アナリストeyes

メルカリの世界戦略―日本の常識は世界の非常識

2018年7月
主席研究員 松井 和之

次世代の日本を担うユニコーン企業と呼ばれる株式会社メルカリがこの6月、東証マザーズに上場した。初値は公開価格を大幅に上回り、終値で算出した時価総額は約7,200億円であった。マーケット、投資家からの大きな期待がうかがえる。
メルカリはスマートフォンに特化した個人間取引(C to C)のためのマーケットプレイスである。株式会社メルカリは誰でもスマートフォン上で簡単・手軽に中古品を売買できるサービスを提供している。

メルカリはサービスだけでなく、経営陣もユニークである。国内のメルカリグループの経営層はソーシャルゲームなどのスタートアップ企業の創業者、経営幹部であり、豊富なエンジニア経験を持っている。アメリカの「Mercari.Inc.」の代表者ジョン・ラーゲリン氏はNTTドコモ、グーグル社、フェイスブック社のバイスプレジデントを経て、2017年9月に取締役に就任しているプロフェッショナルである。GAFAと呼ばれる世界的なIT企業の2社の経営に参画したこのジョン・ラーゲリン氏が上場記者会見で、アメリカと日本の違いについて、次のように述べた。
「日本では定量データがなくてもビジネスで成功することはさほど難しくない。しかしアメリカはいろんなバックグラウンドを持った人たちの集まりだからそうはいかない。」
これは日本の中から見ていたのではわからない指摘であり、言葉を補うと次のような意味になるだろう。すなわち、日本は基本的に単一民族であり、単一言語を話す。バックグラウンドが似通った人たちの集まりだから、思考や価値観が似ている。したがって、定量的な裏付けがなくても、勘でビジネスを起こしても成功する可能性がある。
しかしアメリカではそうはいかない。価値観や思考、習慣、言語も違う、さまざまなバックグラウンドを持った人々が集まっている。勘ではどうにもならない。事業プランも戦略も立てられない。となると、頼るすべは定量的なデータしかない。定量データの分析に頼らないとニーズを把握することはできない。ヨーロッパでも事情は同じである。つまり定量データが持つ重要性の意味は欧米と日本では異なるといえる。
創業者でCEOである山田進太郎氏をはじめ、メルカリの経営陣がアメリカでの成功が世界戦略成功のカギを握ると認識をしている理由はこのことからわかる。

ラーゲリン氏の指摘は、日本は珍しい国であり、俗にいう“日本の常識は世界の非常識”であることの一例である。日本基準、日本目線のままグローバルビジネスに打って出ても成功する可能性は低い。
しかしそんな日本も人口減少が進み、移民政策が進めば、バックグラウンドが異なる人々が増え、ジオグラフィックな属性の違いを捉えないわけにはいかなくなる。多様な人種、民族、言語を持つ人々が増えれば、単一的なものの見方ができなくなる。もはや勘だけでビジネスを拡大できる環境ではなくなる。

政府はこの6月にまとめた「未来投資戦略2018」で、ベンチャー支援強化策において、「企業価値又は時価総額が10 億ドル以上となる、未上場ベンチャー企業(ユニコーン)又は上場ベンチャー企業を2023年までに20 社創出」するという、新たな目標を設定した。ここには次世代の日本を担うユニコーン企業の数がアメリカと中国に遠く及ばない危機感があらわれ出ている。

少子高齢化、人口減の対策として移民政策の議論が進んでいる。人口の減少分を単に移民でカバーする効果だけでなく、移民が国内マーケットに与えるだろうプラスの側面にも着目すべきである。 グローバル時代における戦略企業とは、このようなモザイク構造の市場に対して、勘と度胸ではなく、定量データをもとに合理的にビジネスを行う企業のことである。
このような様々なバックグラウンドを持った人々からなる環境が所与のものとなれば、日本からグローバルな企業が安定して生まれる可能性が高くなるかもしれない。このように考えれば人口減、移民政策といったネガティブな印象を持つキーワードもポジティブに捉えることができよう。