今週の"ひらめき"視点

2020 / 09 / 25
今週の“ひらめき”視点
高まる政治リスク。経営判断のイニシアティブを政治に渡さないために

米中対立を背景とした政治による経済への介入に対して、経済の側から「待った」の声があがる。
21日、米EVテスラは、米中通商摩擦の中で課された中国からの輸入部品に対する課税の撤廃を求めて国際通商裁判所に提訴した。テスラはトランプ政権による経済報復措置として課された一連の関税は「違法」であると主張する。

その2日前、サンフランシスコ連邦地裁は、中国IT大手テンセントの対話アプリWeChatに対する「米国内での使用を20日付で禁止する」とした大統領令の執行を停止する仮処分を下した。米国憲法が保障する表現の自由を侵す懸念があるとの原告側の主張を認めた。
中国動画投稿アプリTikTokも「27日付で新規のダウンロードを禁止する」との大統領令の差し止め請求をワシントン連邦地裁に起こした。

内需の流出、雇用の喪失、課税逃れ、貿易赤字、不公正取引、格差の助長などグローバル経済がもたらした負の側面は各国に共通した課題である。もちろん、各国の産業政策や対外交渉の根底には安全保障という国益が含まれる。しかし、それゆえに経済的共存のための国際的なルールづくりが模索されてきたはずだ。
今、米中対立は確実にその一線を越えてきており、両国はともにその強権的な姿勢を崩さない。いずれにせよ経済という視点からは非生産的であり、合理的な企業活動を制限するものでしかない。

ただ、自国内での統制強化と近隣への権益拡大をはかる側が国際協調を主張し、自由と民主主義の盟主であったはずの側が自国第一主義をかざし国連に背を向けるという矛盾の中で、企業はどう行動すべきか。
16日、スウェーデンのアパレルH&Mは自らの経営判断で新彊ウイグル自治区を産地とする繊維の取引を停止すると発表した。企業にとって大切にすべき価値は何か、経営理念と行動原則は一致しているか、問われているのはコーポレートアイデンティティーの在り様そのものということだ。政治からの介入は回避し難い。しかし、「鷹は飢えても穂を摘まず」、せめてこうありさえすれば “企業の社会的責任” に対するリスクは最小化できるはずである。

2020 / 09 / 18
今週の“ひらめき”視点
ファーウェイ排除、市場の流動化は新たな事業機会を創出する

9月15日、華為技術(ファーウェイ)に対する米国の追加的な制裁措置が発効した。
米国は2019年に米国製半導体のファーウェイ向け輸出を禁止、この5月には米国企業の技術を使ったすべての製品供給の禁止を発表した。それでもこの時点では設計におけるファーウェイの関与が条件付けられていた。しかし、8月にはこの条件も外すことを決定、15日、これが発効した。結果、半導体製造子会社HiSilicon社からの調達も含め、ファーウェイへの米国製の技術が使われた半導体の供給が完全に閉ざされた。

今回、米国は各国の電子部品メーカーに対して「販売した自社製品が最終的にファーウェイに届いていないことを保証する義務」まで課している。子会社はもちろん関連会社や第3者を通じての迂回取引も見逃さない徹底ぶりだ。
ファーウェイを優良顧客としてきたサムスン電子、SKハイニックなどの韓国勢、そして、ソニー、キオクシア、三菱電機をはじめとする日本勢への影響は大きい。

一方、台湾は特需に沸いた。制裁措置の発効を前にファーウェイ向けの電子部品の駆け込み需要が集中、8月の海外輸出額が前年同月比8.3%増、311億7,000万ドルと史上最高額を更新した。
しかし、特需はむしろこれからだ。2019年、ファーウェイは世界のスマートフォン市場でアップルを抜いてサムスンに次ぐ2位に浮上した。しかし、ここが崩れる。上位3社を追うシャオミ、OPPO、そして、それに次ぐメーカーにとってもシェアを奪取するチャンスである。

ファーウェイ排除は5Gのインフラ市場の再編も促す。ファーウェイ、エリクソン、ノキアの3社で8割を占めるモバイルインフラ市場も揺らぐ。かつて、ここにはルーセント、ノーテル、モトローラといった名前があった。今、日本勢はそれぞれシェア1%にも届かないNECと富士通がかろうじて「その他」の一角を占めるに過ぎない。
6月、そのNECはNTTと提携、世界市場への再参入を目指すと発表、2030年には世界シェア20%を目指す、と宣言した。チャンスは政治がもたらした。しかし、両社においては官を頼ることなく、また、高品質=高価格を言い訳にすることなく、堂々と世界との勝負に勝ちにいっていただきたく思う。

2020 / 09 / 11
今週の“ひらめき”視点
独メルケル政権、対ロ・対中政策を転換。鷹は飢えても穂を摘まず、は成しえるか

ドイツ政府は意識不明のまま国内医療機関に搬送されたロシアの反政府指導者について「旧ソ連が開発した神経剤が使われた」との見解を発表した。EU、NATOもこれを強く非難、もちろん、ロシアは事実無根と否定する。
こうした中、ロシアとドイツを海底パイプラインで結ぶ天然ガス事業 “ノルドストリーム2” の中止論が現実味を帯びてきた。

ノルドストリーム2は対ロ安全保障の観点からこれまでも幾度となく見直し論が浮上した。米トランプ政権も建設関連企業に制裁措置を課す。ただ、総事業費1兆円を越えるプロジェクトの経済効果は大きく、また、脱石油、脱原発を進めるうえでの戦略インフラという背景もあり、政府は “政経分離” の方針を貫いてきた。しかし、今、ドイツ国内からも強硬論が広がる。

とは言え、もともと “政” の要請で始まったノルドストリーム2であっても、現時点で “経” の動きを止めるのは容易ではない。7日、ドイツ経済東欧委員会は「事業停止」に反対する立場を明確にした。事業にはヴィンターシャル(独)、ユニーパー(独)、ロイヤル・ダッチ・シェル(英蘭)、オーエムヴィー(オーストリア)、エンジー(仏)など、多くのエネルギー関連企業が参画する。影響はドイツ一国にとどまらない。

一方、メルケル氏は対中政策の転換も進める。2日、政府はインド・太平洋外交に関するガイドラインを閣議決定した。主張の骨子は「法の支配」の尊重であり、覇権主義を否定し、開かれた市場を重視し、自由と民主主義という基本的な価値観を共有する国との連携を強化する。すなわち、中国依存度の低減である。

しかし、こちらも簡単ではない。VW、ダイムラー、BMWは世界販売台数の3-4割を中国で占める。シーメンスはガスタービンの共同開発で国営企業と契約を締結、BASFも広東省の石油関連施設建設に100憶ドル規模の投資を表明している。政府は2017年に外国貿易管理法を改正し、以降、中国への技術流出を規制してきた。しかし、個々の企業つまり “経” にとっては14億人を有する世界第2位の経済大国に代わる市場はない、ということだ。

対ロ、対中、いずれも一筋縄ではゆかない。それでも関係の見直しに舵をきる。それほど “政”における基本的な価値観の相反が深刻になりつつある。
8日、欧米の製薬メーカー9社は新型コロナウイルスのワクチン開発に際して「安全性を最優先とし、医学の科学的・倫理的水準に従う」との共同宣言を発表した。つまり、政治的な圧力によって研究、臨床、承認のプロセスが歪められることはない、言い換えれば、“政” の “経” への介入を拒否する、と言うことだ。
そう、これこそが正しく “政経分離” であって、ドイツの方針転換は、“経”、すなわち、民の活動に不正に介入する政への加担を拒否する、ということである。
“政” と “経” は相手側のそれとの落としどころを見出すことが出来るのか。米中対立も一線を越えつつある中、世界で “政” と “経” が縺れ合う。

2020 / 09 / 04
今週の“ひらめき”視点
中印紛争の激化は世界の分断の予兆か。国際協調主義は転換点を迎えつつある

8月29日から31日にかけて中印が領土を争うカシミール地方ガルワン渓谷付近で、双方から「相手方が自国の実効支配線を越えた」との非難声明が発せられた。この地域では6月にも越境をめぐって両軍部隊が衝突、7月にはインドは仏製戦闘機5機を、8月には中国もステルス戦闘機2機を当該地域に配備するなど一触即発状態が続いている。

国境での紛争はモディ政権の “脱中国依存” を加速させる。モディ氏は「貿易赤字は “安価な中国製品の大量流入” が主因であり、これが国内製造業の発展を妨げている」と表明、中国企業の排除を進める。国境紛争を背景に大衆もこれを支持する。しかし、新型コロナウイルスの押さえ込みに失敗し、経済の停滞と感染拡大の悪循環が続く中、産業構造転換は足踏み状態にある。こうした状況のもとでの中国資本、中国製品のボイコットは雇用、消費にとって短期的にはマイナスだ。加えてインドの主力工業品である医薬品の原材料は依然として中国に依存しており、現時点で代替先はない。

中国はこうした隙を突く。ただ、いち早く新型コロナウイルスを乗り越えたはずの中国も経済のV字回復には懸念が残る。IMFは2020年の経済見通しについて「中国は主要国で唯一プラス成長が可能である」と予測するが、当の中国は5月に開催された第13期全人代で今年の経済成長に関する目標数値の公表を見送った。米との対立の行方など情勢は不透明である。

8月、習近平指導部は「双循環」という新たな経済ビジョンを表明した。“双” とは国内大循環と国外循環の両立という意味である。つまり、海外と連携しつつ内需主導に成長の軸足を移す、ということだ。国外を “一帯一路” と言い換えれば、つまり、米国との決裂を前提に世界のブロック化を覚悟した戦略、との解釈も成り立つ。であれば、香港、台湾、南シナ海、新彊、カシミールにおける強硬姿勢も頷ける。ただ、それが国際社会に対する牽制であるのか、覚悟であるのか、覚悟であるとしてもどこまでの覚悟なのか、本意は分からない。
今、世界はCOVID-19のワクチン開発に凌ぎを削る。そして、次に来る課題はその配分だ。ワクチンは世界の “陣営” を分けることになるのか、それとも、国際協調への回帰を導くのか、ここが分水嶺かもしれない。

2020 / 08 / 28
今週の“ひらめき”視点
日本ペイント、シンガポール企業の子会社へ。コロナ禍の中、大手企業の戦略的M&Aが加速する

8月21日、日本ペイントホールディングスは、筆頭株主であるシンガポール塗料大手ウットラムグループを引受先に1兆2,900億円相当の第3者割当増資を実施、ウットラムのインドネシアにおける100%子会社と両社が合弁で展開しているアジア事業のウットラムの持分49%を買収すると発表した。これによりウットラムの株式保有率は39.6%から58.7%へ上昇、日本ペイントは文字通りウットラムの子会社となる。

日本ペイントとウットラムの関係はウットラムが日本ペイントの販売代理店となった1962年に遡る。その後、ウットラムはアジアの成長とともに業容を拡大、2013年に日本ペイントに対して買収提案を行う。この提案は不成立に終わったが、両社は資本提携の強化について合意、2017年にはウットラムの出資比率は39%に達する。2018年の株主総会では取締役10人のうちウットラム推薦の候補者6人が選任され、同社を率いるゴー・ハップジン氏が会長に就任した。つまり、この時点で日本ペイントは事実上ウットラムの傘下に入っている。

こうした経緯もあって今回の発表に対して報道では「主客逆転の企業買収」、「東証一部の大企業が華僑の軍門に下る」といったセンセーショナルな見出しも踊った。しかしながら、見方を変えれば、日本ペイントは自己資金ゼロでアジア事業におけるウットラムの全経営権を取得した、ということでもある。
世界の塗料市場の3強はPPGインダストリーズ(米)、シャーウィン・ウイリアムズ(米)、アクゾノーベル(蘭)、世界規模の企業再編を乗り越え、グローバル競争を勝ち抜くためにも成長力の大きいアジアを押さえることの重要性は言うまでもない。その意味で日本ペイントは極めて攻撃的な “被買収戦略” を実行したと言えよう。

12日、昭和電工は飲料用アルミ缶事業の売却を表明、24日、武田薬品工業も大衆薬品事業の米投資ファンドへの譲渡を正式発表した。いずれも収益事業である。背景には昭和電工は日立化成、武田はシャイアー、それぞれの巨額買収によって悪化した財務の立て直しといった狙いもあるだろう。しかし、安定という停滞ではなく、成長へのリスクに賭けた経営判断は応援したい。事業の切り売りがすべて正しいわけではない。とは言え、中核部門の厚みと可能性を強化するための資産の入れ替えは評価すべきだ。
コロナ禍が企業の構造改革の加速を促す中にあって、前例や従来の発想にないM&Aが進行する。成否の予想に時間を費やすのは止そう。そもそもその決定がなければ成功の芽すらないのだから。

2020 / 08 / 21
今週の“ひらめき”視点
モーリシャス沖事故の教訓、船舶の自動運航に向けてリスクの再点検を

8月7日、商船三井は、先月26日にモーリシャス島沖で座礁した同社が長鋪汽船(岡山)から傭船し、運航している貨物船から燃料油が流出、現場海域に甚大な影響を及ぼしている、と発表した。
船外に流出した燃料油は1,000MT、沿岸の湿地帯、マングローブ林、サンゴ礁など貴重な生態系が危機に瀕する。環境への負荷を鑑みると大型ポンプの使用や薬剤の投入は出来ない。油の除去作業は人海戦術に頼るしかなく、回収の長期化は避けられない。マングローブ林の回復には30年を要するとの専門家の指摘もあり、固有種を含む生物多様性への影響はもちろん、観光、漁業などモーリシャス経済に与える打撃は深刻である。

海難事故の大半は操船ミスや見張りの不十分さが原因とされる。その意味で船舶の自動運航化への期待は大きい。
4日、日本、中国、韓国、シンガポール、ノルウェー、デンマーク、フィンランド、オランダの8ヵ国は自動運航船の実用化にむけた国際連携の枠組み「MASSPorts」の設置に合意した。今後、MASSPortsは自動運航船の実証ガイドラインの策定や複数港湾での相互運用性を高めるための用語、通信方法の統一などに向けて協力していく。

国土交通省は2025年を目標に自動運航に関する安全基準を策定する方針であり、民間の無人運航プロジェクトを支援する日本財団とも連携し、オールジャパン体制で船舶の自動運航に向けた取り組みを本格化させる。
5月、日本郵船グループは東京湾上のタグボートを兵庫県の陸上センターから遠隔操船する実験に成功、これを受けてNTTと共同で輻輳(ふくそう)海域での無人運航船の実証実験に着手する。商船三井も三井E&S造船などをパートナーに日本財団のプログラムに参加、内航船の主力船形であるコンテナ船と大型カーフェリーを使った実験をスタートさせる。

18日、モーリシャス共和国当局は座礁船のインド人船長と副船長を逮捕した。“船内では船員の誕生会が開かれていた”、“Wi-Fiに接続するために沿岸に近づいた” との報道もあり、原因は人為的であるとの見方が有力だ。一方、商船三井も自社の「安全運航センター(SOSC)」の在り方を再検証する必要があろう。同社は2006年に発生した重大事故の経験を踏まえSOSCを設置、インマルサット衛星を活用した24時間365日体制で全船舶の運航を監視、“船長を孤独にしない” 体制を整えた。しかし、残念ながら事故は防げなかった。システムに技術的な問題はなかったか、運用体制は十分であったか、リスクの見落としはなかったか。ヒューマンエラーの可能性も含め、徹底した検証を行い、公開し、自動運航の実用化と再発防止に向けての教訓として欲しい。