アナリストeyes

「海外富裕層とは何者なのか?」

2019年6月
主席研究員 秋山 大介

海外富裕層誘致に取組む地方自治体の現在地

2003年に始まった「ビジット・ジャパン・キャンペーン」以降、政府は観光立国の実現を目指して各種施策を強力に推し進めている。官民挙げての取組みの結果、訪日外国人旅行者数は急激に増加し、早くも2015年には訪日外国人旅行者数が1,974万人と、政府が当初目標としていた2,000万人をほぼ達成した。それを受けて政府は「明日の日本を支える観光ビジョン」にて2020年には訪日外国人旅行者数4,000万人、訪日外国人旅行消費額8兆円との目標を再設定した。しかし、観光庁「訪日外国人消費動向調査」の2018年確報によれば、訪日外国人観光客の一人当りの旅行支出は前年比マイナス0.6%と微減横這い傾向にあり、一人当りの旅行消費額が高額な中国からの旅行者においても、前年比マイナス2.4%と減少している。なお、同調査の2019年1-3月期速報によれば、訪日外国人観光客の一人当りの旅行支出は前年比マイナス5.9%、中国からの旅行者においては前年比マイナス12.3%と大きく減少し、季節要因が含まれるであろうが、訪日外国人旅行者の一人当りの消費は鈍化している。中国人旅行客を中心とした〝爆買い〟がひと段落したとされるなか、一方の目標値である〝訪日外国人旅行消費額8兆円〟を達成するには訪日外国人旅行者数を増加させるだけでなく、一人当りの旅行消費額を高める必要がある。それに関連して、この十数年の間で〝海外富裕層の誘致〟と言うキーワードが取り沙汰される場面が増えているが、インバウンドでの消費額を増大させるだけでなく、海外富裕層の誘致は観光地としての日本のブランド力向上を果たす上でも重要なテーマである。影響力・発信力のある海外富裕層を取込み、日本の魅力に〝お墨付き〟を得ることは大きな効果があると言える。海外富裕層の誘致に限ったことではないが、インバウンド需要を取込むには観光の目的地である各地方・地域の魅力や受入れ体制がいかに高められ、整っているかが重要であり、つまるところ、海外富裕層の誘致においてもその取組みの主役は地方自治体であると言える。

地方自治体の海外富裕層誘致に関する取組みの状況

ここで、地方自治体での海外富裕層の誘致に向けた取組み状況を確認してみる。地方自治体の観光振興策において海外富裕層の誘致を目標に掲げたものが多く確認できるが、弊社が今年の春先に行った地方自治体向けのアンケート調査(2019年3月実施、全国67の県・政令指定都市を調査対象とし、44の地方自治体から回答いただく)の結果では、回答いただいた地方自治体のうちで「海外富裕層の誘致に成果が出ている」と感じている地方自治体は僅かに7.5%に留まった。全体の6割の地方自治体で「成果が出ていない」と感じており、各地方自治体の海外富裕層の取込みが必ずしも順調に進んでいないことが示された。

海外富裕層誘致における成果
海外富裕層誘致における成果

アンケートに回答いただいた地方自治体の4割弱が海外富裕層に特化した計画・施策を策定している状況であったが、一方で、その成果を感じている地方自治体は僅かである。この背景にはそもそもの〝海外富裕層の定義〟が不明瞭である点も要因としてあるのではないだろうか。そこで、各地方自治体が海外富裕層の定義を持っているか否かを確認すると、「海外富裕層の定義がある」との回答は僅かに9.1%であり、地方自治体の多くはターゲットとする海外富裕層の定義を持っていないことが分かる。つまり「海外富裕層とは何者なのか?」と言う大前提となるターゲット像を明確に持てていないと解釈できる。

海外富裕層の定義の有無
海外富裕層の定義の有無

海外富裕層はその個人的な背景も性質も千差万別であり、当然ながら個々の特性やニーズも多種多様であると考えられる。必ずしも画一的なターゲット像を作る事が有効であるとは言えないが、何かを売込む上で〝ターゲットがどの様な条件なのか〟が決まっていないことはベストな状況とは言い難い。現状では〝海外富裕層〟と言うキーワードだけが存在し、相手がどの様な条件・性質で、どの様に行動し、何を求めているか、と言ったマーケティングにおける基礎的なリサーチが完了していないものと推測できる。発信するメッセージ、磨き上げる商材・サービスを迷走させないためにも、海外富裕層の〝像〟を掴む必要があるのではないだろうか。多くの調査レポート・文献等では〝金融資産100万ドル以上〟を富裕層と定義しているが、はたしてこの定義がターゲットとする富裕層として妥当か否かは判断し難い。国内富裕層向けのサービスを提供している金融機関のプライベートバンキング部門では預かり資産の背景に10億円以上の取引が期待できる層を富裕層と定義し、また、旅行代理店のインバウンド専門部署によれば日額の旅行消費額が〝下限で10万円/人〟を準富裕層とし、1回の旅行消費額が数百万と言った層を富裕層として設定していると言う例もある。

今調査を総括すると、各地方自治体においては海外富裕層誘致に特化した計画・施策がそもそも無い場合もあり、海外富裕層のターゲティング、彼らのニーズ・特性の把握、誘致するためのチャネル構築に課題を抱え、そのため当然ながら成果も出ていない状況であった。地方自治体の海外富裕層誘致においては〝まさにこれから〟の状況だと言える。