今週の"ひらめき"視点

終わりの見えない難民問題。一人一人の人生に向き合うことが解決の出発点

キム・ハク氏の写真展「生きる Ⅳ」を観た。氏は1981年生まれのカンボジア人、「生きる」は国民の2割、約170万人を虐殺したクメール・ルージュの時代(1975-1979)を生き抜いた難民たちを記録するプロジェクトである。時を経て、権力による暴力を直接経験した世代と若い世代との意識差が広がる。氏は難民たちの「持ち物」を手掛かりにそのギャップを埋める。ロン・ノル時代に発行されたパスポート、母の形見のピアス、再入国許可証、仏陀のペンダント、故郷の歌を録音したカセットテープ、、、それぞれが一人一人の物語を静かに語る。

先月、改正入管法が成立した。しかし、人権上の課題や問題が解決したわけではない。スリランカ出身の女性が入管施設で収容中に亡くなったことは記憶に新しいが、国連人権理事会も繰り返し制度の改善を求めている。一方、強制送還のルールが機能していない、法律を守らない外国人は送り返すべきとの声も聞こえてくる。しかし、退去命令に対する送還率は9割以上、在留期限超過等の違反を除くと刑罰法令違反者は数パーセントに過ぎない。送還に応じられない人の多くは家族との分断や帰国後の迫害リスクなど配慮すべき特別な事情を抱えている。

2022年、日本の難民認定者数は申請数3722人に対して202人、前年比で128人増加した。結果、認定率も3%から5%へ上昇した。しかしながら、多くはアフガニスタンの日本大使館職員とその家族であり、言わば “例外的” な事情が背景にあったと言える。それでも先進国の認定率と比較すると極端に低い。国連難民高等弁務官事務所によると世界の難民は1億840万人に達する。戦争、内戦、宗教、思想統制などを理由に故郷を捨てざるを得ない人は絶えることがない。まずは難民の認定基準を国際基準に合わせること、そして、収容や送還判断には司法を介在させるなど、法の支配と民主主義を掲げる国家に相応しい制度を検討していただきたい。

7月5日、クメール・ルージュ以後のカンボジアの再建に重要な役割を果たし、1985年から政権の座にあるフン・セン氏が米IT大手メタ(旧Facebook)の関係者を国外追放処分にすると発表した。与党の不正を指摘した野党に対して「ギャングを送り込む」と脅したフン・セン氏の投稿を “暴力の扇動に当たる” とし、氏のアカウントの凍結を勧告したことへの対抗措置という。カンボジアを祖国とする人たちが安心して帰還できる日はまだ遠いということか。
ハク氏の写真展はYOKOHAMA COAST ROOM3にて7月9日まで開催されている。共生とは、多様性とは、国籍とは、難民とは、あらためて自分事として考えてみたい。


今週の“ひらめき”視点 7.2 – 7.6
代表取締役社長 水越 孝