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老朽インフラ対応の困難化が、社会インフラ向けITソリューションを創出

2026年5月
株式会社矢野経済研究所
ICT・金融ユニット
主任研究員 早川 泰弘

老朽インフラの増加で、従来タイプのインフラ保全対策の限界が近づく

橋梁やトンネル、上下水道、ダム、港湾といった社会インフラの老朽化対策(維持管理・保全、補修、更新など)は、以前から指摘されている重要な国家的な課題である。道路や上下水道、河川、港湾をはじめとする基幹インフラでは、多くの施設・設備で経年劣化が進行する一方で、維持管理を担う技術者の不足、自治体を始めとした運営サイドにおける財政面での制約などが同時進行的に深刻化している。
日本の社会インフラでは、60年前の東京オリンピック前後の高度経済成長期に建設されたものが多く、これらの老朽インフラの保全対策は喫緊の国家課題である。
2023年3月時点では、築後50年を超える社会インフラ割合(下表参照)は全体の2~3割に止まっていた。しかし2030年3月には、道路橋梁で5割を超え、2040年3月には、上下水道管路以外の4分野で5割超の割合となる事が見込まれる。特に、老朽化が進んでいる道路橋梁では、2040年3月には全体の3/4が築後50年超※になる。
※築後50年は、高度成長期当時の設計思想が「50年程度」を前提としていたため適用

<建設後50年以上経過する社会資本の割合(2023/3時点)>

分 類
2023年3月
2030年3月
2040年3月
道路橋梁(72.5万橋/2m以上)
約37%
約54%
約75%
トンネル(1.2万本)
約25%
約35%
約52%
河川管理施設(2.8万施設)
約22%
約42%
約65%
水道管路(74万km)
約9%
約21%
約41%
下水道管路(49万km)
約7%
約16%
約34%
港湾施設
約27%
約44%
約68%

出典:国土交通省

このような現況を踏まえると、従来のような労働集約型(人手依存型)かつ、定期点検/一律周期型の保全手法では、既設インフラの点検/維持管理ニーズに対して、十分に対応することが難しくなってくることが明らかであろう。

インフラ保全ではITソリューション活用が不可避になる

こうした状況を踏まえると、2030年に向けての社会インフラ保全では、従来手法(レガシータイプの保全)を踏まえた上で、社会インフラ向けITソリューションとでも言うべき新たなインフラ保全手法を展開せざるを得ない。
具体的には、IoTやAI、クラウド、5G/ローカル5G、ドローンといったテクノロジーを活用して、従来の人手による目視点検/打音検査中心の保全から、点検・診断の自動化、さらには補修・更新も含めた業務フローにおける意思決定の効率化を図り、限られた人員と予算のもとで保全業務を遂行することになる。これにより点検対象の優先順位を最適化し、より危機的状況にあるインフラの点検・診断を優先した保全対応にするイメージである。

「保全の最適化基盤構築」が社会インフラ向けITソリューションのコアになる

例えば、AIを活用した点検支援ソリューションは、一部でPoCや実装が始まっているものの、精度やコスト、運用負荷といった面での課題もあり、従来の目視点検などを明確に上回る実効性は限定的である。しかし今後は、テクノロジー自体の高度化に加え、データ連携やシステム運用方法の高度化によって、その実効性は着実に高まる。

<インフラ保全でのITソリューション適用の見通し>

テーマ
ソリューション適用イメージ
点検・診断業務の最適化
  • CBM(状態基準保全)/リスクベース保全への移行推進。
  • 現状では、全ての橋梁、トンネル、上下水道、港湾等を同じ頻度・精度で点検するのは財政面/人的リソース面で限界がある。
  • 点検履歴や補修履歴、インフラの利活用状況、気象条件、周辺地盤、供用年数などの各種データを常時監視・統合し、AIで劣化リスクや事故発生見込などを推定する座組が必須になる。
  • 具体的には、「どこを先に点検すべきか」、「どこに補修予算を集中すべきか」を定量的に示す。これは目視点検を代替するのではなく、現場の巡回や精密調査を「必要な場所へ絞る」ことで全体最適を図るものである。
常時モニタリング
  • センシング面では、現状では専用機器が多く、監視対象が限定されるが、重要施設・設備では常時監視体制が必要になる。
  • 特に、上下水道やトンネル、ダムのように、異常予兆を常時監視する価値が高い分野では、定期点検的な保全思想から、常時監視型の保全思想へと移行する必要がある。尚、異常検知はAIが担い、現場確認は人が行うハイブリッド型の点検が現実的。
ドローン・ロボット活用
  • ドローン・ロボット活用は、限定的だが着実に拡大する。
  • 橋梁下部、法面、トンネル天井、港湾クレーン、ダム堤体など、危険・高所・閉所の点検では、人手作業の代替価値が大きい。そのため、この部分でのドローン・ロボット活用ニーズは大きい。
デジタルツイン/最適化基盤
  • 今後、デジタルツイン的なインフラ保全対応が本格化する。
  • 個別設備ごとの台帳が、紙やPDFで分散している現状では、AI活用効果は限定的になる。そのため、データ基盤の構築がポイントになる。
  • データ基盤をベースとしたデジタルツインを実現することで、「異常箇所の時系列変化、周辺設備との関連、補修後の再劣化傾向の可視化」などが実現し、結果として保全判断精度と保全効率が上がる。
課題と対応策
  • 自治体や関連事業者ごとに台帳や点検様式がバラバラで、データ連携が難しい➡データのデジタル化と標準化
  • イニシャルコストに加えて、運用コストや人材育成(特に若手人材)で課題➡SaaSなどの低コストモデル/共同利用可能なサービスモデルの活用(AI基盤を複数自治体や広域事業体で共通利用する座組)
  • 従来型の法規制・制度の枠組みでは、テクノロジー活用効果が出にくい場合がある➡既存の点検・保全業務に組み込める運用設計にする

2030年を展望すると、AIやIoTなどを活用した社会インフラ向けITソリューションは、従来型の点検手法の代替といった観点に加えて、「限られた人員と予算で、点検・診断・補修の優先順位を最適化する仕組み」と位置づけられる。つまり、目視点検を不要にする代替技術ではなく、保全業務全体の効率と精度を底上げするテクノロジーと位置付けられる。そしてこの観点では、インフラ保全の「最適化基盤(デジタルツイン)」がベースになる。そして老朽インフラ対応の持続可能性を確保するには、この最適化基盤こそが最も有効な対応であると考える。