11月21日の閣議決定に向けて調整中の今年度補正予算の一般会計歳出が17兆円を超える見込みだ。物価対策、成長投資、安全保障を柱に昨年の13.9兆円を越える大型補正となる。連立与党内からは「更なる上積みを」との声もあるという。ただ、補正予算とは災害など突発的で緊急性を要する事態に対して必要最小限の予算の“変更”を行うためのものであり、中長期的な国策としての産業政策や防衛戦略は本来“補正”で対応すべき事案ではない。
第2次安倍政権から石破政権まで計13回、計250兆円の国費が補正として支出された。コロナ禍の3期を除いても106兆円を超える。「日本経済再生のための緊急対策」、「未来への投資を実現するための経済対策」、「地方への好循環拡大に向けた経済対策」、「安心と成長の未来を拓く総合経済対策」などなど、そもそも名称からして“補正”の本意からは遠い。それでも緊急対策として投じられ続けてきた成果が“今”である。はたして国民各層への総花的、一時的な収入補填に終わっていないか。徹底した成果検証をお願いしたい。
さて、補正予算のあるべき論は横に置く。喫緊の課題は物価高であるが、ここが最初の難関である。アベノミクス後遺症からの安定的な着地を目指し金利の正常化を進めたい日銀と、“責任ある”と前置きしつつも積極財政を掲げ、金融緩和の維持を望むとされる現政権のスタンスは相反する。日銀による金利引き上げのタイミングが遅れるとみた市場は直ちに反応、円の対ドル相場は急落、円の信任に対する懸念が高まる。
加えて中国リスクだ。高市発言に対する中国当局の反応は外交上の齟齬の次元を越えている。日本経済への影響は小さくない。一方、尖閣問題やコロナ禍を通じて企業の側も構造改革を進めてきたはずだ。危機対応力は向上しており、長期化を視野に冷静に対応したい。1940年代前半、言論統制に迎合し、排外思想を煽り、戦意への高揚を作り上げたのはメディアであり当時の言論人だ。あらためて民主主義の脆弱さを私たち一人ひとりが認識し、健全な言論空間の維持をはかりたい。そして、高市政権には「無責任なポピュリズムに屈しない、大勢に流されない政治家としての矜持と責任」(石破茂氏、「戦後80年所感」より)を期待する。
11月10日、国連気候変動枠組み条約第30回締約国会議(COP30)がブラジルで開幕した。会期は21日まで、「産業革命前からの気温上昇を1.5度以内に抑える」との目標を採択したパリ協定(2015年、COP21)から10年、残念ながら各国の取り組みは遅れつつある。国連環境計画(UNEP)は「2024年、温室ガス排出量は2.3%増加した。今後、各国の公約が達成されたと仮定しても世界の気温は2.3℃から2.5℃上昇する」との見通しを発表した。
世界各地で異常気象が“災害化”しつつある中、国連のグテーレス事務総長も「危機が加速している」と警鐘を鳴らす。一方、「気候変動は史上最大の詐欺」などと公言してきたトランプ氏にとってパリ協定からの離脱は既定路線だ。「途上国の気候資金として2035年までに官民あわせて1.3兆ドルを拠出する」とのCOP29における合意の実現を米国抜きのシナリオで描くのは容易ではない。COPは先進国と途上国の立場のちがいが浮き彫りになりがちだ。それだけに資金拠出における先進国間での調整難航は取り組み全体の後退に直結する。
トランプ氏に煽られるようにSNSでは気候変動への疑義が溢れる。しかしながら、今、目の前で起こっている気温上昇は2万~10万年単位の周期で繰り返される気候変動の10倍の速さで進行しており(国立環境研究所)、間氷期から氷期への移行は日射量変動から計算される理論値より5万年以上先になるとされる(A. ガノポルスキー他)。「気候変動に関する政府間パネル」(IPCC)も20世紀後半からの急激な気温上昇は人間活動の関与なく説明できないと結論づけており、気候変動を地球本来のサイクルに戻すための行動に是非はあるまい。
環境問題は国家戦略としての産業政策を方向づける要件でもある。10月9日、中国EV大手「比亜迪」(BYD)はブラジルに建設した新たな工場の完工式典でブラジルが国策として進めるサトウキビを原料とするバイオエタノールを使ったPHEVの導入を発表、環境と経済への貢献をアピールする。日本も「COP30ジャパン・パビリオン」(環境省)を現地に設置、脱炭素や気候変動適応における日本企業の先進技術を発信する。健全な競争は歓迎だ。多国間主義への信頼が揺らぐ中、ローマ教皇レオ14世は「気候は共有財であり、利己主義を排し、お互いの未来世代に対する責任を」とメッセージした。各国の勇気ある譲歩と野心的な行動計画に期待したい。
写真:LPPOM-YANOハラール協会、設立メンバー。右から5番目がLPPOM ムティ総裁
11月5日、当社とインドネシア最大のハラール認証機関LPPOM(本部:ボゴール)はハラール認証の総合サービス機関「一般社団法人LPPOM-YANOハラール協会(LPPOM-YANO Halal Solution)」の設立に合意、記者会見を開催するとともにLPPOMを通じて既に認証を取得している企業や認証の取得を準備中の企業を招いて情報交換会を開催した。
新組織はLPPOMが別途国内に設立する監査・認証発行機関と連携し、2026年4月を目途に日本企業向けに本格的なワンストップサービスをスタートさせる予定である。提供されるサービスは国際的な品質基準ISO/IEC17065:2012に準拠したハラール適合性評価であり、インドネシア国内はもちろん世界70ヵ国7万7千社以上への監査実績を有するLPPOMの信用と知見が提供される。
情報交換会にはLPPOMのムティ・アリンタワンティ総裁をはじめ日本企業に対する監査実績も有する第一線の監査員が来日、招待企業の担当者と活発な意見交換を行った。とりわけ、認証発行が政府機関(BPJPH)に一本化されたインドネシアにおける制度運用の詳細やマレーシアやタイなどとの相互認証の在り方等について実務的な質疑応答が交わされるとともに、日本語によるグローバルワンストップサービスに対する期待の大きさを表明いただいた。
今、グローバル経済は大きな転換点にある。自由貿易はまさに危機的状況だ。それだけにTPPの存在感が高まる。昨年末に承認された英国も含め加盟国は現在12ヵ国、世界のGDPの15%を占める。中国、インドネシア、UAE(アラブ首長国連邦)をはじめ加盟申請中または交渉中の国は9ヵ国にのぼる。韓国も検討に入った。とは言え、海外市場とりわけイスラム圏への進出、輸出に二の足を踏む日本企業は少なくない。市場調査やフィジビリティスタディでは解決できない“ハラール”というハードルをLPPOMと連携することで乗り越え、大手・中堅企業はもちろん地方企業の新たな販路開拓、成長機会の創出に貢献してゆきたい。
■株式会社矢野経済研究所はLPPOMと「日本でハラール適合性評価サービス事業」で合意(2025年11月5日)
10月27日、JR東日本は平均通過人員が1日あたり2000人に満たない“ご利用の少ない線区”の経営情報を開示した。対象となった36路線71区間の収支はすべてが赤字であり、総額は789億円に達する。コロナ禍後の移動需要の戻りやインバウンド効果もあって24区間で改善が見られたものの、54区間で営業費用に対する収入比率が10%を下回った。
航空業界も国内路線は実質赤字状態だ。燃料費、資材の高騰、新幹線やLCCとの競合、利益率の高いビジネス客の減少が収益を圧迫、国際線の利益でこれを補う。路線バス会社の経営も深刻だ。コスト高と運転士不足を背景に2023年度には総延長2496㎞ものバス路線が廃止に追い込まれた(2025年版交通政策白書)。道路、橋梁の老朽化も進む。離島振興法の対象となる254の離島と本土を結ぶ286の定期航路(2022年4月時点)の苦境は言わずもがなである。
採算のとれない地方の公共交通はどうあるべきか。長年この問題に取り組んできた両備グループ(岡山)を率いる小嶋 光信氏は、“補助金に依存しない欧州型の公設民営化が有効”と訴える。この4月、滋賀県の近江鉄道は上下分離方式による公有民営方式の鉄道として新たなスタートを切った。存続ありき、廃止ありきではない。鉄道、バス、BRT(Bus Rapid Transit)、LRT(Light Rail Transit)、それぞれについて費用便益分析を行った結果である。10月1日には両備グループ傘下の両備バスの2路線の公設民営化も実現した。市民、行政、事業者が一体となった取り組みを応援したい。
さて、JR東日本が“ご利用の少ない線区”の経営情報を発表する意図はどこにあるのか。同社は「地域の方々にご理解いただき、建設的な議論を進めるため」と説明する。とは言え、“モビリティと生活ソリューションの二軸によるヒト起点のライフスタイル・トランスフォーメーション”を掲げる同社の経営ビジョン「勇翔2034」のトップメッセージに「地方」というワードは見当たらない。20の赤字路線を7つの黒字路線で支えることで岡山県内の路線バス網を維持し続けてきた小嶋氏の覚悟と凄みは感じられない。公共交通は文字通り公共財であり、社会資本である。地方の縮小が急速に進む今、一企業、一業種、一自治体を越えた次元で国土の未来を構想し、国全体のシステムとして公共交通ネットワークを再設計する必要がある。JRグループこそ、その主役であって欲しい。
10月18日、トランプ大統領の強権的な権力行使に対する抗議デモが首都ワシントン、ニューヨーク、シカゴなど全米50州、2700か所以上で開催された。スローガンは「NO KINGS(王様はいらない)」、700万人を越える米国民が「反トランプ」を訴えた。とりわけ、この2週間前、州兵の派遣が承認されたシカゴでは20万人もの市民がデモに参加、政権による権力の乱用を非難した。
首都ワシントン、ロサンゼルス、メンフィス、、、治安悪化を理由に次々と州兵の派兵が承認される。「犯罪と暴動が蔓延、制御不能な無法状態にある」とされたシカゴもまた然りだ。とは言え、今年上半期の殺人事件は前年比3割減(米刑事司法評議会)、重大犯罪は減少している。結果、裁判所はシカゴへの派兵を差し止めた。しかし、これに懲りる王様ではない。居並ぶ軍の高官を前に「派兵は“内なる敵”との戦いだ。騒乱を鎮圧するためにこれらの都市を訓練場として使いたい。納得できない者はクビだ」などと演説した。
派兵対象となった州・都市はいずれも民主党の地盤である。トランプ支持者はNO KINGSデモを「反米集会」と呼ぶ。政権の意に添わない国民は非国民というわけだ。英国訪問を終えた帰路、トランプ氏は自身に批判的な番組の司会者を名指ししたうえで、そうした番組を放送するテレビ局は免許を取り上げられるべき、と発言した。王様はもはや自身の独裁的志向を隠そうともしない。
米国防省は新たな報道規制に同意しない報道機関の記者証を剥奪した。米国土安全保障省も外国人記者のビザの有効期間も現行の5年から240日に短縮するという。情報は統制され、フェイクがフェイクのまま正当化され、強制される。これこそ強権国家の常套手段だ。国家機密を盾に歴史を隠ぺいしたい政府と真実を国民と共有することこそ国益と信じる記者たちとの戦いを描いたスティーブン・スピルバーグ監督の映画「ペンタゴン・ペーパーズ 最高機密文書」(2018公開)の一場面が思い出される。最後に“輪転機”は回った。はたして世界はそこに抗い続けることができるか、他人事ではない。
漫画家でイラストレーターの江口寿史氏に対する“トレパク”批判がSNS上で過熱している。トレパクとは第3者が権利を有する写真やデザインを無断で“トレース”して商用利用する、つまり、他者の作品を“パクる”行為を言う。発端はルミネ荻窪のイベントポスターであるが、Zoff、デニーズ、セゾンカード、桜美林大学とのコラボ作品でも疑惑が指摘される事態となっている。
同様の問題は2020東京オリンピック・パラリンピックの公式エンブレムの選定プロセスでもあった。佐野研二郎氏がデザインした作品に模倣疑惑が生じると、氏の過去作品に遡って“元ネタ”との対照画像がネット上で次々とアップされた。結果、氏のデザインは採用中止となった。所謂“特定班”と呼ばれる匿名の有志たちによる“正義”の成果とも言える。しかしながら、結局のところ一人の作家を陽の当たる場所から遠ざけただけで、創作と模倣に関する議論が進んだとは思えない。
芸術作品では、第3者の知的財産の利用を一定程度認める“フェアユース”と第3者の知的財産をベースに新たな表現や価値を生み出す“アプロプリエーション”という概念がある。しかし、これらは常に著作権と表現の自由の間でせめぎ合う。この問題では写真家ゴールドスミスが撮影した肖像写真をもとに製作されたアンディ・ウォーホルの作品がゴールドスミス側から訴えられた裁判が有名だ。一審はウォーホル側が勝訴、二審はゴールドスミス、最高裁はゴールドスミスの訴えを認めた。
横に倒しただけの男性用小便器を「Fountain」(泉、1917)と名付けて展示したマルセル・デュシャンの作品を思い出していただきたい。国旗を描いた絵画なのか、国旗そのものであるのか、を問いかけるジャスパー・ジョーンズの「FLAG」(1954-1955)もまた創作と引用、創造と模倣の境界が主題である。今、デジタル技術の急激な進歩と普及により著作物の加工、修正、編集、複製に特別な技量は必要ない。誰もが著作者になれるし、同時に権利侵害者にもなり得る。それだけに“トレパク”問題を契機に生成AI時代における創作と権利に関する丁寧な議論を期待したい。著名な作家を追い込み、謝罪させ、留飲を下げるだけでは問題の本質には届かない。
