アナリストeyes

東京モーターショー2011”にミタ新たな復興・再生の意思

2012年1月
主任研究員 森 健一郎

テレビドラマ視聴率サイトによれば2010年に最高平均視聴率を取った番組は、幕末に訪れた黒船に象徴される欧米列強を前に、大志をいだく若者が命がけで前のめりに日本の未来を築いていこうとする物語であった。それに対して2011年の最高平均視聴率ドラマは、あるバラバラに崩壊しどん底に落ち込んだ家族が、そこに訪れた「笑えない鉄面皮の家政婦」の影響により、少しづつお互いの絆を取り戻し、家族を再生していく物語であった。こうしたドラマに限らず3.11東日本大震災以後のコンテンツは2010年までと異なり、“日本人の心の復興・再生”というテーマの作品が少なくない。「笑えない鉄面皮の家政婦」のドラマがぶっちぎりの高視聴率を獲得した理由も今の日本人の心にフィットしたためではないか。

日本人の心がそうであったように、ITSカーエレクトロニクス市場においても、2011年は大きな時代の変わり目となった。2008年末からのリーマンショックにより中国など一部を除いたほとんどの国で自動車市場が凍りつき、それが2年を経ていよいよ本格的に回復しようとしていた2011年。まさにその初旬に3.11東日本大震災は起こった。自動車製造ラインが地震や水害に直撃されただけでなく、電子デバイスを始めとした部品調達が困難となり、需要があるのにも拘らず自動車を作れない状況が続いた。そして夏にかけて自動車メーカ、部品メーカともに全力を振り絞って回復に努め、さていよいよこれから再出発だと思った矢先の11月、タイ水害による工場被災で自動車メーカ、電子部品メーカは再び打ちのめされた。

こうした中において12月、24年ぶりに東京開催された「東京モーターショー2011」では、単にクルマを展示するに留まらず、“日本人の心の復興・再生”と重なりあうような展示物・企画が目に付いた。たとえば夕方と夜には割引料金が適用、一般1500円が15時からは1300円、18時から20時にはなんと500円に割引され、東京周辺のサラリーマンが会社帰りに立ち寄りやすく設定された。ファミリー向けには運転体験ゲームや動体視力を競うゲームも設置されていた。ただでさえ若者のクルマ離れが叫ばれ、国内の自動車市場が減少しつつある現在。ましてや震災の影響で一層縮こまりがちな日本人の心(日本人の遊び心)に再びクルマの魅力を伝える機会を何とかして作り出そうとする業界の試みといえる。

また東北被災地等で計画されている“スマートシティ構想”と呼ばれる将来の街作りの計画の中には、EVやPHVの普及推進計画も含まれているが、こちらについても数多くの展示がなされていた。とりわけ2人乗りのEVシティコミュータについては、スマートシティの街との連携で可能になる様々なシステムの展示があった。「自動駐車機能」とでもいうもので、ドライバがEVシティコミュータを街中で乗り捨てたとしても、ショッピングや仕事をしている間に自動で充電場所に行ったり、あるいはEVそのものが電源として地域のエネルギー安定化計画に寄与するというものである。ドライバが用事を終えた後は、再びスマートフォンで車両を駐車場出口まで呼び出すことができるという。このように「EVシティコミュータ~エネルギー安定化計画~スマートシティ構想~被災地の復興~日本人の心の復興・再生」という流れが矛盾することなく展示されていた。

そして最も目に付いたのはEVシティコミュータ、ドライバ、次世代駐車場の3者をスマートフォンでつなぐというITSシステム(Intelligent Transport Systems)の展示だった。スマートフォンというITにより都市インフラと人間と自動車がつながり、それらが高齢者や病人の生活をささえ、自動車需要を再生させ、被災地を復興させるという考え方。高齢化が進む日本人にとって、高齢者が無理なく利用できるEVシティコミュータが実現すれば個人の生活を守るだけでなく、新たな自動車事業を創造することにつながる。さらに被災地をスマートシティモデル地域として展開することが可能になれば、街全体のインフラ事業を創造することにつながっていく。それを可能とするためのスマートフォンを利用したITSシステム事業も必須のものとなるらしい。

このスマートフォンという端末は、アップルのiフォン人気の理由がその使いやすいタッチパネルにあったように、人の感覚に親和性があり、魅力的なインターフェースが鍵である。それを自動車に取り込むことによって、自動車の新たな魅力が生まれ、スマートフォンを使い慣れた若者のクルマ離れをつなぎとめる事が可能になるかもしれない。そしてスマートフォンによりデザインの自由化が進みそうなインパネ、さらにインパネを含む自動車全体のデザインがより魅力的なものになれば、高機能と低価格だけの競争から一歩脱した“ブランド力による競争”に踏み出すことが可能となるのではないか。「東京モーターショー2011」における“震災からの日本人の心の復興・再生”と重なりあう内容とは、単に日本人の情に訴えかけるだけのものではなく、日本人の未来をささえ、その基盤となる経済をささえる現実的な構想であると感じた。

未来がどうなるかは誰にもわからない。“スマートシティ構想”はいつ実現して、どのくらいの規模の市場を構築できるかはまだ明確ではない。だが2010年時点で、翌年起こるであろう震災の数々を確実に予測することは誰にもできなかったはずだ。ならば現在必要とされているのは、将来の進むべき方向性、ビジョンを立ち上げることであり、それが2011年の震災によって日本社会と日本人が被った経済や心の傷を踏まえたものであれば、より多くの人々の賛同を得ることができるのではないか。2011年の最高平均視聴率ドラマのように。そういう視点からすれば、「東京モーターショー2011」では“日本人の心の復興・再生”を念頭に、日本がこれからどのように進んでいくべきか、どのようなビジネスモデルを打ち立てていくべきか・・・という解のいくつかが、世界中に向けて発信されていたように思う。

研究員紹介

森 健一郎(主任研究員)

専門分野はITSカーエレクトロニクス、カメラ画像によるビジュアルコミュニケーション。
ハードウェアから情報サービス、国内から海外までの切り口で調査・研究を実施。