世界遺産登録で富士登山が空前のブームに、活況呈する周辺ビジネス


2013年6月22日、国連教育・科学・文化機関(ユネスコ)の世界遺産委員会は、日本が推薦した「富士山」(山梨県、静岡県)の世界文化遺産に登録することを決めた。国内の世界文化遺産としては、2011年の「平泉」(岩手県)に次いで13件目。自然遺産を含めると17件目となる。

富士山は、山頂の信仰遺跡群や登山道、富士山浅間大社、富士五湖、忍野八海などで構成。古来、日本人の重要な信仰対象であり続けてきたことに加え、江戸時代後期の浮世絵師、葛飾北斎らの作品の題材になって海外にも影響を与えた芸術の源泉としても価値が評価された。ユネスコの諮問機関「国際記念物遺跡会議(イコモス)」は当初、45㎞はなれた「三保松原」(静岡市)は山の一部とはみなせないとして除外を勧告していたが、日本側は除外しないことを訴え続けた結果、これを含む25件の構成資産(要素)全ての登録が認められた。

富士山については、地元は当初、世界自然遺産への登録を目指していたが、2003年に環境省と林野庁の検討会が自然遺産の国内候補を絞り込んだ際に、ゴミやし尿処理の問題などから、選考に漏れた。その後、2005年に発足したNPO法人「富士山を世界遺産にする国民会議」に山梨・静岡両県も参加して、文化遺産としての登録を目指す方向に転換。2007年に国内候補地の「暫定リスト」に掲載された。

今回の富士山の世界遺産への登録により、さらに拍車がかかりそうなのが富士登山人気だ。特に、ここ数年は富士登山がブームとなっており、例年多くの登山者が訪れるようになっている。従来からの登山愛好者であった中高年層に加え、最近では「山ガール」と呼ばれる若い女性の間でも登山がブームとなり、百名山などを中心として、各地の人気の山は登山者で賑わっているが、そのなかでも富士山は別格だ。

通常、富士山の一般的な登山シーズンは7、8月の2ヵ月間だが、環境省の発表によると、2012年のこの期間に周辺登山口の4ルートから8合目以上に登った人は前年比8.6%増の31万8,565人だった。前年は東日本大震災や福島原発事故の影響で外国人が激減、同省が統計を取り始めた2005年以降、最高の落ち込みとなっていたが、2012年は比較的天候に恵まれたこともあり、最高だった2010年に次ぐ過去2番目の水準となっている。

特に、2012年シーズンは、8月に入り週末を中心に天候に恵まれた。また、環境配慮型トイレの整備や更衣室の設置、AEDの配備など快適性、安全性の向上に向けた取り組みが進められた結果、新たに登山を始めた若者層の登山者なども増加した。さらに、長らく続いた不況でレジャーへの消費が抑制されるなか、首都圏から近くて非日常感が味わえることも人気の要因とみられる。

人気の背景には、登山道周辺の山小屋の設備が充実したことや、登山の装備の高機能化・軽量化により、初心者でも山に登りやすくなったこともある。また、登山やトレッキングなどを専門に扱う旅行会社をはじめ、アウトドア用品メーカーや専門店なども独自に富士登山ツアーを企画。現地で宿泊する山小屋でも、ガイドが引率する御来光ツアーなどを取り扱っている。一方、登山用具については、レンタルで貸し出すサービスも増えており、富士山周辺のアウトドアショップや、インターネットなどでも取り扱っている。このため、近年では初心者でも、より手軽に富士登山に参加できるようになっている。

さらに、2013年の登山シーズンには富士山が世界遺産となったことで、例年以上の登山者が押し寄せることが予想されている。そのため、富士登山を取り巻く周辺ビジネスも、これまで以上に活況を呈することが予想されている。また、登山に関連するビジネスだけでなく、周辺観光地などでも、例年以上の人手が期待されている。

加えて、東日本大震災や福島第一原発事故の影響で落ち込んでいたインバウンドについても、2013年は回復傾向を強めており、外国人旅行者が再び増加することも期待されている。特に、従来から富士山は、訪日客がツアーで訪れる東京~大阪間のゴールデンルートに組み込まれてきたという経緯もある。

ただ、あまりにも多くの人手が予想されるために、懸念される問題も表面化している。最も危惧されているのが安全面だ。シーズン中は、主要登山道では渋滞が発生しており、コースタイムより遅れがちとなるほか、転倒者が出れば多くの登山者を巻き込んだ事故に発展しかねない状況だ。また、落石などによる危険性も高まっている。さらに、富士山では日の出の時間に合わせ、夜通しで山頂を目指す「弾丸登山」が行われており、山梨・静岡両県では規制を検討している。

周辺道路の交通渋滞も問題となっている。従来から夏の登山期間中、主要登山口に至る3ルートではマイカー規制が行われてきたが、2013年には、これまでで最も長い規制期間が設定された。

静岡県側では、富士宮口の「富士山スカイライン」が52日間、須走口の「ふじあざみライン」が37日間。山梨県側では、吉田口の「冨士スバルライン」が31日間規制される。対象は定員10人以下の車で、3ルートとも5合目に向かう道路が通行できなくなるため、手前の駐車場からシャトルバスなどを利用することになる。いずれも、これまで最長だった前年(富士宮、須走ルート34日間、吉田ルート15日間)を上回り、過去最高となっている。

さらに、2013年には、入山料の導入実験も行っている。7月25日から8月3日までの10日間、山梨・静岡両県の4ルートから山頂を目指す登山者を対象に任意で1,000円を集める。両県では2014年から入山料の本格導入を目指しており、登山者の反応を見るとともに、下山者には入山料への賛否を問うアンケートも行う。

富士山では既に、ごみの問題やトイレの問題など、環境問題が表面化している。地元の富士吉田市では毎年清掃業者に60万円の委託料を払い、5合目でごみ収集を実施。2012年にはペットボトルや空き缶など430kgを回収している。また、山梨県などでは2012年に5億5,000万円をかけてトイレを改修、1日の利用人数を5倍の1万5,000人に増やしている。

富士山では、安全管理や環境保全は限界に近付いており、さらに登山者が増えると新たな財源も必要になる。さらに、安全のために、入山料の導入には登山者を抑制する狙いもあるとみられている。

一方、地元の観光業者や山小屋などでは、入山料の導入によって登山者が減り、売り上げが落ちることを心配する声もある。しかしながら、観光資源である自然環境を維持し、安全管理を徹底させなければ、富士登山は産業としても成り立っていかなくなる。そのため、集客と規制との間で、どのようにバランスを取っていくかという試行が、今後も続いていくことになる。

2013年8月 主任研究員 向畑 吉大


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