アナリストeyes

超高齢社会とフードビジネスの将来

2010年3月
主席研究員 加藤 肇

日本の高齢者は3,000万人目前

わが国の人口は1億2,765万人(2009/1/1現在)で、このうち65歳以上の高齢者人口は2,839万人と3,000万人目前であり、総人口に占める割合(高齢化率)は22.2%で「超高齢社会(総人口の21%以上が65歳以上の高齢者)」に突入した。
65歳以上の人口は、1950年には総人口の5%に満たなかったが、1970年に7%を超え、いわゆる「高齢化社会(同7~14%)」が到来した。これが、1994年には14%を超え、「高齢社会(同14~21%)」と呼ばれるに至り、更に高齢化が進展した。また、2006年から人口は減少し、団塊の世代(1947~1949年生まれ)が65歳に到達する2012年には高齢者が3,000万人を超える予定で、4人に1人が高齢者となる。

高齢者福祉のインフラ整備とサービスの充実

厚生省(当時)は、1989年2月、本格的な高齢社会の到来を控えて、全ての国民が安心して老後を送ることができるよう、「高齢者保健福祉推進十か年戦略」(ゴールドプラン)を提出し、老人福祉推進のための基盤整備のための具体的なサービス提供の数値を明示した。その後、「新ゴールドプラン」「ゴールドプラン21」と名称を変えながら、老人福祉のインフラ整備を進めてきた。
これら一連の施策により、長期入院の必要な高齢者は、それまでの一般病院から、特別養護老人ホーム(特養)や老人保健施設(老健)、介護療養型医療施設に移動した。その結果、これらの施設数、入所・入院者数(2008/10/1現在)は、特養が6,015ヶ所で41.6万人、老健が3,500ヶ所で29.1万人、介護療養型医療施設が2,252ヶ所で9.2万人となり、合わせると80万人の高齢者がここで生活している。
また、高齢化や核家族化の進展により、介護高齢者を社会全体で支える仕組みとして2000年4月より「介護保険制度」が導入された。制度導入の大きな目的に社会的入院の解消があり、在宅介護(居宅介護)を促すため、病院や福祉施設ではなく、自宅での介護療養を推進するサービスとして、公的サービスや民間サービスが充実しつつある。しかし、実際には24時間サービスを提供する介護職員の不足等から、介護度の高い高齢者の在宅介護は困難となっており、また、要介護高齢者自体の増加傾向から、入所施設の不足が大きな課題となっている。
この様に、急速な高齢化の進展に伴い、急増する介護高齢者の受け皿である高齢者施設は絶対数が不足している。また、これらのインフラ以外に、介護サービスを担う人材やそれを運営する介護サービス事業者も絶対数が不足しており、その改善が喫緊の課題となっている。

注目される高齢者への食事提供サービス

高齢者を大きく分けると、自宅に住む高齢者(在宅)と病院や施設に入院・入所する高齢者があり、更に在宅でも健常な高齢者と通院中や介護認定を受けている高齢者に分かれる。ここにもある様に、同じ高齢者でも住む場所や健康状態により、食事の提供形態や提供方法が異なる。
在宅の場合、高齢者自身や同居家族が調理する場合が大半であるが、介護認定を受けている高齢者、歯が悪くて硬いものが食べられない高齢者、嚥下機能が衰え食事を飲み込めない高齢者、腎臓病や糖尿病を患って食事に様々な制限がある高齢者など、普通の食事が摂れない高齢者は多い。特に、増加傾向にある独居高齢者は、自ら調理の手間をかけずに栄養不足に陥るケースも多く、ここでの食事は高齢者の健康維持に大きく影響を与えている。
これら高齢者の健康を支えるのが『在宅配食サービス』や『健康食・治療食宅配サービス』である。元々、これらのサービスは夕食材料の宅配からスタートしたが、今では大手食材宅配サービス企業が、在宅の高齢者や患者向けの食事サービスを本格事業化しており、ここでは『介護食』や『治療食』が大きな事業に育っている。
『介護食』とは、主に高齢者の使用を想定した食品(食事)で、とろみ調整食品、デザートベース食品、水分補給ゼリーなどの『嚥下困難者食品』と、きざみ食品、ブレンダー食品などの『咀嚼困難者食品』がある。これらは、病院や老人福祉施設での使用が増加傾向にあり、高齢者自体の増加や在宅介護への政策シフトもあって注目を集めている。
『治療食』とは疾患の治療に対して積極的な効果を謳う食品であり、糖尿病、腎臓病、肥満、褥瘡等の治癒・回復を早めるものである。また、総合流動食や栄養剤も治療効果を高めるものとして、病院や老人福祉施設での使用が増加している。かつて『治療食』は、医師の診断に基づいて、病院や老人福祉施設での使用が一般的であったが、最近では、メタボリックシンドローム、糖尿病、腎臓病などの非高齢者を対象に、日替わり弁当や冷凍食品の形態で、在宅配食サービス、通信販売、量販店やドラッグストア店頭で販売されている。
一方、病院や老人福祉施設では、入院・入所する高齢者や患者に対し、栄養士の食事指導に基づきカロリーや栄養素が管理された食事が提供されており、健康維持・増進や治療のスピードアップに役立っている。
この様に、高齢者の増加が『介護食』や『治療食』の市場を拡大させ、日本のフードビジネス全体にも大きな影響を与えている。国内企業の多くが、高齢者を対象としたフードビジネスに大きく舵を切っており、高齢者向け食品市場が日本のフードビジネスの将来を担おうとしている。3,000万人市場は“宝の山”である。

研究員紹介

加藤 肇(主席研究員)

矢野経済研究所入社以来、食品産業、ヘルスケア産業、農業園芸産業、外食サービス産業、化粧品・トイレタリー産業など、主に消費財分野を担当し、現在は生活者に密着した食品産業、ヘルスケアフード産業、アグリ産業を統括する。新規事業の事業化案件、販路開拓案件、中小企業支援案件、外資系企業の国内参入案件等、様々な調査・研究活動に携わる。
また、中小企業育成支援事業や知的クラスター事業等、公的研究テーマにも多数の実績がある。最近では、経済産業省の『食文化産業の振興を通じた関西の活性化事業』『フードサービス産業におけるスキル標準の策定と能力評価制度構築事業』等に携わる。