今週の"ひらめき"視点

当社代表が最新のニュースを題材に時代の本質、変化の予兆に切り込みます。
2023 / 07 / 07
今週の“ひらめき”視点
終わりの見えない難民問題。一人一人の人生に向き合うことが解決の出発点

キム・ハク氏の写真展「生きる Ⅳ」を観た。氏は1981年生まれのカンボジア人、「生きる」は国民の2割、約170万人を虐殺したクメール・ルージュの時代(1975-1979)を生き抜いた難民たちを記録するプロジェクトである。時を経て、権力による暴力を直接経験した世代と若い世代との意識差が広がる。氏は難民たちの「持ち物」を手掛かりにそのギャップを埋める。ロン・ノル時代に発行されたパスポート、母の形見のピアス、再入国許可証、仏陀のペンダント、故郷の歌を録音したカセットテープ、、、それぞれが一人一人の物語を静かに語る。

先月、改正入管法が成立した。しかし、人権上の課題や問題が解決したわけではない。スリランカ出身の女性が入管施設で収容中に亡くなったことは記憶に新しいが、国連人権理事会も繰り返し制度の改善を求めている。一方、強制送還のルールが機能していない、法律を守らない外国人は送り返すべきとの声も聞こえてくる。しかし、退去命令に対する送還率は9割以上、在留期限超過等の違反を除くと刑罰法令違反者は数パーセントに過ぎない。送還に応じられない人の多くは家族との分断や帰国後の迫害リスクなど配慮すべき特別な事情を抱えている。

2022年、日本の難民認定者数は申請数3722人に対して202人、前年比で128人増加した。結果、認定率も3%から5%へ上昇した。しかしながら、多くはアフガニスタンの日本大使館職員とその家族であり、言わば “例外的” な事情が背景にあったと言える。それでも先進国の認定率と比較すると極端に低い。国連難民高等弁務官事務所によると世界の難民は1億840万人に達する。戦争、内戦、宗教、思想統制などを理由に故郷を捨てざるを得ない人は絶えることがない。まずは難民の認定基準を国際基準に合わせること、そして、収容や送還判断には司法を介在させるなど、法の支配と民主主義を掲げる国家に相応しい制度を検討していただきたい。

7月5日、クメール・ルージュ以後のカンボジアの再建に重要な役割を果たし、1985年から政権の座にあるフン・セン氏が米IT大手メタ(旧Facebook)の関係者を国外追放処分にすると発表した。与党の不正を指摘した野党に対して「ギャングを送り込む」と脅したフン・セン氏の投稿を “暴力の扇動に当たる” とし、氏のアカウントの凍結を勧告したことへの対抗措置という。カンボジアを祖国とする人たちが安心して帰還できる日はまだ遠いということか。
ハク氏の写真展はYOKOHAMA COAST ROOM3にて7月9日まで開催されている。共生とは、多様性とは、国籍とは、難民とは、あらためて自分事として考えてみたい。

2023 / 06 / 30
今週の“ひらめき”視点
神宮外苑再開発、樹木伐採へ。都市計画プロセスの在り方を見直せ

25日、作家の村上春樹氏は自身がMCを務めるラジオ番組で神宮外苑の再開発に言及、「このままの緑を残して欲しい。一度壊したものは元に戻らない」と語った。この事業は現在の神宮球場、秩父宮ラグビー場を解体、建て替えるとともに180-190m級の高層ビルを複数棟建設するなど、2036年の完成を目指して神宮外苑一帯を再整備するというもの。神宮第二球場の解体は既に3月から始まっており、村上氏の発言は鉄塔の撤去作業に合わせていよいよ始まる樹木の伐採を前にしてのものである。

問題の焦点は工事に伴う樹木の伐採と絵画館前の銀杏並木の保全である。事業者側は当初971本の伐採を計画していたが、最終的に556本に削減、移植・植樹の可能性等を引き続き検討するとし、昨年の8月、東京都はこれを了承した。しかしながら、計画の中止を求める声も根強い。日本イコモス国内委員会(ICOMOS)は再開発の見直しを求める声明を発表、都民による反対署名も5月までに19万5千筆に達している。この3月に逝去した音楽家の坂本龍一氏が「先人が100年かけて守り育ててきた樹々を伐採しないで欲しい」旨の手紙を東京都知事など関連行政機関の長に宛てて出していたことも記憶に新しい。

そもそもの問題は計画の進め方にある。再開発計画は2013年、五輪招致決定直後から水面下で始動する。都は神宮外苑エリアについて、土地利用に際して自然景観の保全を優先させる風致地区の指定を外すとともに、都市計画公園指定を解除して再開発を可能とする「公園まちづくり制度」を創設、大規模再開発の道筋を段階的に整えてゆく。確かに手続き上の瑕疵はない。とは言え、計画の詳細が公表されたのは2021年末、つまり、都市計画の策定に際して都民の側が参画する機会が実質的に閉ざされていたということである。

今や公益性と事業性を単なる対立軸として捉える時代ではないし、「法令上問題ない」などという行政の強弁も時代にそぐわない。行政の役割は公正でオープンな合意形成の仕組みづくりにあると言え、是非とも未来に禍根を残さない道を探っていただきたい。
さて、再開発は「 “東京2020オリンピック・パラリンピック” のレガシーを次世代に引き継ぐため」ともされる。なるほど、そうなのか。本稿を書きながら、あるスポーツメーカーにて、解体された旧国立競技場のトラックの一部を見せていただいたことを思い出した。そこには切り取られた100m走のスタートラインがあった。戦後の復興を象徴するとともに日本のスポーツ文化の歴史を刻んできた貴重な “文化遺産” を改修可能性に関する議論を深めることなくさっさと解体しておきながら、レガシーも何もないだろ!? こんな思いが今更ながら蘇ってきた。

2023 / 06 / 23
今週の“ひらめき”視点
次世代半導体、国策プロジェクト「ラピダス」始動、成功の鍵は技術者の育成

6月18日、北海道千歳市を西村経済産業大臣が訪問、次世代半導体の国産化を目指す「ラピダス」の工場建設予定地を視察した。国は新工場の建設費用として既に3300億円の助成を決定しているが、鈴木北海道知事はインフラ整備への追加支援を国に要請、西村氏は「しっかり検討したい」と応じた。
産業競争力の強化、そして、経済安全保障という観点から半導体の戦略的重要性は論を俟たない。しかし、かつて世界市場の過半を押さえた日本勢のシェアは今や一桁台、日本の半導体産業は「10年から20年遅れている」というのが現状だ。

そこで、ラピダスである。同社は2022年8月、国内企業8社(キオクシア、ソニー、トヨタ、デンソー、ソフトバンク、NEC、NTT、三菱UFJ銀行)の出資を受けて設立、2025年に試作ラインを立ち上げ、2027年までに2nm世代の量産化を目指す。現在の日本の量産化技術が40nm程度であることを鑑みると、周回遅れから一挙に世界のトップグループに並ぶ目算だ。同社によれば「日本は製造装置や材料分野で世界をリードしており、その強みが活かせる。また、量産化に向けての先端技術は世界有数の半導体研究機関アイメック(ベルギー)とIBM(米)との提携を通じて習得する」という。

課題は資金だ。今後、技術開発と生産ライン整備に5兆円規模の投資が必要だ。しかし、上記8社の出資総額は73億円、よって国の追加支援が必須となる。とは言え、それでも物足りない。既に3nm世代の量産化を実現している半導体ファウンドリ最大手TSMC(台湾)の年間投資額は300-400億ドルだ。加えて半導体市場の不安定さは言うに及ばない。国の関与が事業の成功を保証しないことはエルピーダ、JDI、JOLEDの事例をみれば明らかである。果たして国はどこまでリスクをとるのか、投じた国費は回収できるのか。

ラピダスは「日の丸連合では勝てない、国際連携で勝負」という。しかしながら、資金を国に頼り、重要技術を海外企業に依存したまま事業を主導できるのか。この4月、米半導体大手グローバルファウンドリーズはラピダスなどに企業機密を漏洩したとしてIBMを提訴した。一方、経済安全保障も当然ながら日本だけの問題でなく、それは常に自国ファーストだ。米政府がEVの税優遇で同盟国である日韓欧州を除外したことは記憶に新しい。結局、事業の成功要件は自前の技術力であり、未来を担う人材の育成が鍵となる。そして、出来れば成功体験を知らないミレニアル世代以降の経営者がいい。ここが成功への近道である。

2023 / 06 / 16
今週の“ひらめき”視点
タクシー業界、地方では規制緩和、都市部では供給不足。メリハリの利いた施策を

タクシー行政が転換点にある。国土交通省は公共交通の利用者が少なく、将来的にその維持が困難な地域におけるタクシー会社の事業継続と新規参入を促すべく、規制緩和に踏み切る。これまでタクシー会社は営業所の開設に際して原則5台以上の車両を保有することが義務付けられてきたが、今回の方針転換により5台未満でも営業所の維持が可能となる。また、個人タクシーについても「人口30万人以上」との営業条件を緩和、過疎地域でも営業が可能となる。

従来、タクシー行政の基本は「規制の再強化」にあった。2002年の規制緩和後、業界は供給過剰状態に陥った。これを是正すべく、2009年、タクシー業界の適正化と活性化に関する特別措置法が成立する。事業者は適正化に向けての計画策定が求められ、増車は届出から許可制へ、新規参入要件も厳格化された。結果、事業者数は特措法前年の2008年度末の7,106社から2019年度末には5,980社へ、輸送人員も同期間に2,025百万人から1,268百万人へ減少する。そこへ新型コロナだ。

コロナ禍初年度、2020年度の輸送人員は前年比4割減。国土交通省は未稼働車両の維持コストを抑えるため「臨時的に休車を認める特例制度」を創設、休車数は1万台を越えた。現在、2024年3月末を臨時休車されてきた車両数の復活期限としているが、業界は期限の延長を要望する。背景には車両の調達計画の遅れ、加えてドライバー不足がある。コロナ禍における離職者の増加、高齢化、そして、「2024年問題」だ。ドライバーの時間外労働に上限を設定するこの問題は “物流業界の2024年問題” としてクローズアップされているが、タクシー業界も例外ではない。

ドライバーの時間外労働規制は一人当たり稼働時間の減少を意味する。もちろん、ドライバーの健康と利用者の安全が担保されるという意味では歓迎すべきである。とは言え、コスト増を運賃に転嫁できなければ、事業者はもちろん、歩合に支えられたドライバーへの影響は小さくない。コロナ禍の収束に伴い都市部や観光地の需給はタイトになっており、人手不足が解消されなければ「タクシーがつかまらない」状況の悪化も避けられない。一方、地方の需要減は構造的である。地域の需要に応じたきめ細かな施策が不可欠であり、とりわけ、地方においては官民、業種業態を越えての交通弱者対策が求められよう。

2023 / 06 / 09
今週の“ひらめき”視点
改正マイナンバー法、成立。今こそ立ち止まり、その本来の意義を問うべき

6月2日、改正マイナンバー法が成立、2024年秋には現行の健康保険証が廃止され、マイナンバーカードに一体化される。年金受取口座も一定期間内に同意確認が得られなければ自動的にマイナンバーに紐づけられる。また、導入時には社会保障、税、災害対策の3分野に限定されていた利用範囲も拡大される。法律で認められる事務および “それに準じる事務” については国会承認を経ることなく主務省令で情報連携が可能となる。実質的な義務化であり、行政裁量権の拡大である。

その4日後、政府は「デジタル社会の実現に向けた重点計画」を決定、マイナンバーの利用拡大に向けての工程表を公開する。しかし、である。他人の保険証が登録されていたり、本人ではない名義の銀行口座に紐づけられたり、証明書交付サービスでは別人の住民票が発行されるなど、トラブルが相次ぐ。とりわけ、驚かされたのは健康保険証との紐づけが本人の同意もなく、パスワードとの照合も必要とせず勝手に行われた事案があったということだ。これは単なるミスではあるまい。システムの問題か、運用ルールの不徹底であるのか、露見した種々のトラブルの原因や責任の所在に蓋をかぶせたまま、なぜそこまで急ぐのか。

そもそも、マイナンバー制度はマイナンバー “カード” 制度ではない。カード保有は任意であり、そこが制度設計の出発点であったはずだ。しかし、ある時点からあたかもカードの普及率そのものが政治目的化されたが如く、利用拡大に軸足が移る。ここへきて露呈したトラブルの多くは、システムの拙速な肥大化による運用面における混乱が本質であろう。義務化への方向転換を政治的に決定したのであれば、国民に問うべきは利便性ではなくその必要性である。そう、ポイントで普及率を上げるなどという姑息な施策に巨額の税金を投じる必要などない。

昨年10月、初代デジタル庁のトップを務めた政権幹部が「マイナンバーカードについて、いちいち国民の声など聞く必要はない」などと公の場で発言した。あたかも独裁国家かと見紛う強権的な言動であえて強いリーダーを演じてみせたのか、あるいは、それが政権の本音なのかは、真偽は不明だ。いずれにしても、現在の局面における真のリーダーシップとは、立ち止まり、責任を受け止め、カードの保有リスクに対する全責任を担う覚悟をもって、義務化の是非を国民に問うことである。突破力があるとされる現大臣にはまさに正攻法の道を選択いただきたい。

2023 / 06 / 02
今週の“ひらめき”視点
脱炭素に向けてのもう1つの選択肢、日本は合成燃料でイニシアティブを!

5月28日、富士スピードウェイ内にあるトヨタ自動車の施設で合成燃料車の走行デモンストレーションが行われた。合成燃料は水素とCO2を合成させた燃料で、再生可能エネルギーによる水電解で作られた水素を使ったものをe-fuelという。国産合成燃料を使った市販車によるはじめての走行を披露したENEOSの齊藤猛社長は「脱炭素社会は単一のエネルギーでは実現できない。早期の技術確立を目指したい」と表明、デモ・カーを運転したトヨタの佐藤恒治社長も「運転感覚は通常のクルマと同じ。EVを含めた脱炭素の選択肢が広がる」と語った。

合成燃料の最大の特徴は従来の内燃機関がそのまま使えること、そして、化石燃料と同等のエネルギー密度をもった燃料を工業的に大量生産できる点にある。今、世界の自動車メーカーはEV化へ一気に傾く。2030年には主要自動車市場における新車販売のEV比率が6割になるとの予測もある。一方、その時点であっても世界を走行する車両の9割はエンジン搭載車であり、したがって、脱炭素を世界レベルで実現するうえで合成燃料が果たし得る役割は小さくない。大型航空機や大型船舶など電動化が困難な分野も潜在市場だ。

この3月、欧州連合(EU)は、「2035年以降、エンジン車の新車販売を禁止する」との従来方針を撤回、合成燃料の使用を条件に販売を認めることを決定した。これに先駆けドイツ政府は民間の合成燃料製造事業への出資を決定、また、航空業界向けの実証プロジェクトに対する公的支援もはじめた。動きは速い。こうした流れは合成燃料のビジネス可能性を大きく拓くものであり、商用化に向けて欧州勢の政府支援や民間投資はもう一段加速するだろう。

日本も商用化の実現時期を当初の2040年から2030年代前半への前倒しする方向で取り組みを急ぐ。最大の課題は製造コストだ。とは言え、サービスステーションなど既存の燃料インフラや社会資本が活用できるメリットは大きい。加えて長期備蓄が可能であること、原産国が限定されるレアメタルが不要であることも経済安全保障上の優位点だ。日本はEVで遅れをとった。それは途上国も同じだ。つまり、合成燃料の商用化技術を主導することは脱炭素への貢献はもちろん、グローバルサウス諸国に対するプレゼンスの向上にも資する。選択肢は1つではない。e-fuelの早期社会実装に向けて産官学における戦略的な投資を進めていただきたい。