アナリストeyes

転換期を迎えるコメビジネス

2025年10月
フード&ライフサイエンスユニット
理事研究員 清水 豊

米生産流通の変遷

第二次世界大戦中の深刻な食糧不足に対応するため、1942 年に「食糧管理法」が施行された。この制度のもとで、米の生産から価格決定、流通に至るまで、すべてが国の厳格な管理下に置かれることとなった。政府が関与して市場に出回る米は「計画流通米」と呼ばれ、農家には全量を売り渡す義務が課されていた。こうした制度は、戦中・戦後の混乱期において、限られた資源を公平に配分するという点では一定の役割を果たしていたが、高度経済成長とともに米の生産量が増加し、次第に制度の意義が薄れていった。

1993 年には全国的な冷害によって「平成の米騒動」が起き、さらにウルグアイ・ラウンドに基づく農業自由化の流れを受け、ミニマム・アクセス米の受け入れが始まるなど、日本産米を取り巻く環境が大きく変化した。このような時代背景を踏まえ、長らく続いた食糧管理法は1995 年に廃止され、新たに「主要食糧の需給及び価格の安定に関する法律」(食糧法)が施行された。この新たな食糧法では、政府による一元的な管理から民間主導の自由な流通体制への移行が図られた。

とはいえ、この新食糧法下でも「計画流通制度」があり、米の供給と価格の安定を目的として、政府が作成する基本計画に基づき、出荷取扱業者が流通計画を立て、国の認可を得る必要があった。つまり国の管理下にある米流通だったといえる。2004 年にはこの新食糧法が改正され、計画流通制度が廃止されるなど、米の流通・販売に関する規制は一段と緩和された。これにより、民間企業や流通業者の参入が促進され、米の取引は市場原理に基づく仕組みへと移行していった。

このような長期間にわたる制度改革を経て、日本の米は、かつての統制物資から、自由市場で流通する多様な商品の一つへと生まれ変わった。現在の日本における米の流通構造は、大きく「民間流通米」と「政府米(備蓄米)」の二つの流れから成り立っている。近年における米価高騰による政府の介入が取り沙汰されているが、戦後80年以上かけて少しずつ官製マーケットから自由市場へ移行してきたのが日本の米市場であり、需要家心理や流通先の分散・多様化による価格変動は起こるべくして起こっているともいえる。

新たなコメビジネスへ

日本における一人当たりの米の年間消費量は、1962 年に118.3kg でピークを迎えた。農林水産省の「食料需給表」によれば、2023 年には51.1kg とわずかに回復したものの、米消費は長期的な減少傾向にあり、ピーク期の半分以下の水準にまで低下している。

こうした背景には、高齢化に伴う食事量の減少に加え、主食としてパンや麺類などの小麦由来の食品が米に代わって広く消費されている現状がある。さらに、少子高齢化も進行する中、国内で白米としての主食用米の消費量自体を拡大させることは容易ではない。ただ、こうした市場環境だからこそ、日本の米市場には新たな展望が開けつつある。

日本の米市場は現在、供給・需要の両面で大きな転換期を迎えている。供給側面としては、生産する農家の高齢化に伴い栽培面積の縮小という構造的課題が深刻化しており、加えて、地球温暖化の影響による高温化が進行する中、稲の生育環境は一層厳しさを増している。こうした状況の中で、安定的かつ省力化を実現する米の生産に向けて、品種改良、バイオスティミュラント資材の活用、直播栽培やスマート農業などの技術革新の普及が本格化している。

また、米の流通にも変化が見られる。従来の集出荷業者を通じた流通だけでなく、農家による直売や産地と直接取引する流通が拡大してきており、さらにはEC サイトを通じた宅配サービスでは、サブスクリプション型の継続購入モデルも定着してきている。特に、2024 年に発生した「米不足」を契機として産直米の購入を開始した消費者が、そのまま継続的なリピーターとなる動きも広がっている。家庭内調理が縮小する中で、中食・外食向け需要が拡大し、総国内需要の約40%に達してきており、米の生産と需要家・消費者は、より直接的なつながりを持つ状況が強まっている。

需要側面として、冷凍米飯や無菌包装米飯などの加工米飯は、共働きや単身世帯の増加、さらには災害備蓄用途への対応などとともに市場が拡大している。簡便性と品質の両立が、消費者の支持を集める要因となっている。

主食用需要の伸び悩みが続くなか、用途の多様化によって新たな需要を掘り起こす動きも加速している。市場は「機能性」「環境配慮」といった新たな価値に注目し、新用途や非食用分野へと展開が広がりつつある。米粉はグルテンフリー志向の高まりや米特有の食感を活かした加工食品の展開により、小麦粉の代替として注目されている。また、非食用分野においても、米の活用が始まりつつある。米由来のスキンケア製品はナチュラル志向の消費者に支持されており、自然派コスメ市場での存在感を高めている。加えて、環境配慮や新たな価値を創造して再利用するアップサイクル(創造的再利用)の観点から、非食用米由来の国産バイオマスプラスチックであるバイオレジンや、白米の副産物である米ぬかが原料となるライスインクなどの新素材の導入も進行中であり、持続可能な社会の構築に向けた新たな役割が期待される。

このように日本の米市場は、主食用需要の停滞を乗り越え、多様な価値と用途によって新たな成長軌道を模索する段階にある。生産・流通・消費の各現場における取り組みが相乗効果を生み出すことで、国産米の可能性はさらに広がっていく。