今週の"ひらめき"視点

2018 / 09 / 07
今週の”ひらめき”視点
就活協定の廃止は、学生、企業双方にとって現実的であり、フェアである

経団連の中西宏明会長が新卒採用の解禁時期に関する経団連指針を「廃止すべき」との考えを表明し、波紋を呼んでいる。
指針は会員企業向けに提示する言わば内輪の紳士協定であり、外資や非会員はルールに拘束されない。また、身内のルール破りが横行していることは周知の事実であり、今年は面接解禁日の6月1日時点で7割もの学生が内定を得ているとのデータもある。実態に向き合えば廃止は必然とも言える。

一方、“協定”としての実効性が希薄化しているとは言え、指針は学生や大学にとって実質的な“タイムライン”として機能してきた。それだけに、ルールがまったく無くなることへの不安も大きく、“青田買いの熾烈化”や“学業への影響”を懸念する声もあがる。頻繁な変更や会員の不正すら防げないルールの在り方に対する不満もあるのだろう。唐突な廃止提案への大学側の反発は小さくない。

とは言え、形骸化したルールの廃止は、学業への影響や学生の負担をむしろ軽減するのではないか。確かに、就職を希望する学生全員が一定期間学業を離れ、それが更に長期化するのであれば問題は大きい。しかし、そもそも同一のタイミングで一斉にスタートするがゆえに、企業は“序列化”され、上から下へ向けての内定獲得競争となる。“抜け駆け”が発生する原因もここにある。
経団連指針は、「経団連企業が序列の最上位にある」ことへの暗黙の了解があってはじめて機能する。つまり、指針の形骸化はそれがもはや“内側”から崩れつつあることの証左であり、言い換えれば今回の会長声明は経団連自身がようやくその事実を受け止めたということかもしれない。

採用プロセスの事前開示とその誠実な履行を前提とするならば企業は自由に選考時期や選考方法を学生に問えばよい。学生の側もまた自分自身の価値観で企業を選択すればよい。従来型ポテンシャル採用を選んでもいいし、欧米型のスキル採用に挑戦しても良いだろう。企業も学生も、相手を選ぶ時期や基準が一律である必要などどこにもない。

2018 / 08 / 31
今週の”ひらめき”視点
日本のものづくりを支えてきた“2つの厚み”の強化が日本再興のKFSである

文部科学省は来年度予算の概算要求で人口知能(AI)など先端技術教育を担う実務家教員の育成やデータサイエンスなどの実務型講座の拡充に予算を計上するという。先端技術の急速な進歩はその応用領域を格段に拡大させる。しかしながら、現場サイドの技術者不足と知識レベルのギャップは大きく、したがって、“実践”にウェイトを置いた教育の強化に異論はない。

とは言え、技術教育が短期的な成果に極端に動機づけられることの弊害も大きい。国立大学法人における博士課程の入学者数はこの5年間で4割も減少した。施設設備の予算は過去最低の水準であり、科学研究費助成事業の1課題あたりの平均分配額も減額が続く。全米科学財団が発表した2016年の世界論文数ランキングでは日本は6位に後退、米国を抜いてトップとなった中国の22.6%に止まる。
日本のものづくり産業を支えてきたのは広範な基礎研究の厚みである。確かに欧米と比べて研究成果のマネタイズは得手ではない。しかし、産業の国際競争力を長期的に維持するためには実践と基礎研究をトレードオフの関係にすべきではない。

一方、日本の産業を支えてきたもう一つの厚み、中小企業もまた危機に直面している。2025年には経営者の7割が70歳を越え、その半数に後継者がいない。このまま放置されるとGDPの22兆円、650万人の雇用が失われる。経産省は2019年度予算に中小企業対策1352億円を計上するという。しかし、大企業のサプライチェーンに組み込まれたままのビジネスモデルを未来へ延長するための施策であっては衰退の引き伸ばしに過ぎない。外部資本の導入、非親族の経営参画、そして、世界に通用する技術と知材の獲得が中小企業の活性化を促す。

研究者と中小企業の多様性、自立、クオリティの維持、強化は、すなわち日本産業の厚みを維持、強化することと同義である。基礎研究投資と中小企業対策はまさに成長戦略の中核施策として一体的に議論されて然るべきであり、省庁と短期的な効率を越えた次元での予算枠と制度設計に期待したい。

2018 / 08 / 24
今週の”ひらめき”視点
トルコ通貨リラ、急落。自国第一主義の対立に世界が軋む

2016年のクーデター未遂に関与したとされる米国人牧師の拘束を巡る問題でトルコと米国の対立が収まらない。トルコ通貨リラの対ドル下落率は5割近くに達しており、もう一段の混乱とその長期化による金融危機の連鎖が懸念される。
2017年のトルコの経常赤字はGDPの5.6%、外資金融機関のトルコ向け債権の総額は2233億ドル(約24兆5千億円)に達する。主要債権国はスペイン、フランス、イタリア、ドイツ。NATOの同盟国であるトルコと米国の対立はEUにとって座視できない状況となりつつある。

リラの急落に拍車がかかったのは、10日、トランプ氏がトルコに対して鉄鋼・アルミ関税の倍増を発表したことによる。しかし、これが問題の本質ではない。そもそもトルコの輸出総額における米国向け鉄鋼・アルミのシェアは1%にも満たない。通貨下落の最大の要因は、エルドアン大統領の強権的な政治手法を警戒した欧米企業がトルコ向けの直接投資を控えたこと、そして、ばらまき政策に象徴される財政規律の緩みにある。
こうした中、エルドアン氏は近隣の湾岸諸国から断交されているカタールと通貨スワップ協定を締結、更には中国からの金融支援も取り付けた。憲法を改正し、批判を封じ込め、言論を統制することで権力基盤を強化したエルドアン氏、米国に対して一歩も引かない構えである。

13日、独メルケル首相は「ドイツはトルコ経済の繁栄を望んでいる」としたうえで「中央銀行の独立性を確保するためにあらゆる手段を尽くさなければならない」と発言、“金利は悪”と公言するエルドアン政権に阿り、一向に引き締め策を講じないトルコ中央銀行に苦言を呈した。
さて、一方のトランプ氏も同様だ。中間選挙を直前に控えた今、トルコへの譲歩などあり得ないだろう。そして、彼もまた「低金利が好ましい」とFRBに圧力をかける。独善的な権力者の対立が世界の軋みを拡大させる。同時に独立性を失った中央銀行が“市場”を歪め、積み上がった金融リスクが先送られる。これはこの2国だけの問題ではない。

2018 / 08 / 10
今週の”ひらめき”視点
「この世界の片隅で」から半世紀、日本は残り続ける「問題」に向き合えるか

2016年11月の公開以来、異例のロングランとなった映画「この世界の片隅に」(原作:こうの史代、監督:片渕須直)をご覧になった方も多いだろう。この12月には新たなシーンを追加した作品が公開されると言う。
一方、映画のヒットは、1965年7月初版の「この世界の片隅で」(山代 巴 編)に再び光をあてることとなった。1945年8月6日、あの日からの20年間を広島の「片隅で」生き抜いた市井の人々の実相が心に突き刺さる。

「今では「原爆を売りものにする」とさえいわれている被爆者の訴え、、、」と山代氏がまえがきで記述した“今”とは半世紀以上前の日本である。そして、その訴えが表面化するまでに「無視され、抑圧された長い時期があった」という。当時、原爆の被害を訴えることは“占領政策への批判”とみなされ、そうした者は“沖縄に送られて重労働の徒役になる”という噂さえあったという。
その沖縄はThe Government of Ryukyu Islands(=琉球政府)であり“沖縄”ではなかった。沖縄は流球列島米国民政府の統治下にあり、日本国の憲法、国内法から切り離されていた。

7月27日、札幌で開催された全国知事会は日米地位協定の抜本的改定を求める提言を全会一致で採択した。提言は昨日(8月8日)逝去した沖縄の翁長知事が2015年に提唱、「日本の領土・領海を守る」ことを共通の前提としたうえで2016年から米軍基地負担の在り方について知事会として検討してきた。基地の有無を問わず47都道府県の一致した声であるという点においてその意味は軽くない。
すなわち、占領政策の一端が依然として機能していることに対する地方からの問題提起である。背景には本土の沖縄化への懸念がある。山代氏の書の中に「ともかく問題は将来に残ります」という一節があった。その通りとなっている。

2018 / 08 / 03
今週の”ひらめき”視点
出口の見えない金融政策、物価目標+2%の達成は依然遠い

31日、日銀は、0%程度とした長期金利の誘導目標について従来比で2倍、0.2%程度までの変動を容認すると発表した。あわせて、将来の金融政策を予告する“フォワードガイダンス”を導入、「当面は超低金利政策を維持する」ことをコミットした。一方、消費者物価については2018年度の見通しを前回4月の+1.3%から+1.1%へ引き下げるとともに2019年度と2020年度の見通しもそれぞれ+1.5%、+1.6%へ下方修正した。

金融政策の今回の変更は、長期にわたって続く国債や上場信託(ETF)の大量買い入れと超低金利による“副作用”への配慮を示すことで現行政策を長期的に維持することが狙い、と解説される。何とも分かり難いが、要するに「2013年4月、日銀は“黒田バズーカ”による異次元緩和をスタート、2%のインフレ目標を2年程度で達成すると公約した。しかし、5年経った今、2020年度の達成すら難しい情勢だ。一体、いつになるのか分からない。副作用への手は打った。だから、見通しが立つまでこの政策を続ける」ということだ。

量的緩和はリーマンショック後の緊急措置であった。米国は既に政策金利の引き上げに転じ、欧州も年内には量的緩和を打ち切る。黒田氏は会見で「金利は経済・物価情勢等に応じてある程度上下するもの」と語り、変動への柔軟性を容認した。しかし、政策の本質は変わらないし、そもそも金融による対処療法だけで好循環は生まれない。市場原理を恣意的に歪め続けることに対する懸念が期待効果を上回りつつある中、日本は危機対応からの出口を見失いつつある。

2018 / 07 / 27
今週の”ひらめき”視点
日銀、投資信託データを大幅修正。消えた“貯蓄から投資への流れ”

日銀がまとめた“資金循環統計”に「家計が保有する投資信託に30兆円規模の過大計上があった」ことが分かった。2017年末時点の家計が保有する投信総額は109兆1千億円から76兆4千億円に、個人金融資産における投信比率は5.8%から4.1%に修正された。

政府は、預金に偏っている家計資金を投資に回すことで経済成長を後押しすべく政策を進めてきた。改定前の統計では「2012年に3.8%であった家計における投信比率は2017年末には5.8%へ上昇」していたはずだが、実際には2014年の4.6%をピークに下落していた。つまり、家計資金の投資へのシフトは進んでいなかった、ということだ。
家計部門への営業を強化してきた証券各社もまた今回の修正を受けて、需要トレンドに関する従来の“文脈”そのものを改めざるを得ない。まったく迷惑な話であるが、東京都の年間予算(14.4兆円)の倍、国の社会保障費(約33兆円)に匹敵するほどの数字の大きさに驚かされる。

政策決定、政策評価の根拠となる公的統計にこれだけの誤りがあったことは前代未聞だ。とは言え、日銀によれば「部門別の残高を精緻化した結果、家計部門では下方に改定された」ということであり、すなわち、“誤り”ではなく、あくまでも“改定”ということだ。
昨年来、私たちは公文書の改ざん、不正な調査データ、公務日報の隠蔽、そして、言葉と責任のあまりの軽さを繰り返し見せつけられてきた。“改定”による影響など関知せずとの日銀のスタンスに、統治機構と主権者との信頼はまた一つ失われてゆく。