アナリストeyes

量子コンピュータの普及にあたっては開発面や人材育成のみならず政策面でも支援の検討が必須

2026年10月
株式会社矢野経済研究所
ICT・金融ユニット
主席研究員 山口 泰裕

2026年9月16日に『2026 量子コンピュータ市場の現状と将来展望』を発刊した。2020年、2021年と発刊した同タイトルのレポートであるが、テクノロジーの進展は日々進んでいる一方、市場としてみた場合には、ようやく2025年~2026年にかけて本番環境を見据えた実証実験が増えてきたこともあり、改めてレポートの発刊に至った。
今回の「アナリストeyes」では、量子コンピュータの活用企業の動向および支援状況や量子人材の動向、そして実際の活用状況について網羅的に押さえたうえで、最後に少し提言を交えておきたい。

活用企業の広がりと求められる支援内容の拡充

量子コンピュータの活用が広がってきている。2020年前後から創薬や材料化学、物流を中心に三菱ケミカルやJSRなどの先行企業(=イノベーター)がイジングマシンを含む量子コンピュータの活用に向けて実証実験を進めてきている。
こうしたイノベーターは、量子コンピュータを活用したい研究テーマを明確に有しており、かつ量子コンピュータに関する知見を持った人材や組織を有する。このため、ベンダーはイノベーターと連携、PoCを二人三脚で実施している。

7-8年程度、イノベーターにおける活用に留まってきたものの、ようやく2025年~2026年にかけて第二集団(=アーリーアダプター)が参入し始めた。アーリーアダプターは、イノベーターのPoCの結果を鑑み、自社業務への活用に向けて動き始めている。適用領域としては、従前の創薬や材料化学、物流などに加えて、ベンダーからは特にCAE分野を中心に引き合いが強まってきているとされる。
こうしたアーリーアダプターに当たる企業群は、イノベーターと同様に古典コンピュータ(=HPC)を活用した取組みにおいて課題を抱えていると想定され、量子コンピュータを活用したい課題が明確である一方、実現するうえでの量子関連の知見を保有する人材や組織を未保有、もしくは未成熟であるケースも多いとされる。
このため、ベンダー側からは実証実験の実施に留まらず、量子人材の育成から支援している。また、量子コンピュータを利用するためには、数式モデルを構築する必要があるため、支援ツールも増えてきている。例として、QunaSysが提供する、前処理段階での数式モデル化支援ツール「PhysiLenz」や、Quanmaticもカスタム開発で得られた現場での制約条件やドメイン知識をもとに、業界共通で利用できる、汎用的なアルゴリズムのフレームワークをパッケージ化に取組む動きもみられる。
また、東芝も量子インスパイアード最適化ソリューションとして体系化した「SQBM+」を提供するなど、さまざまなベンダーがアーリーアダプターの取組みを支援する各種ソリューションが整いつつある。

「量子人材」を巡る標準化や育成に向けた動き

量子人材について従来、標準化の動きがみえなかったものの、2026年9月に量子技術による新産業創出協議会(Q-STAR)が株式会社Beyontとともに量子技術の研究開発・社会実装・事業化を担う専門人材の「共通言語」となる「量子プロフェッショナル標準(QSS-P)ver.1.0」を公開した。Q-STARらは、経済産業省の「デジタルスキル標準」や情報処理推進機構(IPA)の「ITスキル標準」をベースに、「量子プロフェッショナル標準」を策定、スキルレベルについては、4段階のQSSレベルを設定、各レベルについて定義している。
実際には、量子プロフェッショナルについて、職種ごとに3人材(「量子ハードウェアエンジニア」「量子ソフトウェアエンジニア」「量子ビジネスストラテジスト」)に類型化したうえで、各々の人材についてロール別に詳細を記してある。
筆者の取材のなかでも量子コンピュータの普及に向けた課題の一つとして人材育成が挙がっている。事業者によってはQunaSysの「QPARC」やOptQCの「HIQALI」、Quanmaticの「TAQUMI」のようにコミュニティを構築、連携する大学などの研究機関から講師を招いて会員向けに講義を実施するなど人材育成に向けた取組みがみられる。また、富士通のようにアプリケーション開発コンテストを通じて、量子コンピュータの活用可能性についてユーザー企業に体感してもらうための取組みなどもある。

ゲート型量子コンピュータの活用を見据えた実証実験で広がり

上述したように、利用企業がイノベーターからアーリーアダプターへと広がりつつある。そうしたなか、量子コンピュータの活用の幅もまた広がってくる傾向にある。大きくゲート型とイジングマシンで区分したうえで、本項ではゲート型を中心に押さえておきたい。
まずゲート型について、ハードウェアの進展については、現状NISQ(Noisy Intermediate-Scale Quantum)が主であるものの、2030年前後から徐々にEarly-FTQC(Fault-Tolerant Quantum Computing)が登場、2030年~2033年頃を端境期として徐々にNISQから置き換わっていくものとみられる。当然ながらゲート型単体ではなく、古典コンピュータと組み合わせた、ハイブリッドコンピューティングに向けた取組みを中心に広がってきている。
このようにハードウェア側が進展していくなか、活用領域について、従前よりの活用先である材料化学や創薬、金融領域に留まらず、直近においてCAE領域を中心に新たにベンダーへの引き合いが増えてきている。また、2026年7月にCAEベンダーのテクノスターがQunaSysと協業MOUを締結したように、CAE利用企業のみならず、CAEベンダーも量子コンピュータの活用に目を向け始めていることが分かる。筆者はCAE市場についてもウォッチしており、2024年の調査時点においてはベンダー各社から量子コンピュータの活用に対する関心は低かったことから、ここ1-2年で一気に高まってきた領域といえよう。
そうしたなか、徐々にではあるものの、エネルギーや自動車などの領域においても、将来的なFTQCの登場を見据えて、シミュレータやエミュレータなどを用いたシミュレーションの実施や、アルゴリズムの開発などに係る論文が相次いで出てきている。具体的には、エネルギー領域でも高効率な太陽光パネルの製造への活用や太陽光発電のバッテリー開発に係るシミュレーション、石油精製プロセスにおける水素化脱硫(HDS)触媒の開発などさまざまな取組みが始まろうとしている。

研究開発を支える投資に留まらず、必要に応じて規制改革もセットで進める必要あり

量子コンピュータもようやくイノベーターからアーリーアダプターへと広がり始めている。イノベーションの初期には、いわゆる死の谷が存在するものの、現時点においては研究開発フェーズからすべてのケースではないものの、徐々に本番環境での活用に向けて泳ぎ始めている。
量子コンピュータについては、日本では高市政権17分野の1つとして量子コンピュータが含まれているように、米国や中国を筆頭に各国政府が威信をかけて研究開発を支えていくための莫大な投資を含めた各種施策に取組んでいる。しかしながら、研究開発を支えるだけでは施策として片手落ちになるだろう。
イノベーティブな取組みにおいて待ち受ける「死の谷」はもちろん、これから極めてイノベーティブなインパクトをもたらす取組みが登場するなか、「ダーウィンの海」を乗り越えていくうえで、今までの規制では括り切れない、新たな動きがさまざまな業界において勃興、従前の方法との軋轢が生まれる可能性が想定される。そうしたなかで、規制によって技術の進展がストップ、海外との遅れに繋がらないよう、テクノロジーの進展や業界の進展に応じて、各種規制改革を含めた政策がこれから求められる可能性があることも念頭に置いておく必要がある。

【図表:量子コンピュータに係る普及曲線と活用事業者の動向および支援内容】

【図表:量子コンピュータに係る普及曲線と活用事業者の動向および支援内容】