今週の"ひらめき"視点

当社代表が最新のニュースを題材に時代の本質、変化の予兆に切り込みます。
2023 / 09 / 01
今週の“ひらめき”視点
拡大BRICSと対日強硬策の背後にある中国リスク。社会の安定に向けて構造改革を

8月22日~24日、南アフリカでBRICS(新興5か国)首脳会議が開催、アルゼンチン、エジプト、エチオピア、アラブ首長国連邦、サウジアラビア、イランからの加盟申請を承認し、閉幕した。BRICSは、もともとゴールドマン・サックスが2001年に発表した自社の投資レポートの中で、高い経済成長が見込まれるブラジル、ロシア、インド、中国の4か国を “BRICs” と総称したことがはじまり。2011年、南アフリカが参加して現在の “BRICS” となり、2024年1月、上記6か国を加えた11か国体制に拡大する。

とは言え、各国の政治体制、財政、産業、発展の段階は一様ではないし、欧米との関係も一枚岩とは言えない。したがって、統一的な施策やルールづくりにおける合意形成はそもそも現実的ではない。加えてロシアを取り巻く国際情勢の変化、盟主を自認する中国の成長力低下もあって、新興国間の経済協力や開発支援についても大きな成果は得られまい。すなわち、経済的な実利およびグローバル経済に対する影響力のいずれにおいても実質的な “果実” は期待できないと思われる。

BRICSを取り巻く環境は変わった。リーマン・ショックに喘ぐ世界を救った「開かれつつあった中国」も変質した。それでも、否、それゆえに中国はBRICSの拡大を主導したとも言える。狙いは欧米主導の国際秩序に対抗するための牽制装置として政治利用だ。不動産不況、膨張した公的債務、若年層の失業、急速な高齢化、金融システムリスク、、、不透明感が募る経済状況の中、拡大BRICSを背景にG7との関係を再構築したいというのが中国の本音であろう。とは言え、安易な譲歩はないだろう。とすると懸念はそれが更なる対外強硬策に向かうことだ。

日本産水産物の輸入禁止措置は政治的な報復以外の何物でもない。問題はどこまでエスカレートするかだ。愛国的行動として免罪される日本への「嫌がらせ電話」は、言わば徹底して政権批判を封じてきた政策的成果とも言えるが、果たして国に対する無批判な同調や過剰な忖度を当の国自身がコントロール出来るのか。回避すべきは世論の暴走が国をもう一段の対外強硬策に追い込むような状況だ。矛先は日本だけではない。不景気の長期化、閉塞感の鬱積はこうした事態を助長する。対処療法で問題は解決しない。中長期的な視点に立った構造改革を望むとともに我々の側もリスク低減に向けて知恵を尽くす必要があろう。

2023 / 08 / 25
今週の“ひらめき”視点
国連ビジネスと人権作業部会、会見。内向きの論理を排し、ガバナンスの強化を

8月4日、国連人権理事会「ビジネスと人権」作業部会は約2週間かけて行った訪日調査について日本記者クラブで会見した。一行は東京、愛知、大阪に加え北海道、福島を訪問、企業、官庁、自治体関係者等と面談、人権に関する国家の義務、企業の責任、救済へのアクセスという3つの視点から日本の人権状況について調査した。作業部会は今後更に情報を収集し、2024年6月に国連人権理事会に最終報告を提出するとのこと、会見は言わば中間報告という位置づけである。

内容は極めて具体的、かつ、広範におよんだ。男女間の賃金格差をはじめとする女性の社会進出の遅れ、障害者雇用率の低さ、被差別部落や先住民族に対する差別問題、過労死に象徴される過重労働、不正な就業実態を助長した外国人技能実習制度、LGBTQの権利保護の不十分さ、内部通報に対する報復、有名芸能事務所の性的搾取とそれを不問としてきたメディアの責任、そして、福島第一原発廃炉作業における健康被害や多層的な下請構造の問題など、日本社会そして産業界における人権の現状について多面的な指摘がなされた。

日本は2020年10月、「ビジネスと人権に関する行動計画」を策定、2022年9月には「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」を決定している。しかし、現時点ではあくまでも “ガイドライン” に止まっており、義務化の必要性があらためて指摘された。また、大企業と中小企業、都市部と地方におけるギャップや裁判官や弁護士など “救済する側” の人権意識の低さへの懸念も示された。人権に関する独立専門機関の設置、人権デューデリジェンスの義務化、各層への啓蒙など、国としての更なる取り組みが求められる。

短い調査期間、限られた調査範囲とは言え、会見は “差別や不平等” の背後にある日本社会の負の体質を見事に活写したと言える。旧態依然とした組織の論理、不合理な慣習への無批判な同調、不都合な事実の隠蔽、異論や少数者の排除、責任主体の不在、、、そう、直近ではビッグモーターや日本大学の問題で露呈したガバナンス不全にも通じる構造問題の一側面が浮き彫りになったということだ。今やESGへの取り組みが企業評価の重要要件であることは言うまでもない。
E(Environment)に対する意識は高まりつつあるし、取り組みもカタチにし易い。問題はS(Social)とG(Governance)だ。国、企業、そして、何よりも個人としての私たち一人一人の意識と行動が問われている。

2023 / 08 / 04
今週の“ひらめき”視点
ニジェール政変。西アフリカの安定化に向けて暴力の連鎖を断て

アフリカ西部、世界有数のウラン産出国ニジェールでクーデターが発生した。7月26日、大統領警護隊の兵士が親欧米派のバズム大統領を拘束、憲法を停止する。国軍もこれに同調、28日、大統領警護隊司令官チアニ将軍を首班とする軍事政権の樹立を宣言した。これに対して「アフリカ連合平和・安全保障理事会」は15日以内に憲法秩序を回復するよう通告、旧宗主国フランス、EU、米国は同国への経済支援、軍事協力の停止を発表、「西アフリカ諸国経済共同体」(ECOWAS)も軍事介入の可能性を示唆しつつバズム氏の復権を要求した。情勢は一気に不安定化しつつある。

西アフリカでは2020年以降クーデターが頻発、ニジェールと国境を接するマリでは2020年8月と2021年5月に、ブルキナファソでは2022年1月にクーデターが発生、現在、両国はいずれも軍事政権下にあって、ロシアが政治的影響力を強める。その先兵役を担ってきたのがロシアの民間軍事会社ワグネルである。マリ、ブルキナファソは今回の政変に対して直ちに支持を表明、ECOWASによる軍事介入があった場合、「宣戦布告とみなす」などと警告する。

バズム氏は前政権の経済政策、テロ対策、汚職を批判、“選挙” という民主的プロセスを経て政権の座についた大統領であり、欧米にとって戦略的にも重要なパートナーであった。しかし、そのバズム氏率いる政府もまた汚職と不正の疑惑が取り沙汰される中、強権化してゆく。ニュース映像では多くの市民がバズム氏失脚を歓迎している様子が映し出されたが、根底には植民地時代から続く圧政、貧困、そして、“資源” という権益を大国に差し出すことで莫大な特権を享受する「支配層」への反発があるのだろう。

ニジェール軍幹部は「政変は正しい統治を復活させるため」と説明したが、はたしてそれは誰にとっての正しさなのか。彼らもまた別の大国の威を借り利権の独占を目指すのであれば、いずれ新たな政敵が次のクーデターを準備することになるだろう。この連鎖をどう断ち切るか。ここが課題だ。経済制裁と軍事力では解決しない。
さて、この地域の混乱が伝えられる度、筆者は映画「禁じられた歌声」(2015年公開、原題Timbuktu)の一場面を思い出す。イスラム過激派集団に支配されたマリの古都ティンブクトゥ、音楽と笑い声を禁じられた人々のささやかな抵抗、そして、とうとうと流れる悠久のニジェール川、その美しい映像が忘れられない。

関連記事:「アフリカの自立と民主化に向けて、第8回アフリカ開発会議に期待する」今週の"ひらめき"視点 2022.8.21 – 8.25

2023 / 07 / 28
今週の“ひらめき”視点
日産、ルノーとの資本問題に決着。世界の主戦場で輝くために機動的な意思決定を

7月26日、日産自動車とルノーは資本関係の見直しに関する最終契約を締結したと発表した。ルノーは日産の持分を43%から15%へ引き下げ、ルノー、日産それぞれが相手方の株式を15%ずつ保有することとなる。これにより日産は長期におよんだ経営再建フェイズに資本レベルにおいても完全決着、ようやく “ルノー傘下” という経営上の制約から脱する。一方、協業体制は維持、日産はルノーが設立するEVの新会社に出資、EV市場における世界戦略においてルノーとの戦略的連携をはかる。

さて、そのEVであるが、世界のEV市場の6割を占める中国自動車市場の構造変化が急激だ。11日、中国自動車工業協会(CAAM)は6月の自動車販売台数は262万2千台、前年同月比+4.8%となったと発表した。これに対して報道では「前月に比較すると伸び率が大幅に鈍化、2023年の目標販売数2667万台の達成は難しい」と中国の景気動向を見通す視点からの論調が目立った。しかし、注目すべきはガソリン車の退潮と新エネルギー車の急速な伸長である。自動車販売市場全体における後者のシェアは30.7%に達し、伸び率は前年同月比+35.2%を記録した。

新エネルギー車の急速な市場拡大に伴い比亜迪(BYD)、蔚来汽車(NIO)、小鵬汽車(シャオペン)をはじめとする中国ローカルEVメーカーが急伸、シェアは自動車市場全体における5割に迫る。結果、ガソリン車における技術力とブランド力で存在感を示してきた日本勢は苦戦を強いられる。今年に入って日産、ホンダなど日本メーカーは急速にシェアを落としており、トヨタも前年を割り込んだ。各社は中国国内における生産体制の見直しとEV開発拠点の現地化を急ぐ。

一方、輸出市場の勢力図も変わりつつある。今年1-3月期、中国の輸出台数は107万台、日本の95万台を上回った。もちろん、数字には外資メーカーの中国生産車の台数も含まれる。しかし、元気なのはやはり中国EVメーカーだ。成長市場である東南アジアはこれまで日本勢の牙城だった。しかし、中国EV勢にとっても恰好のターゲットだ。加えて、やはり中国市場で競争力を失った韓国メーカーもアジア戦略を強化する。もちろんEVだけが次世代自動車の選択肢ではない。しかし、現実の市場で競争力を維持することがブランド力の強化と投資原資の確保につながることは言うまでもない。日本勢にはリアルな市場で戦うための大胆な戦略とスピードに期待したい。

2023 / 07 / 21
今週の“ひらめき”視点
百貨店、復調は本物か。新たな業態開発に向けて積極投資を

百貨店の売上が改善基調にある。日本百貨店協会によると5月の全国百貨店の売上高は前年同月比+6.3%(店舗数調整後)、入店客数は同+4.5%、いずれも15か月連続で前年を上回った。要因は新型コロナの感染症区分の変更とインバウンド需要の戻りである。総売上の約95%を占める内需は前年同月比+2.3%、15か月連続の増収、インバウンドは同+250%、こちらも14か月連続でプラスとなった。5月の訪日外国人数は約189万9千人、コロナ前の2019年比で▲31.5%(日本政府観光局)、6月の訪日客が200万人を突破したことを鑑みてもインバウンドの回復余地は大きい。

商品別では婦人服、身の回り品、雑貨、食料品など、主力商材がいずれも好調、旅行、ビジネス、行事、催事など外出機会の増加が売上を牽引した。地区別では京都、大阪、神戸、福岡が二桁の伸び、名古屋、東京がこれに続く。
こうした中、百貨店を販路とするメーカーや卸も “復調” に期待を寄せる。とりわけ、百貨店市場の縮小とともに苦戦を強いられてきた “百貨店アパレル” も一息つく格好だ。その代表格オンワードホールディングスは2024年2月期業績予想を上方修正、売上は前期比+7.2%、営業利益同+91.8%を見込む。

とは言え、“復調” はあくまでも前年比、すなわちコロナ禍3年目の2022年との比較であって百貨店の競争力低下そのものに歯止めがかかったわけではない。確かに内需もプラス基調であるが、コロナ禍前の2019年5月と比較すると▲2.7%という水準にとどまる。また、全国ベースにおける “復調” を支えているのはあくまでも都市部の需要であって、主要10都市を除く百貨店の売上は前年同月比▲0.1%、厳しい状況に変わりはない。

コロナ禍の3年間、筆者は「新型コロナは構造変化を加速、変革のための猶予期間を短縮させた」と書いてきた※1。果たして従来型百貨店市場の縮小に後退はないだろう。上記オンワードの基本戦略は構造改革、すなわち “脱百貨店” であり、ECの売上比率は既に3割に迫る。つまり、百貨店は自らの “復調” によって離反する側に一時的な猶予を提供していると言える。一方、それは百貨店自身にとっても同様である。“復調” によって稼ぎ出した時間と原資を従来型ビジネスモデルからの脱却にどれだけ投資出来るか、今、百貨店に問われているのはまさにそこだ。そう、渦中の「そごう・西武」こそ未来に向けての新たな一歩を踏み出していただきたく思う。

※1 「コロナ禍、収束へ。後戻りはない、この3年間の経験を未来へ」今週の"ひらめき"視点 2023.4.30 – 5.11

2023 / 07 / 14
今週の“ひらめき”視点
暑い! 世界の平均気温、最高値を更新。脱炭素に向けて実効性の高い対策を

世界の気温上昇が止まらない。世界気象機関(WMO)は7月3日の世界の平均気温が観測を始めた1979年以降の最高値17.01℃となったと発表した。これ以降、連日、最高値を更新、7日には17.24℃を記録した。海水温の上昇も続いている。世界の海面温度は5月~6月に過去最高を記録、南極の海氷レベルも観測以来過去最低水準まで低下した(WMO)。米海洋大気庁によるとこの9日から10日にかけてメキシコ湾からフロリダ半島南西部の一部海面温度は35~36℃に達したという。

気温と雨量の相関は言うまでもない。9日から10日にかけて米ニューヨーク州に降った大雨は「千年に一度」と形容された。日本もまた然りである。九州は再び豪雨災害に見舞われた。2014年の広島北部豪雨以来、“線状降水帯” の発生はもはや日常茶飯事である。「数十年に一度」の大雨も各地で頻発する。多くの人命とともに生活基盤、経済活動、都市機能、そして、生態系そのものが危機に晒される。

猛暑の直接的な要因は太平洋の日付変更線から南米ペルー沖の海水温が平年より高くなるエルニーニョ現象である。7年ぶりに発生した今回のエルニーニョは通常より温度差が大きい “スーパー・エルニーニョ” と呼ばれ、影響は広範かつ深刻だ。スペイン、ポルトガル、イタリア、北米、中国、アジア各国で記録的な猛暑となっており、インド北西部では最高気温が50℃を越えた。

エルニーニョの “スーパー化” の背景に地球温暖化があるだろうことは誰もが察するところである。一方、“異常気象は10万年単位で繰り返される地球のサイクルが主因である” など地球温暖化を過小評価する向きもある。しかしながら、産業革命以降、世界の気温上昇の速度を押し上げた要因にCO2濃度の増加があることは疑う余地はなく、であれば私たちは私たち自身に出来ることを政策的に進めるしかあるまい。

今年11月~12月、アラブ首長国連邦(UAE)のドバイでCOP28が開催される。議長を務める産業・先端技術大臣スルタン・ジャベル氏がアブダビ国営石油のCEOを兼務していることへの批判も根強い。しかし、その彼も「化石燃料の段階的な削減は避けられない。2050年までに排出の実質ゼロを達成したい」との考えを表明、「エネルギー転換は既存業界にとってもチャンス」であると語っている。COPは常に先進国と途上国など様々な立場の国益が対立する場となる。それゆえに調整役として彼の手腕が問われる。大胆かつ実効性の高い “現実解” に期待したい。