日本マーケットシェア事典2026年版巻頭言より

ポスト・トランプ2.0を見据えた戦略的投資で未来にイニシアティブを

株式会社矢野経済研究所
代表取締役社長 水越 孝

日本は国益の所在を見誤るな

第2次トランプ政権がスタートして3ヶ月、、、この書き出しは昨年の本稿のものである。当時、世界は既に少なからぬ混乱に陥りつつあったが、“1年”が経過した今、文字通り世界の様相は一変した。トランプ氏の強権的な資質は相互関税を巡る交渉ぶりに端的に表れていた。それでも、そこまでであれば傲慢な“タリフマン”であり、やっかいな“老ジャイアン”であった。しかし、意に添わぬ者を強大な暴力をもって排除することを厭わない彼はもはやその次元にない。あたかも世界の王であることが免罪符であるかのような“敵”に対する一方的な攻撃は、ロシアの側の“正義”にもとづく特別軍事作戦と変わらない。国連安保理2大常任理事国の独善ぶりに国連憲章に対する信任が揺らぐ。世界はどこまで正気でいられるか。そこかしこに潜む強権国家の芽を牽制するためにも、日本は法の支配の原則を軽んじる者に対し毅然とした姿勢を貫いていただきたい。それが唯一、世界において日本外交のプレゼンスを高める道であり、長期的な国益に通じるはずである。

脱炭素の象徴、EVはオワコンか

さて、米国を起点とした情勢の変化はグローバル経済の不安定化に直結する。巨大な内需を抱える米国市場を人質にとった恫喝的なディールは言わずもがな、地球温暖化を史上最大の詐欺と公言し、パリ協定に背を向け、化石燃料の増産を煽るトランプ氏のもと米国は脱炭素政策の見直しを急ぐ。とりわけ、自動車市場における急激な政策転換は、米国勢をはじめ世界の主要自動車メーカーにEV戦略の変更を迫る。巨額損失の計上、投資規模の縮小など脱ガソリンの勢いは失速気味だ。
とは言え、時代の底流にある「100年に一度の変革期」(豊田章男氏)という流れを止めることはできない。AIや通信との高度な連携を要する自動運転領域や次世代モビリティにおける可能性はもちろん、市場そのものが未成熟な途上国においてEVは“リープフロッグ”型ビジネスの典型であり、既存の産業構造に対するゲームチェンジャーである。
EV普及のネックは充電時間の問題にあるとされるが、中国EV最大手“BYD”は残量10%から97%までに要する時間を9分に短縮する充電技術を開発、2026年内に国内に2万基を設置、順次海外市場に展開するという。ベトナムの国産メーカー“ビンファスト”もアジア4か国でガソリン車からの買い替えにインセンティブをつけるキャンペーンをスタートさせた。日本車のシェアが9割を占めるインドネシアでもEV市場に限ればトップは韓国の“ヒョンデ”である。
トランプ2.0のその先にやってくる未来において、どの市場をターゲットに、どの技術で、どのようなサプライチェーンをベースに戦うのか、日本勢にとっての可能性も大きい。

再生可能エネルギーの主力電源化に向けて、官民は投資を加速せよ

中東情勢の悪化は世界のエネルギー安全保障を揺るがす。原油の95%をこの地域に依存する日本にとって主要航路ホルムズ海峡は経済の生命線でもある。本書が発刊される5月には、戦争は既に過去のもの、となっていることを願いたい。
イスラエルと米国が始めた新たな戦争は改めて日本のエネルギーリスクを浮き彫りにした。令和7年2月に閣議決定された第7次エネルギー基本計画はエネルギー自給率を現在(2023年度、速報値※)の15.2%から2040年度までに3~4割へ引き上げ、主力電源となる再生可能エネルギーの価格競争力を国際水準まで高めるとする。そのうえで、「素材から製品に至るフルセットのサプライチェーンが脱炭素エネルギーの利用やDXによって高度化された産業構造の実現」(GX2040ビジョン)が目指される。
目標年次における電源構成は再エネが4~5割(同22.9%※)、原子力2割(同8.5%※)、火力3~4割(同68.6%※)、再エネを主力電源化するための“切り札”と位置付けられるのが洋上風力発電である。政府は2040年までに原発30-45基に相当するプロジェクトの形成を目指し、令和7年6月には「再エネ海域利用法」を改正、発電設備の設置許可区域を排他的経済水域(EEZ)へ拡大した。現在、30海域が候補区域に設定され、順次公募が始まっている。
第1ラウンドでは戸田建設を中心とする企業グループが長崎県五島沖の事業を落札、日立製の風車を擁する浮体式洋上風力発電が商用運転を開始した。一方、秋田県の2区域と千葉県沖を落札した三菱商事連合はコスト高を理由に撤退を表明した。“切り札”も順風満帆とは言えない。
2024年、世界で新規導入された洋上風力発電の設備容量の50.5%を中国が占める。英国(14.7%)、台湾(11.25%)がこれに続く。日本はわずかに1.25%である。主要部品である「風車」の世界市場をリードするのはベスタス、シーメンスガメサ、GEベルノバといった欧米勢であり、これを中国のゴールドウィンドが追いかけるといった構図だ。日立、三菱重工など日本勢は既に撤退済であり、第2ラウンド以降の事業者提案にメイド・イン・ジャパンの風車はない。洋上風力における“フルセットでのサプライチェーン”は既に民間の側から白旗が上がっている。
第7次エネルギー基本計画は「我が国のエネルギー政策の原点は福島第一原子力発電所の反省と教訓を肝に銘じて取り組むことにある」と書く。にもかかわらず、廃炉工程の最難関であるデブリ取り出しに向けての基礎研究予算を文部科学省は減額している(令和8年度概算要求)。将来、原子力発電に電源構成の2割を担わせるとすれば、廃炉や最終処分といったバックエンド問題の解決は必須であり、ここへの投資を先送りすべきでないことは言うまでもない。

世界が共有してきた気候変動への危機感は、米国発反動の波に後退しつつあるかに見える。世界は一定の調整と足踏みを強いられている状況だ。
しかし、未来のためになすべきことの本質に変わりはない。トランプ2.0のその先に確実にやってくる未来に向けて、大胆かつ確固たる成長戦略を準備しておきたい。

(2026年3月)