今週の"ひらめき"視点

ノーベル経済学賞と埼玉県の虐待禁止条例案、彼我の差は大きい

10月9日、2023年のノーベル経済学賞にハーバード大学教授で女性の雇用率や男女間の賃金格差を研究してきたクラウディア・ゴールディン氏(米国)が選ばれた。受賞を受けての記者会見では日本の雇用状況にも言及、「働く女性は著しく増えた。しかし、パートなど時間労働が多く、男女間の雇用格差は大きい。女性を労働力として働かせるだけでは問題は解決しない。本当の意味で女性の社会参画は進んでいない」と指摘した。

さて、その翌日。埼玉県自民党県議団は6日の県議会福祉保健医療委員会で可決した「埼玉県虐待禁止条例改正案」を撤回すると発表した。改正案は子どもの放置を虐待と位置づけるものであるが、問題視されたのは放置の範囲である。小学3年生以下の子どもを家に残したまま保護者が外出すること、高校生のきょうだいに子どもを預けること、子どもだけで公園で遊ばせること、子どもを置いてのゴミ出し、子どもだけの登下校など、、、これらはすべて虐待とされ、すなわち条例違反となる。

加えて問題なのはこれに「通報義務」が課される点だ。学童保育など子育て支援の行政施策の拡充を後回しにする一方で、「県民に条例違反の監視を義務付けることが社会全体で子どもを見守ることにつながる」とされた。
当然ながら県内はもちろん全国から「あまりにも非現実的、母親の行動制限につながる、子育ての実態から乖離している」との批判が相次ぐ。結果、撤回せざるを得ない状況に追い込まれるわけであるが、撤回理由はあくまでも「説明不足」であって、内容に瑕疵はない、との立場は崩さない。

日本が国連の「子どもの権利条例」を批准したのは1994年、世界で158番目だ。そのうえ、これに対応した「こども基本法」の整備に28年を要している。背景には「個人主義の過度な重視は伝統的な役割分担にもとづく家族の破壊につながりかねない」とする保守派の根強い危機感がある。“こどもまんなか” を謳う行政機関に “家庭” の二文字が加えられたことも「家族のあるべき姿」への意図が込められていると言え、今回の騒動もこれに連なるものと解せよう。先のゴールディン氏は、日本社会の状況を「女性の働き方の変化に適応できていない」としたうえで、「出生率の改善は難しい。なぜなら年配の人を教育する必要があるため」と喝破した。なるほど、その通り。さすがはノーベル賞だ。


今週の“ひらめき”視点 10.8 – 10.12
代表取締役社長 水越 孝