年の米国アカデミー外国語映画賞を「おくりびと」が日本作品として初めて受賞したことがあげられる。また、同短編アニメ賞も日本の作品である「つみきのいえ」が受賞した。2008年の国内の映画興行収入では、邦画が洋画を逆転した。長く低迷していた邦画だが、再び世界的な評価が高まりつつある。
コンテンツ産業は、我が国が誇るべき産業として、もっと正当に評価されるべきだろう。また、そのことに対する国民の認知を高める必要もある。コンテンツ産業が海外での日本ブランドの価値を高め、低迷する日本経済を浮上させる力にも成りうる。また、本質的に人に喜びや元気を与える産業である。「日本ブランド戦略アクションプラン」のテーマである「ソフトパワー産業を成長の原動力に」が実現されることを願う。

研究員紹介

遠藤 孝彦(主席研究員)

リサーチ活動においては、目的の明確化とアウトプットイメージを最初に持つことを重視しています。目的に対する「解」のない調査結果は、単なる資料の収集に過ぎません。クライアントに対して、有効な「解」が提供できるサービスを心がけています。

専門分野

  • 消費財、サービス産業分野全般のリサーチ及びコンサルティング

主なプロジェクト実績

  • 人材関連サービス業界のリサーチ業務
  • レジャー、エンタテインメント業界のリサーチ業務
  • 小売業の業態開発リサーチ及びコンサルティング