2024年、対立とリスクを乗り越え、世界の再構成を!

新年おめでとうございます。
年頭にあたり謹んでご挨拶を申し上げます。

株式会社矢野経済研究所
代表取締役社長 水越 孝

世界中で猛暑が常態化しつつある。“地球が沸騰する”との刺激的な表現で危機感を露わにしたのは国連のグテーレス事務総長だ。そして、まさにその言葉通り昨年の7月は「過去12万5千年のなかでもっとも暑い7月」となった。欧州は45℃を越える熱波に襲われ、カナダでは山火事によって森林面積の5%が焼失、南極の海氷面積は過去最低を更新した。日本でも文字通り“災害級の暑さ”となった。
こうした中で開催されたCOP 28、先進国VS途上国、先進国+島嶼国VS産油国との対立はいつもながらの“お約束”だ。案の定、欧州が強く求めた「化石燃料の段階的な廃止」は見送られた。しかしながら再生可能エネルギーの発電容量の拡大や気候変動によって被害を受けた途上国への金融支援など重要な成果もあった。化石燃料問題についても「化石燃料からの脱却」という表現が合意文書に書き込まれたことは前進である。

自然再興(ネイチャー・ポジティブ)に向けての新たな流れ

気候変動対策と並行して、生物多様性の維持と回復を目指す “自然再興(ネイチャー・ポジティブ)”の枠組みも始動する。
昨年6月30日、EUは森林破壊防止のための新たな法律を発効した。パーム油、牛肉、木材、コーヒー、カカオ、ゴム、大豆の7品目とこれらの加工品をEU圏内で販売またはEUから輸出するすべての事業者に対して「製品のサプライチェーン全工程において森林破壊と関係していないことの証明」が求められる。大企業は今年の12月30日から、中小企業にもその半年後、2025年6月30日から適用される。日系企業も例外ではない。
また、9月18日には「自然関連財務情報開示タスクフォース」(TNFD)の最終提言も発表された。TNFDとは「事業活動は自然環境に依存しており自然の喪失は企業にとって重大なリスクとなる。したがって、企業は自然や生態系の減少による経営リスクとその対策を公表する必要がある」とする新たな枠組みである。
例えば、上流から下流に至るサプライチェーン全体における自然への依存度あるいは先住民や地域社会等のステークホルダーに対する人権方針など、これらに関する取締役会の監督責任や評価プロセスを規定し、その運用実態を開示しなければならない。特筆すべきは単なるリスク評価に止まらず、短・中・長期の事業戦略として、つまり、リスクを事業機会に置き換えた成長戦略として描き出すことが求められる点だ。ここに国連と金融界の2者が中核となって進めてきたTNFDの特徴がある。すなわち、資金の流れを変えることで企業の変革を促すことが企図されている。

対立と紛争の根源に向き合い、それを乗り越えるために

気候変動、生物多様性への対策はまさに「地球規模」での取り組みが求められる。しかしながら、世界は依然、分断されたままである。
昨年9月、国連の「77ヵ国(G77)+中国」首脳会議がキューバで開かれた。途上国の共通利益を守ることを目的に1964年に77ヵ国で発足したこのG77の加盟国は現在134ヵ国まで拡大している。会議では、貧困、気候災害、インフレ、過剰債務などグローバリゼーションの矛盾が噴出する途上国の現状を踏まえ、先進国主導の国際秩序への懸念が表明された。今や大国である中国も彼らに便乗し欧米を牽制する。
ウクライナ、中東、ミャンマー、サヘル、、、紛争に終わりは見えない。ウクライナのゼレンスキー氏はロシアを念頭に「拒否権を持つ常任理事国の対立を背景に国連は機能不全に陥っている」と指摘する。一方、ガザについては米国による拒否権の発動が国連の動きを止める。
筆者は昨年、「抵抗する動物たち~グローバル資本主義時代の種を超えた連帯」(サラット・コリング著、井上太一訳、青土社)を読んだ。著者は、所有され、消費され、征服された動物たちによる人間社会への抵抗をラディカルに描き出す。そして、そうした動物たちの行動が、「近代の機構は、動物との対比において人間による文明、進歩、理性を定義してきた」とするジャック・デリダ(Jacques Derrida)の言説や「動物と対置された人間とは、人間であることの最大の受益者、すなわち支配者としての“ヨーロッパの白人”という“白人性”に行き着く。そして、このモデルが植民地主義、奴隷制、人種差別といった暴力の歴史を正当化してきた」とするアフ・コーとシル・コー(Aph Ko、Syl Ko)の主張に重ねられる。 G77の側の不満の起点をここに置く限り、目の前にある地球レベルの議論も、絡み合った歴史と対立する国益の中に沈み込む。
とは言え、もはや待ったなしだ。成功事例はある。南極上空でオゾンホールが確認されたのは1984年、その5年後、フロンなどオゾン層破壊物質を規制する国際条約が発効、そして、昨年、「オゾンホールは99%削減された。成層圏上部のオゾン層は順調に回復しつつある」との発表がなされた。
希望はゼロではない。しかし、歴史を置き去りにすることも豊かさを希求する途上国を無視することも出来ない。世界はそれを受けとめ、全体最適視点からリスクと対立の解消を成長シナリオとして描き直し、共創してゆく必要がある。ここに知恵を絞ることが肝要だ。戦争などしている猶予は地球にはない。

本年もご指導、ご鞭撻のほど、どうぞよろしくお願い申し上げます。