アナリストeyes
リチウムイオン電池リサイクルに問われる業界一体での体制構築の本気度
インダストリアルテクノロジーユニット
主席研究員 田中 善章
2023年当時、リチウムイオン電池リサイクル市場の過熱感を「リサイクルブーム」と表現した。対して、2025年は熱源であったBEV市場、炭酸Li相場が2023~2024年にかけてその勢いを失ったことで、リサイクル業界は改めて課題に向き合うフェーズを迎える形となった。各国で厳しさの様相は異なるが、共通の課題は「経済合理性」と「環境価値」の両立ではないかと考える。BEV市場で先行する中国では、リサイクルの取り組みも2018年頃から政府主導で先手が打たれ、下準備が着々と進められてきた。しかし、市中からの使用済み車載用LIBの回収量は徐々に増えてはいるものの、依然として非正規ルートへ流れる状況が続いているとする声が多く聞かれる。環境対策を含む高コストな生産ラインを有する政府推奨のリユース・リサイクル企業(所謂ホワイトリスト企業)に対し、環境影響評価許可や安全生産資格を持たない小規模リサイクル工場が使用済みLIBを高値で調達していくといった状況にあり、ホワイトリスト企業のうち一定以上の稼働率を維持できているのは一握りに留まるとみられる。
その中国の余波が日本や韓国に及んでおり、「LIBメーカーが行う入札に際し、売値以上の値段を出す業者が次々と出てくるような状況が続き、条件価格が吊り上げられている」とする声が日本や韓国のリサイクル関連企業から複数聞かれる。日本の場合、精錬キャパシティがこれから立ち上がりを迎える状況にあるため、足元はブラックマスの売り先が海外へ向かわざるを得ない側面もあるが、この先も調達価格状況次第で同様の流れが続く可能性も否定できない。中国政府も韓国政府も、ブラックマスを廃棄物としない措置を講じ、自国に呼び込む体制を取り始めている。
中国を起点に調達競争が激しさを増す流れとなった背景の1つに、前述した炭酸Li相場の価格の急変動が挙げられる。炭酸Li価格がピーク時の60万元/tから10万元/tまで下落したことで、NCMリサイクルを手掛ける企業の多くで利益が出難い状況になっているとする話が中国から聞かれる。LIBリサイクル事業の採算性は資源相場変動への依存度が高く、リサイクル材を内部で自消可能な正極材や前駆体といった事業を持たない場合、変動に対する調整余地が設けられず、継続的な事業展開が難しくなることが想像される。
「この先、リサイクルビジネスは委託加工事業になるかもしれない」、そのような話が複数の企業から聞かれる。資源を国内に留めておくことが難しい状況への対策、並びに資源相場変動リスクをリサイクラー側で抱えることが難しい側面を含め、電池メーカーや自動車メーカーが所有権を維持したまま、生産工程内端材や廃棄LIBなどをブラックマス・ブラックパウダーに加工する業務委託は既に始まっている。LIBリサイクルでは今後、市中回収品の増加に伴い、NCMセルが対象の場合は複数タイプの組成への対応が求められる。加工技術における自社の優位性を再度見直し、事業の強みにいかに繋げていけるかが、リサイクラーにとって長期的な視点で注力すべきポイントの1つになると考える。
もう1つ、「環境価値」を高めることもリサイクラーにとって長期的な事業継続の上で取り組むべき重要な点として挙げられる。欧州の電池規則においてデューデリジェンスは重要な要素の1つに位置づけられており、環境汚染や人権侵害等のリスクについて第三者検証機関が証明した調査の義務付けが掲げられているため、上述の中国における小規模工場のような企業で処理されたブラックマスは調達側のリスクに繋がる側面を有する。大気汚染に対する環境対策などを含め、デューデリジェンスのための取り組みはリサイクラーにとって今後、重要性が高まる流れにある。
リサイクル原料を自国内に留め、資源循環の実現を目指す上で取り組むべき点として、中古EVの海外流出防止も挙げられる。日本では中古EVの輸出台数が2017年~2024年にかけて増加傾向にあり、国内での廃車想定台数を下回る要因の1つとなっているとみられ、韓国でも似たような状況がみられる。このような状況に対し、日本では2024年頃から中古EVのバッテリーに対する劣化診断技術の取り組みが徐々に拡大している。これまでは中古EV価値(搭載バッテリーの残存価値)の把握の難しさが、海外流出に繋がる側面を有していたとみられるが、上記のような電池の劣化診断の取り組みが進み、中古EV 市場の取引活性化に繋がることで、その価値を国内に留めることができると考える。
先行して回収システムの仕組みづくりを進めた中国でも、実態としては小規模工場へ廃棄LIBが大量に集まる状況が生まれていることについて冒頭で触れたが、その背景として中国の報道では、とある中国の独立系ブランド自動車会社の入札会でホワイトリストに載っていない多くの企業が最高額で落札している実態について言及している。経済合理性の観点において、上記自動車会社の選択は間違いではない一方、環境影響評価許可や安全生産資格を持たない企業への使用済みLIBの流れは「環境価値」を損なう側面を有することは否定できないのではないだろうか。
「経済合理性」と「環境価値」、新旧2つの価値の両立は容易ではなく、この先もしばらく時間を要するであろう。技術的課題、経済的課題、法規制への対応、解決すべき点は多い状況にあるが、2つの価値の両立に向けて、自動車メーカー、電池メーカー、原材料メーカー、精錬メーカーといった関連業界企業、そして政策によるサポートが一体となって協力し合う体制の構築が求められる。本気でリサイクル率を高めなければならないフェーズを迎えた時、一定のコストをかけても環境に配慮したリサイクル材を収集し、回していく仕組みづくりを今後検討していくことが重要だと考える。
