今週の"ひらめき"視点

2019 / 07 / 19
今週の”ひらめき”視点
仮想通貨「リブラ」、新たなデジタル通貨圏の可能性とリスク

米フェイスブックの仮想通貨「リブラ(Libra)」に対する各国当局からの警戒感が高まる。
16日は米上院銀行委員会、翌17日にはG7財務省・中央銀行総裁会議で「リブラ」の脅威について議論が交わされた。いずれの会議でも個人情報の不正利用やデータ流出が相次いだフェイスブックの管理体制が問題視されたうえで、「マネーロンダリング、個人情報保護、利用者の資産保全に対する懸念が解消されない」との認識で一致、「重大な問題があり、早急な対策を要する」と総括された。

こうした懸念や批判に対してフェイスブックは「リブラは、VISAやマスターカード、PayPal、eBay、Uberなど28社が加盟する “リブラ協会” が運営する。フェイスブックは支配的な立場にない」、「拠点はスイスに置き、スイス金融当局の監督下に入る」、「サービスの開始に際しては各国の規制に従う」、「国家や通貨当局とは競合しない」など、ガバナンスの健全性と既存の金融システムとは対立しないことを強調する。

とは言え、「リブラ」が法定通貨と連動していること、そして既に世界27億人もの潜在ユーザーを抱えていることのインパクトは大きい。IMFも既存の法定通貨圏とは異なる “超国家的なデジタル通貨圏” が生まれる可能性について警告する。将来、「リブラ」口座が決裁や送金において一定のシェアを占めてくれば自ずとEC上のモノの価値はダイレクトに「リブラ」で表現されることとなるだろう。また、リブラ協会本部は「リブラ」と交換された法定通貨を直接運用することも可能だ。結果、既存の銀行が持つ信用創造機能は低下、中央銀行の金融政策機能の適用範囲も狭まる。

米FRBパウエル議長は「リブラには最高水準の規制を」と呼びかける。テロ資金への悪用も指摘される。サイバーセキュリティにおける課題も大きい。テクノロジーの進歩とビジネスモデルの革新が一定の社会的リスクを伴うことに異論はない。ただ、旧来のシステムや現在の体制への盲信、随順はいかがであろうか。「リブラ」のリスクや規制の在り方を突き詰める必要はあろう。しかし、と同時に現在の延長線上にない通貨の未来についてもっともっと深く考えてみたい。現状にしてもたいして上手くやれているわけではないのだから。

2019 / 07 / 12
今週の”ひらめき”視点
かんぽ生命、販売不正の背景にある構造問題。郵便事業のコストは誰が負担すべきか

10日、かんぽ生命と日本郵便は保険商品の不適切販売についてトップが謝罪、親会社の日本郵政とともに第3者委員会を設置し、実態解明をはかると発表した。一方、金融庁も不適切販売の件数が2万3,900件と膨大であること、一連の行為が保険業法に抵触する恐れもあることから行政処分の検討に入った。

従来、かんぽ生命は養老保険など貯蓄性保険を主力としてきたが、低金利による運用悪化を受け販売は低迷、2017年10月には医療特約を投入するなど商品政策の転換を本格化させる。以降、金融窓口における営業力強化、“貯蓄から資産形成へ”の促進、新規契約・新規顧客の拡大を軸に収益力の強化をはかってきた。
そうした中、販売の最前線を担う郵便局員による不正の横行が露呈した。発覚した問題の内容は、「新旧契約の重複加入による保険料の二重徴収」、「旧保険から新保険への移行に際して意図的に設けられた無保険期間」といったもの。前者は旧保険の契約期間の引き伸ばし、後者は解約から契約まで一定の間を開けると社内ルール上 “新規” 扱いとなることを利用したノルマの達成が目的である。目標未達者に対するパワハラ紛いの営業指導も日常茶飯事だったとの報道もある。過度な成果主義と過酷な販売ノルマに追い詰められた現場の疲弊が伺える。

しかし、問題の本質はユニバーサル・サービスの維持を義務付けられた低成長、低収益の郵便事業をゆうちょ銀行とかんぽ生命が支えるグループの収益構造にある。2019年3月末時点で営業中の郵便局は約2万4千局、うち、銀行代理業務は3,850局、生保募集は559局が委託契約を締結している。つまり、これらの職員たちが金融商品の販売手数料を稼ぎ出しているわけであり、言い換えれば彼らが全国郵便事業の一端を支えているということだ。職員による年賀状や “かもめーる” の自腹購入問題も記憶に新しい。現場は既に限界である。

現在、日本郵政はゆうちょ銀行株の89%、かんぽ生命株の64%を保有しているが、これをそれぞれ50%未満まで段階的に売却してゆく方針である(2019年3月期、有価証券報告書より)。保有率が 1/2を下回ると新規業務への規制が認可制から届出制に緩和される。結果、金融2社と日本郵便との関係性も自ずと変わってくるだろう。郵便事業の地域ネットワークをどう維持するのか、少なくとも日本郵便の現場が負いきれるものではない。郵政民営化から12年、日本郵便の全株式を保有する親会社日本郵政、その57%の筆頭株主である“国”の株主責任は軽くない。

2019 / 07 / 04
今週の”ひらめき”視点
農産品の多様性維持と競争力強化に向けて、あらためて種子管理制度の在り方を問う

6月28日、鳥取県議会は「鳥取県農作物種子条例案」を可決した。昨年4月1日、「主要農作物種子法(種子法)」が廃止となって以降、これに代わる独自の条例を制定、施行した都道府県は11都道府県におよぶ。9月には宮城県、栃木県の県議会が条例案の審議入りを決めており、岩手県議会も条例制定に関する請願を採択済みだ。

種子法の制定は1952年に遡る。国は米、麦、大豆の増産を目的に、種子の計画的な生産と新品種開発を都道府県に義務付けた。農家は安価に、安定的に種子を入手することが可能となり、これが戦後の食糧生産を支えた。
しかし、供給不足は既に解消しており、需要構造も変わった。内需の成長に限界が見え、生産者の高齢化も進む。TPPなど市場開放圧力も強まる。こうした中、2017年から2018年にかけて農業の競争力強化に軸足を置いた法改正が一挙に進む。種子法の廃止はその一つであり、種子ビジネスへの民間参入を促すことが狙いである。
とは言え、種子ビジネスへの民間参入は1986年の種子法改正で可能となっており、大手肥料メーカーや商社が既に市場参入している。では、もう一段の規制緩和の意味はどこにあるのか。目指されているのはゲノム編集やRNA干渉法など最先端のバイオテクノロジーとIoT、AI(アグリインフォマティクス)によって最適化されるスマート農業、そして、知財戦略の強化による国際競争力の向上と言えよう。

こうした流れは従来、都道府県の管理下にあった、言わば“公共財”としての種子の性格を “資本財” へと変える。日本は今、交渉中のRCEP協議において「品種開発者の権利保護を定めたUPOV(ユポフ)条約の批准を加盟条件とすべき」との主張を展開している。広域経済連携協定における知的財産(=育成者権)の保護強化は必然であり、育成者権が認められた品種の自家採取を禁止する種苗法の改正もその延長にある。
一方、育成者権を特定できない在来種や固定種の扱いは従来どおりであり、自家採取も流通も規制されない。つまり、品種の“流出リスク”が高いまま取り残されるということであり、結果、ブランドとしての商品価値を維持できなくなった品種は “市場” に飲み込まれかねない。

種子法が廃止されたその当日、「埼玉県主要農産物種子条例」を施行した埼玉県は種子法にはなかった「在来種の生産と維持を県が支援」する規定を条例に盛り込んだ。
冒頭に記したとおり種子法の代替条例を施行する動きは全国的なものとなりつつある。しかし、単なる旧法の “原状回復” では農業の未来は見えてこない。農業の国際競争力と地域社会の担い手としての農家をどうバランスさせるか。地域が育ててきた固有のブランドをどう守るのか。生産者の所得向上や産業としての農業振興はもちろん、食の安全、種の多様性、地域社会や地球環境など多面的で複合的な視点からあらためて種子管理制度の在り方を考えてゆきたい。

2019 / 06 / 28
今週の”ひらめき”視点
LIXIL、対立を乗り越え、新たなガバナンス・モデルの確立を

トステム創業家の潮田洋一郎氏と瀬戸欣哉前CEOとの経営権を巡る対立が、25日、定時株主総会で決着した。
混乱の発端は昨年10月31日、LIXILは突然、瀬戸氏のCEO退任と潮田氏の会長兼CEO就任を発表する。背景には潮田氏と瀬戸氏の海外戦略に対する路線対立があったとされるが、不透明な解任手続きに社内外から批判が起こる。会社側は西村あさひ法律事務所に内部検証を委嘱、2月25日付けで「重要事項の決定に疑義が生じたことは反省すべきであるが、取締役会決議に違法性はない」と結論づけた。しかし、海外の機関投資家を中心に潮田体制下のガバナンスへの不信は収まらず、4月5日、こうした流れに押される形で瀬戸氏は独自の役員候補と潮田氏の退任を株主総会に提案すると発表する。これを受けて潮田氏は総会前に自ら取締役を退くと表明、その一方で自身の影響下にある役員候補を会社提案としてまとめ、瀬戸氏に対抗する。

結果は瀬戸氏がCEOに復帰、14人の取締役のうち8人が株主提案から選任された。しかし、うち2名は会社提案と重複しており、また、瀬戸氏自身の賛成率も53.7%にとどまるなど取締役会における瀬戸氏の立場は磐石とは言い難い。
当面の課題は2011年に潮田氏が買収し、2017年に瀬戸氏が中国企業への売却を決定、しかし米当局の承認を得られず売却を断念した赤字のイタリアの建材子会社の扱いだ。また、内需の構造的な縮小を鑑みると、収益性の高い事業の海外シフトを早急に進める必要もあるだろう。経営の正常化と成長軌道を確かなものにするための瀬戸氏の責任は重い。

さて、今回の1件はそのドタバタぶりに注目すると創業家の威光を勘違いした二代目経営者の「お家騒動」と映る。しかし、米国の資産運用会社の日本株担当者は今回の事案を「日本の企業統治改革の分岐点」と受け止めた。確かに総会では海外勢のみならず日本の機関投資家の一部も株主提案の指示に回った。また、14人で構成される取締役会はプロ経営者5人に元最高裁判事や元アメリカ国務次官補を加えた社外取締役9人が占める。この布陣において社外取締役は単なるお飾りでは済むまい。もはや会社側、株主側などと争っていては経営が立ち行かなくなるということだ。

日本版スチュワードシップ・コードが導入されて5年、議決権行使の個別開示等を通じて運用会社、アセットオーナー、そして、投資先である企業との関係は日本においても緊張感が増しつつある。利益相反、情報開示制度、運用会社の負担増等の問題はある。しかし、市場の健全かつ持続的な成長を促すためにも3者間における「目的をもった対話」(エンゲージメント)の更なる拡充を望む。

2019 / 06 / 21
今週の”ひらめき”視点
6次産業化「農水ファンド」、累損拡大。制度設計の根本から見直すべき

農水省が所管する官民ファンド「農林漁業成長産業化支援機構」(A-FIVE)の累積損失が2019年3月期時点で92億円に達した。
2013年、政府は農林漁業の6次産業化の推進を政策決定、市場規模を当時の1兆円から「2020年度には10兆円へ」との目標を掲げた。こうした中、A-FIVEは財政投融資資金300億円に民間からの19億円を加えた319億円の出資金でスタート、農林漁業者の所得向上と1次産業の新たな雇用創出を目指した。しかし、この3月までの投融資実績は111億円と事業計画はもとより当初の出資金にさえ届かない。地銀を主体に設立された53の投資組合(サブファンド)も既に10組合が解散、投資案件の1/3が減損処理を強いられるなどパフォーマンスは一向に上がらず、昨年4月には会計監査院から業務改善を求められるに至った。

A-FIVEの損失問題に関連してメディアは、出資金323百万円、資本性劣後ローン323百万円を投じた「食の劇団」の破綻と本件に関与した役員の報酬や退職慰労金の在り方を批判する。しかし、問題の本質はそこではないだろう。確かに「食の劇団」については事業計画やガバナンスに甘さがあった。A-FIVEの側の事業評価力や経営支援体制が十分でなかったことも否定できない。しかし、直接投資の失敗がこの問題の本質ではないし、成果に連動しない役員報酬の問題は別の次元での議論である。

そもそも不振の要因はその制度設計にある。農林漁業者を守る立場にある農水省は、生産者の意思を6次産業化事業体の経営に反映させるべく25%を越える議決権を生産者に持たせようとした。つまり、A-FIVE(サブファンド)が50%を引き受けた場合、2次、3次産業のパートナーの出資比率は25%未満に押さえられるということだ。例えば1億円の資本を必要とする事業プランを策定した場合、生産者は25百万円の元手が必要になる。ここに無理が生じる。生産者の資力を鑑みれば事業構想は縮小せざるを得ない。結果的に1件あたりの事業規模が小さくなるのは必然であり、投資効率の低下は避けられない。もちろん、A-FIVEも改善に動く。無議決権株式や資本性劣後ローンの活用、一定の条件下でのサブファンドの出資比率の引き上げ、といった策を講じる。しかしながら、制度の骨格が生産者第1主義である以上、制度要件をクリアしつつ事業本位の投資スキームを組み立てることは容易ではない。

そして、何よりもA-FIVEは“ファンド”である。ファンドである以上は資本コスト、出資リスクに見合う投資収益を求めるのは当然だ。しかし、民間ファンド並みのリターンを要求するのでは官製ファンドであることの大義が毀損する。加えて、エグジットに際しての制約もある。生産者支援を掲げるA-FIVEは持分売却に際して資本の論理に徹することが出来ない。エグジットの原則は出資を受けた生産者自身による株式の“買い戻し”である。一方、制度融資の金利を上回る株価での買い戻しが出資の前提となるのでは生産者にとっては単に“使い勝手の悪い高利貸付”と同じである。メリットは小さい。つまり、双方にとって中途半端であるということだ。
赤字の先行が問題ではない。まずは6次産業化の促進という政策目的を達成するために“ファンド”というスキームが適切であるのか、制度の根本から問い直す必要がある。

2019 / 06 / 14
今週の”ひらめき”視点
「年金2000万円不足」問題の本質と浮き彫りになった政治の不誠実さ

金融庁は3日、「金融審議会 市場ワーキンググループ報告書」を発表した。内容は「夫65歳以上、妻60歳以上の無職の夫婦世帯の毎月の不足額は平均5万円、今後20年から30年の人生があると仮定すると1,300万円から2,000万円が不足する。したがって、老後に向けた資産形成が必要である」というもの、これが炎上した。
もとより一人一人が求める生活の質やライフスタイルによって不足額の大きさは異なる。よって、平均値を一律に適用することは適切ではない。また、「赤字になるから投資で備えろ!」では証券セミナーのちらしと同じだ。しかし、現役世代と受給者の人口構成を調整要件とする現行制度を将来に延長してゆけば年金の減額は避けられず、これに一人一人が向き合う必要があるとの指摘については何らの誤解も異論もないはずだ。

制度が100年間維持されることが「安心」ではない。世代間の不公正を是正することで「安心」が担保されるわけでもない。国民にとっての本質的な関心はそれが生活の基盤足り得るか否かにある。膨張する社会保障費の問題は現行の財源規模を前提としたやりくりでは解決しない。税体系はもちろん財政全体の中で根本から再構築する必要がある。まさに国の未来の在り方を問うことと同義である。創造的でオープンな政策論争に期待したい。選択するのは主権者である私たちである、はずだ。
しかし、聞こえてきたのは「われわれは選挙を控えている。そうした方々に迷惑をかけぬよう党として厳重に注意する」、「不安を煽る、不適切である、受理しない」、「受理しなかったのだから、報告書はもうない」など、自らに不都合な存在はなきものに出来ると言わんばかりの不遜な声ばかりである。こうした中、当初6月に予定されていた「将来の公的年金の財政検証」(厚生労働省)の発表も“選挙後”になる可能性が高まる。

1989年6月、天安門の民主化運動を機に失脚し、その後軟禁状態に置かれた趙紫陽氏は、その1ヶ月前、アジア開発銀行の総会で学生たちの行動を評価したうえで「民主的監察制度の不備が腐敗をもたらす」と一党支配の行方に警鐘を鳴らした。
翻って2019年の日本、政府の都合でいとも簡単に公的文書が “Delete” されるとするのであれば “民主的監察制度” が適切に機能しているとは言い難い。確かな検証にもとづく事実が共有されてはじめて、公正な選択が可能となる。科学的な根拠、正しい手続きによるフェアな議論を望む。これ以上の先送りは不安の増大にしかならないのだから。