今週の"ひらめき"視点

インド、多様性を未来につなぐために世俗主義への回帰を

9月18日、カナダのトルドー首相は、この6月にカナダ国内で発生した殺人事件にインド政府が関与していたと発表した。被害者はインド北部パンジャブ州の分離独立運動(カリスタン運動)を指揮したシーク教の指導者ニジャール氏、インド当局からテロリストとして指名手配され、難民としてカナダに移住、カナダ国籍を取得していた。当然ながらインド側はトルドー氏の発言を全面否定、結果、両国が進めていた経済協定交渉は中断、互いに相手方外交官を国外追放するなど、二国間関係は極度に悪化しつつある。

トルドー氏は今月9日からインドで開催されたG20に出席した際、本件についてモディ首相に問い質したとのことであるが、そう言えば、その議長席の国名表記がインド(India)ではなくバーラト(Bharat)であったことが今更ながら思い起こされた。Bharatは古代インドの伝説上の領土を意味するサンスクリット語、一方、Indiaは英国植民地時代の呼称である。法律ではいずれも正式な国名と規定されているが、G20という場であえてバーラトを使ったことに人口の8割を占めるヒンズー教徒に支えられたモディ氏の政治姿勢が表れている。

インドからの分離独立を求めるカリスタン運動は、国家の安全を脅かす非合法活動と規定されている。人口比2%に満たないシーク教徒はこれを宗教弾圧、言論統制、人権侵害と反発する。締め付けは人口比14%を占めるイスラム教徒にも向けられる。2019年にはイスラム教徒が多いジャム・カシミール州に認めていた自治権を剥奪、パキスタンとの領有権問題が残るこの地域の実効支配を強める。ヒンズー至上主義を掲げ、ヒンズーによる国家統合を目指す「インド人民党(BJP)」を支持基盤とするモディ氏にとって領土の一体性は言わば “核心的利益” ということだ。

1947年、独立に際してインドが掲げた理想は「多様性の統合」であり、憲法は世俗主義にもとづく政教分離を謳う。しかしながら、宗教、民族、地域間の対立に収束の兆しはない。そうした中、モディ氏の強い指導者ぶりは多数派にとってある種の快哉であったのだろう。巨大な成長市場を背景に全方位外交を展開するインドの国際的なプレゼンスは高まる。一方、国内における極端な右傾化と少数派の排除は新たな不満と分断の土壌となりつつある。来春には総選挙がある。結果は予断を許さない。いずれにせよ将来にわたって多様性に満ちた民主国家であり続けるためにも世俗主義の再興に期待する。


今週の“ひらめき”視点 9.17 – 9.21
代表取締役社長 水越 孝