アナリストeyes

日本のリチウムイオン電池業界が今すべきこと

2010年9月
主任研究員 稲垣 佐知也

エレクトロニクス市場における日系メーカーのシェア低下が言われて久しい。代表的なのが「半導体」と「液晶パネル」である。いずれも市場の立ち上がり期には日系メーカーが市場シェアの大部分を占めていた分野であり、その後、韓国、台湾勢に追いつき、追い越されてしまった。携帯電話、PC、その他デジタル家電など最終製品で日系メーカーが上位シェアを占めている製品は数少なくなっている。
一方、最終製品では後塵を拝していたものの、部品や素材等、「コア技術」では日系メーカーが優位を保っていた。ある海外メーカーの電子携帯端末を開いてみると、「中身の電子部品はほとんど日系メーカーの製品」と言われていたものだった。
しかし、近年、これら電子部品・部材も同様であり、例えば、弊社データによれば、コンデンサ、PCBなど、多くの電子部品市場で韓国、台湾勢のシェアが2008年頃から上昇傾向にある。そして今、中国勢の追い上げも受けている。日系メーカーの強みであった部品・部材市場でも地殻変動が起き始めている。

LIBも半導体、液晶の二の舞?

そうした中、リチウムイオン二次電池(以下、LIB)でも「半導体、液晶の二の舞になるのではないか?」と言われ始めている。現に、数年前まで日系メーカーが市場シェアの大部分を占めていたLIB市場は、韓国、中国メーカーの追い上げを受け、日・韓・中の3カ国のLIBメーカーによる群雄割拠の様相を呈している。
日系LIBメーカーシェア低下の背景は様々言われているが、その一つに日系メーカーが「高機能/最先端」にこだわり過ぎているという意見がある。例えば、「ガラパゴス化」といわれている携帯電話端末。通話やメールといった基本性能の他、音楽や動画視聴、ワンセグTVなど、高機能・多機能化しており、それに従い要求されるLIBは高容量化している。ただ、こうしたLIBは一部の高級品にしか採用されず、汎用品への対応が遅れがちである。
一方、韓国、中国勢の戦略は明確である。顧客が要求するLIB、つまり低価格で汎用であるボリュームゾーン領域に対し、投資を集中させ、大量生産をし、低価格化を達成している。日系メーカーが苦労して開発した最先端部品・部材が市場に普及し、「こなれた」状態になった時に韓国、中国勢はそれをベースに大量生産し、より安価な製品を顧客に提供し、シェア獲得の一要因となったのである。
現状、LIBのメインアプリケーションである携帯電話、ノートPCなどのポータブルデジタル機器で、ボリュームゾーンで販売されているのは低価格で汎用タイプであり、BRICsを始めとした新興国である。これらの国々の人々にとっては初めて手にする製品であり、ある意味「使えれば満足」という状況である。
こうした構図がLIB市場でも顕著になってきたため、最近では「日系LIBメーカーもボリュームゾーンに注力すべき」「マーケットニーズを無視した先端機能の追及」など、日系LIBメーカーの技術指向に否定的な見方が増加しつつある。正直、市場シェアを落としている日系メーカー、飛ぶ鳥落とす勢いの韓国、中国メーカーにヒアリングしている筆者も一時期、同様の意見を持っていた。

LIBは装置産業にあらず、高度な擦り合わせが必要

果たして、LIBも他の電子部品と同様であろうか?これまで、日系メーカーが追いつかれてきた領域はいわゆる「装置産業」であり、乱暴に言えば、装置さえ購入すれば、組み立てさえすれば完成させられる分野であった。こうした分野はその参入障壁の低さから競争が激化し、価格競争となっている。
上述のようにLIBもセル単位では既に韓国、中国メーカーの追い上げを受けており、日系メーカーのシェアは低下している。ただ、アプリケーションはこれまで主流であった携帯電話やノートPC等の小型ポータブル機器から電動工具、電動アシスト自転車、電動バイク、自動車、産業機器、スマートグリッド関連等の平滑・蓄電用途等、中・大型機器に拡大しており、新たな局面を迎えている。中・大型機器向けのLIBにはより安全で、高容量・高出力といった特性の向上と同時に低価格化も要求されており、ポータブル機器で使用されていた既存材料の限界突破が求められている。
そして、LIBは単純な装置産業ではない。LIBは物質の化学反応により電気が得られる「化学電池」であり、単純な材料や部材の組み合わせ/組み立てで製造できる製品ではない。正極材、負極材、電解液、セパレータ等、数多くの化学材料の「擦り合わせ」が必要であり、組み合わせの比率、量、外部環境(湿度や温度)の違い等によって生産される製品が異なってくる。つまり、厳格な製造工程管理も要求される。こうした擦り合わせを行いながらより高容量・高出力であり、かつ安全な製品を開発しているのである。この「擦り合わせ」にノウハウが詰まっており、一朝一夕に獲得できる技術ではない。また、少量生産は可能であっても、こうした製品を月に数千万、億単位で生産していくとなると、「擦り合わせ力」とは別の「先端製品の量産力」が必要となる。
LIBはいまだ発展段階であり、擦り合わせ、先端製品の量産など、日本の「ものづくり力」を発揮できる分野である。事実、韓国、中国等の海外LIBメーカーは日系LIBメーカーの技術力(材料、生産技術等)を常にウォッチし、日系メーカーが製品化したLIB及び材料をターゲットにロードマップを作成している。また、自らの開発力向上を目指し、日系メーカーの技術者をヘッドハンティングし、各国のLIB基礎技術関連の研究・開発国家プロジェクトでも日系メーカーが達成したスペックがベンチマークとなっている。幸い、LIBに使用される材料市場では、まだ日系メーカーが優位な状況にある。主要4部材といわれている正極材、負極材、セパレータ、電解液では日系メーカーのシェアが過半数を優に超えている状況にある。日系LIBメーカーの技術力は健在であり、半導体、液晶で起こった業界変動はまだ起きてはいない。

必要なのはLIB生産補助ではなく、LIB搭載製品の普及

今後、需要増加が期待されるアプリケーションに搭載される中・大型LIBは発展段階であり、製品スペックは確定していない。本格量産には程遠く、カスタマイズ対応に留まっているため、コストも高止まりしている。そのため、アプリケーション側との擦り合わせも同時並行させ、LIB搭載製品の普及を促し、他国に先駆けて「アプリケーションの標準」を策定させていくべきである。
現状、環境・エネルギー関連のプロジェクトでコア部品であるLIBに対する政策的な補助・援助が各国・地域の政府より積極的になされている。しかも、研究・開発に対する補助ではなく、工場立地、生産設備への補助であるため、海外の競合LIBメーカーは急速に生産体制を整備している。売上向上補助といっても過言ではない。
しかし、上述のようにLIBは設備産業ではなく、生産設備を整えたからといって、高品質なLIBセルを簡単に大量生産できるものではない。
そのため、日本政府には日系LIBメーカーへの生産補助ではなく、アプリケーションにおける購買補助を行い、アプリケーション普及を助け、間接的にLIBの普及・コスト削減に繋がる政策を期待したい。アプリケーションの普及なしにLIBの普及も無く、LIB搭載製品の普及拡大に従い、LIBメーカーは自らの活力により生産設備を増強できると考える。

現状はまだ己の技術を磨き上げる時期

LIBは発展途上であるが故に、更なる性能アップの余地がある。それに伴い、搭載アプリケーションも拡大している。つまり、現状では他の電子部品のように単純に「海外で大量生産」という製品ではなく、来るべき普及期に向け、まだ地に足を着け、「爪を研ぐ」時期ではなかろうか。
日本にはLIB産業に対する日本政府の補助の少なさを嘆いているメーカーがいるが、本当の勝負はまだ先である。海外LIBメーカーの大規模生産設備増強に慄く必要はなく、今は次世代のLIBセル開発に向け、「知恵を出す」段階である。信頼、実績、そして低価格化が要求されるLIBの海外展開は、日本国内で技術を更に磨き上げてからでも遅くは無い。

研究員紹介

稲垣 佐知也(主任研究員)

各種電子デバイス、製造装置を中心としたエレクトロニクス、オプティクス関連市場に関して調査・研究を実施。日本だけでなく海外での調査実績も持つ。