8月20日、イスラエル国防省はイスラエルの占領下にあるヨルダン川西岸地区における新たな入植計画を承認した。“新たな”と記したが、「E1計画」と名付けられたこの計画は国際社会からの反発を受けて20年間凍結されてきたものである。実現すればエルサレムの南北、東エルサレムと西岸がともに分断されることになり、パレスチナの地域としての一体性は失われる。
パレスチナ自治政府は“2国家解決構想を破壊する”と非難、英仏独をはじめ日本も「即時撤回を求める」と声明した。そもそもイスラエルによる入植地の建設は国際法上認められるものではなく、国際司法裁判所(ICJ)もイスラエルのパレスチナ占領政策を違法と断じている。一方、極右勢力と連立するネタニヤフ政権は入植地拡大による占領政策を加速、2国家共存という政治的解決策の無効化をはかる。
この2月、筆者が運営に関わるシェア型書店「センイチブックス」(調布市)で上映会を開催させていただいたジャーナリスト 川上泰徳氏のドキュメンタリー「壁の外側と内側」が、劇場用に再構成されて全国の映画館で上映されることになった。8月30日、渋谷ユーロスペースにてあらためて本作を観た。イスラエル軍と入植者たちによる暴力と排除に踏みにじられるヨルダン川西岸の現実は私たち日本人の想像を絶する。イスラエルの刑務所に収監された夫に会うことは出来ない。それでも、摘んできた野のバラを飾ることでささやかな日常を維持する妻の姿に胸を打たれる。
映画では、武力による占領と非人道行為への加担を拒否するイスラエルの若者の姿もあった。破壊と飢餓に苦しむガザの惨状は世界が知るところである。しかし、多くのイスラエル国民は“不都合な真実”から目を逸らしたままであるという。「言論統制があるのか」との筆者の問いに、川上氏は「大手メディアの萎縮が主因」と言い切った。アラブ人は暴力の加害者としてのみ記事になる、国全体がそうした空気の中にある、ということだ。9月1日、湾岸協力会議(GCC)の外相会合に出席した岩屋外相が2国家解決の実現に向けてGCCと連携する旨、表明した。パレスチナ国家を承認した国は150か国を越える。フランス、英国、カナダも承認する方針だ。日本も続け。
■ご参考
映画 『壁の外側と内側 パレスチナ・イスラエル取材記』 公式WEBサイト
8月18日、金融庁はフィンテックベンチャーのJPYC株式会社(代表取締役 岡部典孝)を改正資金決済法にもとづく“資金移動業者”として登録、円建てステーブルコインの発行を承認した。JPYCは裏付け資産の透明性や即時償還性をはじめとする厳しい法的要件をクリア、日本円と1:1で連動するステーブルコインを発行する国内初の事業者となる。
JPYCは、トークンの発行体がカストディ業務(顧客の資産を預かること)を行わないことを前提とするスキームでビジネスを設計、本人確認手続きをマイナンバーによる公的認証サービスに一本化するなど、シンプルで信頼性の高いシステムを実現した。購入者は銀行振り込みで円を支払うと1円に対して1JPYCのトークンがデジタルウォレットに送付される。
この6月、米ドル建てステーブルコインUSDCを発行するCircle Internet Group(サークル社)がニューヨーク証券取引所に上場、公開価格31ドルに対して一時263ドルまで急伸、大きな話題となった。現在、国際デジタル金融市場はUSDCやUSDTなどドル建てのステーブルコインが市場を占有、取引規模は既に40兆円に迫る。これに対して中国も人民元に連動したステーブルコインの発行を準備、決済通貨における人民元の劣位挽回を目指す。
法定通貨と連動するステーブルコインはそれゆえ通常の商取引や日常の支払いに置き換えることが可能だ。クレジットカードやQRコード決済のように加盟店網を構築する必要もない。したがって店舗の利益は増える。割高な国際送金手数料も軽減される。経済活動全体に与えるインパクトは小さくない。今、世界ではデジタル経済圏における覇権を巡る競争がし烈化しつつある。ブラジルの即時決済システムPIXも南米から欧州、インドへの拡大を目指す。こうした状況を踏まえ、当社も緊急レポート「ステーブルコインが変革する金融市場の未来と社会・経済活動に与える影響度分析」(仮題)の発刊を準備中である。ご期待いただきたい。
8月15日、内閣府は4~6月期のGDP速報値を発表、輸出が+2.0%(実質ベース、以下同)、設備投資が+1.3%と成長をけん引、年率換算で+1.0%と5四半期連続でプラスとなった。株式市場も好調。18日の終値は日経平均株価4万3714円31銭と先週末に続き史上最高値を更新、為替が円安に振れていることもあるが、米国との関税協議が一応の決着をみたことによる先行き不透明感の軽減が“買い”基調を促す。
とは言え、懸念もある。中小企業は依然厳しい。構造問題としての人手不足の深刻さは言うまでもないが、ここへ来て不況型倒産が増えつつある。4~6月期はアジア向け電子部品等の輸出がGDPを押し上げたが、米国向け輸出は自動車をはじめ関税相当分の一部を値下げでカバー、取引量の維持を優先させた。大手による“身を切る戦略”の長期化はサプライチェーン全体にボディブローのように効いてくるはずで、財務基盤の脆弱な下請企業ほど影響は大きい。サプライチェーンの頂点にある企業には分配原資の絶対的な拡大に向けた投資を期待したい。
一方、GDPの53%を占める民間最終消費支出は+0.2%、こちらも5四半期連続のプラスとなった。しかし、勢いはない。家計の最終消費支出(持ち家の帰属家賃除く)は+0.1%、1~3月期の+0.2%から後退した。4~6月期の家計調査(総務省)でも消費支出における実質ベースと名目ベースの乖離は大きく(総世帯、前者は+0.7%、後者は+4.7%)、物価高に対して賃金の伸びが十分でない実態が伺われる。
4~6月期を総括すると成長を押し上げたのは外需(寄与度+0.3%)であり、内需の寄与度はマイナス0.1%だ。その外需も夏場以降は楽観できない。突如降りかかったトランプ関税という“災難”は当初の24%からは下がったものの15%だ。輸出関連企業の多くが2026年3月期決算について減益を見込む。各社は米国の貿易政策を所与の条件とした構造転換を急ぐものの本格的な果実は来期以降だ。とすると成長のカギは内需にある。個人消費の活性化に向けた政策の総動員が求められる。
8月5日、ジュネーブで国連環境計画(UNEP)の政府間交渉(INC5.2)が始まった。2022年、国連環境総会は廃プラスチックによる環境汚染を防ぐための国際条約を制定することを決議した。しかし、期限とされた昨年末の釜山会議(INC5.1)では生産規制を巡ってEU、アフリカ、島しょ国と産油国やインド、ロシアなどが対立、結果、結論は先送りされた。今回の会議は言わばその「延長戦」、14日までの日程で170を越える国と地域が参加、実効性の高い国際ルールの成立を目指す。
経済協力開発機構(OECD)によると「世界のプラスチック生産4億6000万トンのうち2200万トンが環境へ流出している」(2019)とされ、国連海洋会議は海洋への年間流出量を500-1200万トンと推計、「2040年までに2倍~3倍に拡大する」と予測する。世界経済フォーラムも「現在のペースが続けば2050年には海洋プラスチックごみは魚の総量を上回る」と警告する(2016)。自然分解されず、海中で砂粒となったマイクロプラスチックはPCBやダイオキシンなど有機汚染物質を取り込み易く、食物連鎖を通じて人類を含む生態系や生物多様性に重大な影響を与える。対策は喫緊の課題である。
日本は2019年にプラスチック資源循環戦略を策定、その翌年からレジ袋有料化をスタートさせた。廃プラスチック全体からみると2%程度に過ぎない施策の有効性に対する疑問や綿製マイバッグや紙袋などについては「一定回数以上使用しないと環境負荷はむしろ大きい」との指摘もなされた。単なる“政治的パフォーマンス”との批判もあった。とは言え、日本ポリオレフィン工業組合加盟132社のレジ袋出荷量は半減、需要増が懸念された家庭用ごみ袋は横ばいで推移した。そもそもの施策目的が“意識改革”と行動変容であったことも鑑みると一定の社会的成果を達成できたと評価してよいだろう。
対立解消のハードルは高い。一方、業界からも声があがる。6月、コカ・コーラ、キリン、ユニリーバ、3Mなどプラスチックのバリューチェーンに関わる企業、金融機関、NPOなど290社・団体以上が参加する国際プラスチック条約企業連合は「法的拘束力のある調和の取れたルールを基盤とすることが経済活動にとっても有益」と声明、「グローバルな水平リサイクルにより2040年には世界の再生素材利用率を77%高めることができる」と提言した。あらゆる生命の根源的な生存環境を守ることに異論はあるまい。INC5.2の成果に期待したい。
先週に続き参院選を取り上げる。今回の選挙の候補者数は522人、そのうち女性は152人、シェアは29.1%、政府が掲げてきた「2025年までに国政選挙における女性候補者比率を35%に」との目標には届かなった。しかしながら、当選者数125人のうち女性は42人、構成比は33.6%、はじめて3割を越えた。改選者における女性比率が政策決定に影響を与え得る最低限の数値と言われる“30%”に達したことは“男女共同参画”の視点において一歩前進である(参議院全体における女性比率は非改選を含めた参議院議員248人に対して女性73人、割合は29.4%)。
6月12日、スイスの非営利財団「世界経済フォーラム」が“ジェンダーギャップ指数2025”を発表した。148か国中トップはアイスランド、これにフィンランド、ノルウェー、英国が続く。米国は42位、韓国101位、中国103位、日本はアンゴラとブータンに挟まれた118位だ。同財団は「高所得国ほどジェンダーギャップの縮小がみられる。グローバル経済の不確実性が高まる中、ジェンダーギャップの解消は経済の原動力となる」と指摘する。因みに日本の指数0.666は“下位中所得国”に相当、教育、健康はトップクラスであるが、政治参画と経済参画の数値が足を引っ張る。
さて、今回、過去最高となった女性議員比率に大きく貢献したのは女性議員7名を当選させた新興右派政党である。「少子化の原因は行き過ぎた男女共同参画にある」、「将来の夢はお母さんという価値観を取り戻す」と公言する党首が率いる政党の躍進は、女性の政治参画という数値要件の向上に貢献したものの社会的価値観の変容を伴う“ジェンダー平等”はむしろ遠ざかったと受け止めるべきかもしれない。そして、それが民意のトレンドであるとすれば、今、日本社会は大きな転機を迎えつつあると言える。
復古主義、伝統主義への女性(=弱者と言ってもいい)の側からの支持、同調、あるいは迎合はそうした権威と既得権の庇護のもと、その内側に入り込むための最短ルートである。とは言え、例えそうしたところで多くの一般女性は既得権の外側に取り残されたまま、古い価値観にもとづく道徳に縛られ、人生の選択肢は狭められる。社会の分断は進み、やがて階層化される。すべての可能性を認め、開放すること。そのための制度を整えること。“停滞”に抗う戦略の有効性はこちらにあると筆者は考える。
参院選、与党は過半数割れの大敗を喫した。物価高、コメ問題、政治とカネなど、そもそもの争点においても与党は守勢にあったが、新興右派政党が提起した外国人問題が政策論争の在り様を一変させた。“日本人ファースト”というシンプルで排外的なメッセージは伝統主義的な保守層と“失われた30年”の中で育った多くの若年層を取り込んだ。与党そして既存政党の退潮はグローバリゼーションから取り残された人々の閉塞感と海外富裕層に消費される“安くなった日本”の写し鏡と言っていいだろう。
SNSではフェイク情報が拡散した。代表的なデマは「生活保護世帯の3割が外国人」、「移民が増えて治安が悪化した」である。事実はこうだ。2020年の外国籍の生活保護世帯率は3.36%、2024年の外国人の刑法犯検挙数は対2005年比64%減、犯罪率は日本人0.22%に対して在留外国人は0.41%、年齢構成や居住地域を鑑みれば0.2ポイントは顕著な差とは言えまい。「日本人の賃金が上がらないのは外国人のせい」? いや、主因は労働分配率の低下、低い労働生産性、非正規の増加であって、在留資格別に就業先の業種、職種、労働力需給を鑑みれば雇用において日本人と競合していないことは直ちに理解できよう。
7月22、23日、日本経済新聞社が主催した「GDS2025 世界デジタルサミット」に招聘された台湾のオードリー・タン氏は「SNSを介して過激な意見が拡散、権威主義が台頭し民主主義が危機に陥っている」としたうえで、「多様な意見をデジタル技術で可視化し、合意形成をはかることが重要」と指摘した(日本経済新聞、7月23日)。選挙戦の最中、劣勢にあった与党は急遽“外国人との秩序ある共生社会推進室”を内閣府に設置した。遅きに失した感はある。しかし、党派を超えた次元において多文化共生に向けてのグランドデザインと制度づくりに早急に取り組んでいただきたい。
さて、今回の選挙、台風の目となった政党のある候補者が「核兵器は安上がり」と語ったという。真意は分からない。抑止力としての効果を誇張したのかもしれない。とは言え、唯一の被爆国の政治家が公に発すべき言葉ではない。20日、知人のお嬢さんが出演するご縁で演劇「夕凪の街 桜の国」(原作:こうの史代、脚本・演出:森岡利行)を観た。被ばくから10年後、死の床に伏した少女のセリフにこの兵器に明日を奪われる悔しさが滲む。「嬉しい?原爆を落とした人はわたしを見て、“また一人殺せた”とちゃんと思うてくれとる?」。広島への一発の原爆はその年の12月末までに14万人の未来を絶った。2024年8月6日現在、原爆死没者名簿には34万4306人の名前が記されている。
