今週の"ひらめき"視点

当社代表が最新のニュースを題材に時代の本質、変化の予兆に切り込みます。
2025 / 10 / 17
今週の“ひらめき”視点
人気作家の“トレパク”問題、炎上。創作と模倣の境界はどこに?

漫画家でイラストレーターの江口寿史氏に対する“トレパク”批判がSNS上で過熱している。トレパクとは第3者が権利を有する写真やデザインを無断で“トレース”して商用利用する、つまり、他者の作品を“パクる”行為を言う。発端はルミネ荻窪のイベントポスターであるが、Zoff、デニーズ、セゾンカード、桜美林大学とのコラボ作品でも疑惑が指摘される事態となっている。

同様の問題は2020東京オリンピック・パラリンピックの公式エンブレムの選定プロセスでもあった。佐野研二郎氏がデザインした作品に模倣疑惑が生じると、氏の過去作品に遡って“元ネタ”との対照画像がネット上で次々とアップされた。結果、氏のデザインは採用中止となった。所謂“特定班”と呼ばれる匿名の有志たちによる“正義”の成果とも言える。しかしながら、結局のところ一人の作家を陽の当たる場所から遠ざけただけで、創作と模倣に関する議論が進んだとは思えない。

芸術作品では、第3者の知的財産の利用を一定程度認める“フェアユース”と第3者の知的財産をベースに新たな表現や価値を生み出す“アプロプリエーション”という概念がある。しかし、これらは常に著作権と表現の自由の間でせめぎ合う。この問題では写真家ゴールドスミスが撮影した肖像写真をもとに製作されたアンディ・ウォーホルの作品がゴールドスミス側から訴えられた裁判が有名だ。一審はウォーホル側が勝訴、二審はゴールドスミス、最高裁はゴールドスミスの訴えを認めた。

横に倒しただけの男性用小便器を「Fountain」(泉、1917)と名付けて展示したマルセル・デュシャンの作品を思い出していただきたい。国旗を描いた絵画なのか、国旗そのものであるのか、を問いかけるジャスパー・ジョーンズの「FLAG」(1954-1955)もまた創作と引用、創造と模倣の境界が主題である。今、デジタル技術の急激な進歩と普及により著作物の加工、修正、編集、複製に特別な技量は必要ない。誰もが著作者になれるし、同時に権利侵害者にもなり得る。それだけに“トレパク”問題を契機に生成AI時代における創作と権利に関する丁寧な議論を期待したい。著名な作家を追い込み、謝罪させ、留飲を下げるだけでは問題の本質には届かない。

2025 / 10 / 10
今週の“ひらめき”視点
好調インバウンド、旅行体験の多様化と免税制度の行方

10月6日、総合アパレルメーカー「三陽商会」はこの中間期(2025年3月~8月)の連結売上高が前期比▲3.1%の27,042百万円、営業利益は前期比▲812百万円、213百万円の赤字になったと発表した。同社は減収減益の要因を「インバウンド需要が急激に減退、高額品市場が落ち込み、主販路である百貨店市場が苦戦」と説明した。

同社の減益要因が需要サイドや販路だけの問題ではないことは「言わずもがな」であるが、円安を背景に好調だったインバウンド需要の反動があったことに異論はない。とは言え、そこにインバウンド支出の構造的な変化があることを見落としてはならない。今年上半期(1-6月期)のインバウンド消費額は4兆8053億円、前年同期比123%、4-6月期も同118%、2兆5250億円、宿泊、飲食、交通費、娯楽・サービスがけん引した(観光庁、1次速報)。一方、4-6月期の買い物消費は前年並みの6623億円、同100.2%にとどまった。結果、支出全体に占める割合は30.9%から26.2%へ低下した。

総消費額は伸びた。しかし、一人当たり支出額(23万8693円)は前年同期比▲0.1%、前年とほぼ変わらず、である。すなわち、インバウント市場の拡大は単純に客数の増加による、ということだ。実際、1-6月期の訪日外客数は2,151万8千人、前年を374万人上回り、過去最速で2千万人を突破した。ただ、そこに摩擦が生じる。一部の人気観光地における深刻なオーバーツーリズムは、特定自治体における外国人問題などとも呼応し、“日本人ファースト”を叫ばせる。「物価高に苦しむ国民からだけでなく、訪日外国人からも消費税をとるべき!」との声が免税廃止論を後押しする。

外国人による不正転売や免税店側の不正還付が後を絶たない。免税を廃止すれば「2千億円が国庫に入る」との声もある。しかし、不正対策としては出国手続き後に消費税分を還付する「リファンド方式」への変更が決定済である。爆買いブームは去った。しかし、「買い物」は依然として訪日目的の上位にくる。当然、免税というインセンティブがなくなれば消費額それ自体も減る。結果、“2千億円”は期待できず、関連業界からの税収も減る。今、観光立国推進基本計画(第5次)の策定に向け、新たな議論が始まっている。はたして、日本の未来はどうあるべきか。観光ニーズの多様化、地方創生、自然や生活環境の維持、税の公平性などを踏まえた、感情論とは一線を画した議論をお願いしたい。

2025 / 10 / 03
今週の“ひらめき”視点
高度人材の育成に向けて。世界を受け入れ、世界へ出て行け

9月30日、文部科学省は今年4月に小学校6年生と中学3年生を対象に実施した全国学力・学習状況調査の都道府県別、政令指定都市別の集計結果を発表した。対象教科は小学生が国語・算数・理科、中学生が国語・数学・理科。正答数によってA層~D層に分類、総じて大きな地域差は認められなったものの、D層の比率がもっとも高い地域と全国平均との差は最大で1.5倍、最小の地域とは同2倍の開きがあった。また、世帯の所得と両親の学歴を指数化した社会経済的背景(SES、今回は「家にある本の冊数」で代替)と学力との相関は地域別以上に顕著であり、とりわけ、算数、数学にその傾向が強く表れた。

では、世界の中で日本の児童・生徒の学力はどのレベルにあるのか。国際教育到達度評価学会(IEA)が58ヵ国・地域の36万人の小学生、44ヵ国・地域の30万人の中学生を対象に実施した調査「TIMSS 2023」によると日本は小学生の算数が5位、理科が6位、中学生の数学が4位、理科は3位、4年ごとに実施される調査において理科は若干順位を下げたものの、初等教育における理数科目の“平均点”は依然として世界のトップレベルにある。

ところが大学レベルになると突如見劣りする。大学進学率こそ6割に迫るものの人口100万人あたりの修士号取得者数は592人、英の13%、米の23%にとどまる(NISTEP、2019年度)。世界大学ランキング(英Times Higher Education)では東京大学ですら28位、慶応が601-800位グループ、早稲田が801-1000グループという有様だ。

高度人材の枯渇は国力低下に直結する。野依良治氏(ノーベル化学賞、2001年)は「社会の新陳代謝の鍵は動的平衡すなわち構成員の流動性にある」とし、「多様な“異”との出会い、他人と異なることへの好奇心が大切」と既存社会への埋没を戒める(CRDSコラム(66)より)。世界の留学生は560万人(2020年)、うち日本の受け入れ数はわずか4%だ。同20%の米国が知の自由と移動に規制を課しつつある今、日本は先端分野における教育研究体制を世界レベルに引き上げる絶好のチャンスである。

2025 / 09 / 26
今週の“ひらめき”視点
社会インフラの老朽化、加速。“現場”のイノベーションを急げ

埼玉県八潮市で起きた下水道管路の破損による道路陥没事故から7か月、国土交通省は腐食しやすい箇所など優先的に実施すべき約813kmに対する特別重点調査の結果を発表した。原則1年以内の対策を必要とする「緊急度Ⅰ」の延長は約72km、応急措置を実施したうえで5年以内の対策を実施すべきとされた「緊急度Ⅱ」は約225kmに及んだ。また、対応済の4箇所を含め6箇所の空洞も発見された。インフラ老朽化の深刻さは想像以上だ。

下水道管だけではない。高度成長期以降に建設、整備された社会インフラの老朽化が加速する。2040年3月には道路・橋の約75%、トンネルの約52%、河川管理施設の約65%、港湾施設の約68%、そして、下水道管渠の約34%が建設後50年を越える。国交省は不具合が発生してから対応する事後保全に要する2048年度の費用を最大12.3兆円、一方、発生前に予防措置を講じる予防保全費用を同6.5兆円と推計している。コスト的にも予防措置が圧倒的に有利であり、悲劇を繰り返さないためにも対策が急がれる。

とは言え、人手が足りない。建設業の就業者数は1997年の685万人をピークに減少、2024年には477万人へ、1997年比で約3割、208万人減少している。そして、高齢化だ。65歳以上の高齢従業者はこの20年で約2倍、昨年時点で80万人に達する。また、発注側である地方公共団体の土木部門の職員も1996年度の19万4千人から2024年度には13万9千人へ、こちらも約3割減少している(総務省)。

昨年4月、建設業にも罰則付き時間外労働規制が適用された。加えて、猛暑だ。国交省は地方整備局発注の土木工事を対象に「夏季休工」制度を導入する方針だ。安全性を高め、多様な働き方を認め、人手不足の緩和を図りたい考えだ。とは言え、工期の延長は避けられない。少子高齢化、働き方改革、地方、財政、そして、気候変動、、、社会インフラの老朽化は “時代”が抱える構造問題の縮図だ。一方、この時代ゆえの武器もある。ICT、AI、ドローン、ロボットなど、先端テクノロジーを活用した現場のスマート化をどこまで実現できるか。産官学一体となった取り組みが急務である。

2025 / 09 / 19
今週の“ひらめき”視点
上場会社の非公開化、経営陣は一般株主に対して誠実であれ

9月16日、芝浦電子は台湾の電子部品メーカー国巨(ヤゲオ)によるTOBへの“賛同”を表明した。当初、芝浦電子はヤゲオからのTOB提案を拒否、ヤゲオは“同意なき買収”に踏み切る。これに対してミネベアミツミが友好的買収者(ホワイトナイト)として名乗りをあげ買収合戦となる。しかし、ミネベアミツミへの応募は設定したTOB成立の下限50.01%に届かず撤退、ヤゲオはもう1つのハードルであった外為法もクリア済みだ。ヤゲオのTOB期限は10月3日、芝浦電子はヤゲオ傘下となり、上場廃止となる公算が高い。

今年は年初から春先にかけて牧野フライス製作所に対するニデックによる“同意なき買収”の成否が注目を集めた。牧野フライスは買収防衛策の発動とアジア系投資ファンドをホワイトナイトとして擁立、なんとかニデックから逃げ切ることに成功した。これまでホワイトナイト側が負けた事例は記憶にない。それだけに芝浦電子を巡る攻防でのミネベアミツミの敗退は上場会社に対するM&Aの在り方に一石を投じたと言っていいだろう。

昨年は94社の社名が東京証券取引所のリストから消えた。ここ数年、株式の非公開化が止まらない。目立つのはMBOだ。上場維持コストの増加や“物言う株主”からのプレッシャーなど上場ゆえの負担と制約から逃れ、経営の自由度を取り戻したいとの経営陣の思惑がある。ただ、株価算定においてはそもそも利益相反の懸念が残る。7月、東証はMBOや支配株主による完全子会社化等に関する上場規定を改正、一般の投資家や少数株主に不利益が生じないよう公正な手続きと合理的な株価算定を義務付けた。

12日、旧村上ファンド系の投資ファンドはソフト99コーポレーションのMBOによるTOB価格が「PBR1倍を下回っており少数株主の利益を損なう」として対抗TOBの実施を発表した。12月からはトヨタグループの再編も始まる。狙いはグループ各社の大株主である豊田自動織機の非公開化だ。TOBの実施主体はグループ15社を株主に持つトヨタ不動産、豊田章男氏、トヨタ自動車が設立するSPCであり、形を変えた“持ち合いの強化”との批判も燻る。いずれにせよ利益相反を伴うM&Aにおける手続きの透明性と株価の公正性はこれまで以上に厳しく問われるはずだ。言い換えれば、日本の上場会社も既にグローバルM&A市場の只中にあって、もはや身内に閉じた助け合いは通用しないということである。

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2025 / 09 / 12
今週の“ひらめき”視点
“地元に閉じるな、地方から世界へ”が地方の未来を変える

※ Photo:徳島ニュービジネス協議会 杉野景氏提供

9月6日、筆者は徳島県海陽町「まぜのおかオートキャンプ場」で開催された「Startup Camp」に今年もまた参加させていただいた。徳島市内からバスで南へ2時間、道中の“田舎”の深さは半端でない。「ビジネスの話も、人生の話も、自然の下で、素直に話せる」「ありのままの自分で参加して欲しい」との主催者「一般社団法人徳島ニュービジネス協議会」(会長:島隆寛)からのメッセージがリアルに響く。

参加者は、国内初の円建ステーブルコインの資金移動業者JPYC㈱の岡部典孝代表、東証グロース上場企業イシン㈱の明石智義会長、Peatix Japan㈱の藤田祐司代表、シェイクスピアの演出家としても著名な㈱トゥービーの木村龍之介代表など、DeNAへの投資やふるさと納税の提唱者として知られる日本テクノロジーベンチャーパートナーズ投資事業組合の村口和孝代表の人脈を中心とした起業家やベンチャーキャピタリスト、地元経済を支える経営者、行政、研究者、金融機関、学生たちなどだ。

今年の主題は“少年のように未来を語る1日”。会場はステーブルコインや生成AIが社会や産業に与えるインパクトからスタートアップの資金調達まで、それぞれの最前線で活躍する錚々たる登壇者の議論で盛り上がった。筆者は徳島ヴォルティス㈱の福島義史常務、徳島インディゴソックス球団の南啓介代表、㈱がんばろう徳島の臼木郁登社長と、スポーツビジネスと地域創生をテーマに語りあった。講演とパネルディスカッションの後は恒例のBBQパーティー、参加者同士楽しい時間を過ごさせていただいた。

今、各地で地域の課題解決と経済の持続的成長を目指して、様々な取り組みが進行中だ。とは言え、決して容易ではない。プロスポーツを誘致すれば地域が活性化するわけではない。地元を盛り上げるためには試合に“勝つ”ことが前提であり、世界で勝てる競技、世界に通用する選手を育てることで資本、才能、人の循環が生まれる。これは筆者が担当したトークセッションの言わば結論であるが、「世界で活躍する起業家を地方から輩出することで地方が豊かになる」との村口氏の持論にも通じる。管理者を必要としない分散型インターネットや生成AIによるイノベーションに立地上の制約はない。その意味で徳島はもちろんすべての地域にTOKYOと同じチャンスがある。がんばれ、地方たち。