アナリストeyes

黒子ビジネスに勝機を見出す

2022年4月
ライフサイエンスユニット
主任研究員 小林裕

2022年2月、米国半導体工業会(SIA)は2021年の世界半導体売上高が前年比26.2%増の5,559億ドル(約64兆3,000円)になったと発表した。年間売上が5,000億ドル台になるのは初めて、2022年はさらに伸長し6,000億ドルを上回るとの見通しを示す。半導体は、PC、スマホをはじめ家電製品、自動車などに幅広く用いられる。今後も5Gインフラ、スマートシティ、データセンター、ロボティクス、EV等、進行中の開発プロジェクトでの需要は高まり、DX(デジタルトランスフォーメーション)全盛時代に必要不可欠な製品群であり続けるに相違ない。

1990年~2000年頃までは、日本は半導体王国と言われ、総合電機メーカーを主体にビッグビジネスを繰り広げていた。2010年以降、要因はともかく結果として半導体メーカーシェアは完全に海外勢にシフト、インテル、サムスンなどが台頭する構図となった。近年ではファウンドリーと称される半導体受託製造業が業界内で大きな力を持つようになっている。ファウンドリー最大手である台湾積体電路製造(TSMC)は設備投資規模などで圧倒的な存在感を放ち、世界有数の企業に上り詰めている。

経済産業省では「半導体はデジタル社会を支える重要基盤・安全保障に直結する戦略技術として死活的に重要」と表現。経済安全保障の観点から、国家として整備すべき半導体の種類を見定めた上で、必要な半導体工場の新設・改修を主体的に進めたいとの認識を示している。このたび政府肝いり案件となるTSMCの国内誘致構想が具体化、2024年末稼働を目途に熊本に半導体製造工場を立ち上げることとなった。同新製造企業には台湾のTSMCのほかソニーグループ、デンソーなども出資を決めた。国内産業サプライチェーンの安定化、半導体製造に関わるエンジニアの人材育成等への配慮も感じ取れる。

日本の半導体産業は危機的状況、凋落などと表現される一方で、それを支える半導体製造装置、部素材の観点では、日本企業の優位性が認められる。製造装置分野の東京エレクトロン、ウエハーの信越化学工業、レジストのJSRなどは一例。これ以外にも多くの日系装置・素材関連企業等の英知が半導体部品、製造プロセスに結集されており、表に出にくい中での市場競争力を有す。最終ブランドでは仮に劣っていたとしても、要素技術をベースとした黒子の戦い方は立派な価値創造と理解したい。

同じような事例が、ライフサイエンス領域のバイオ医薬品、ワクチン等の分野にもある。CDMO(Contract Development and Manufacturing Organization)というバイオ医薬品等の開発・製造受託事業である。医薬品メーカーから受託をして、高品質な原薬製造等を行うサービスである。プラントエンジニアリングノウハウとあわせ、細胞原料等の培養、分離、精製などの精緻性が求められる。本CDMOは富士フイルム、AGCなどが世界市場で戦略的に展開、その他、多数の日系化学・医薬関連企業が参入表明をしている。新型コロナウイルスのワクチン原料製造受託などでの実績も出始めている。CDMO企業は医薬品の販売ブランドにはならず、これも黒子としての存在だ。半導体ファウンドリーとの比較でバイオファウンドリーなどとも呼ばれる。将来的には、バイオ医薬品業界のTSMCとされるような事業に成長する可能性をはらむ。

半導体、バイオ医薬品など付加価値の高い製品の製造プロセスに関わる精密技術は奥深く、また日本企業の強みとするところである。プラットフォーム、有望最終製品に固執せず、グローバルで産業競争力のある周辺プロセス、部品、部材事業に活路を見出すというのが、多くの日本企業の身の丈にあった立ち位置なのかとも感じる次第である。私が市場調査研究で担当している臨床検査業界では、ロシュ、アボット、シーメンスなどのグローバル企業が検査室プラットフォーマーとして君臨する傾向にある。日本の臨床検査薬・機器企業は、これら大手向けのOEM供給を強化するといった話題が増えているのだ。

インパクトのあるTVコマーシャルで、東京エレクトロン、AGCなどの存在を知った方も多いのではないか。企業名把握にとどまらず、世界市場でどの程度競争力のあるビジネスを展開しているのかへ興味を広げることは重要である。「今後のわが国の中核産業って何?」という問いに対して、そろそろ国としても論理的に答えられる準備をしておく必要があるのではないだろうか。