今週の"ひらめき"視点

当社代表が最新のニュースを題材に時代の本質、変化の予兆に切り込みます。
2022 / 12 / 23
今週の“ひらめき”視点
経済安全保障、新たなリスクと制約の中にチャンスを見出せ

12月20日、政府はこの5月に成立した経済安全保障推進法にもとづく「特定重要物資」を閣議決定した。対象は半導体、蓄電池、工作機械、天然ガス、重要鉱物、永久磁石、抗菌薬、肥料、船舶部品など11分野、国民生活や経済活動を維持するために必須な資源、部品、材料が指定された。政府は、今後それぞれの品目について供給網の多様化、国内生産体制の整備、代替物資の開発、備蓄能力の強化に向けた具体化策を策定、有事における安定供給体制の実現を目指す。

言うまでもなく最大のリスクは中国である。民間にあっても「チャイナプラスワン」はここ十数年来のテーマだった。しかしながら、生産拠点として、また、巨大な成長市場として投資を続けてきた企業にとって中国からの完全撤退は容易ではない。販路や調達先のもう一段の多様化と事業の質的転換をどう進めるかが課題だ。一方、同盟国である米国の経済安全保障政策もまた日本企業にとって一定の制約となりつつある。「再輸出に関する域外適用ルール」の問題に加えて、今、とりわけ取り沙汰されているのは8月に成立した通称 “インフレ抑制法” だ。

同法の狙いは、物価の上昇を押さえるとともに気候変動対策やエネルギー安全保障を進めることにある。しかしながら、例えばEVについては生産国や部材の調達先によって補助金や税控除が決まるなど、産業政策的には極めて保護主義的な内容となっている。法律の細部については修正の余地が残されているというが、北米市場で競争力を維持するには米国内に生産拠点を持つ必要が生じる可能性もある。EUはこれに反発、日本企業にも懸念が広がる。

国際情勢の急変を受け、世界が自国の経済安全保障の強化に向かう。ただ、各国がこれを徹底すればするほど分断は細分化され、結果、成長機会は制限される。国際機関の調整力や国レベルの外交力が問われるところである。一方、個々の企業にあっても公平、公正なルール、共通の価値観という視点から事業全体を点検し、市場戦略やサプライチェーンの再構築に先手を打っておくべきであろう。特定重要物資11分野はもちろん、すべての企業がこれまで以上に地政学リスクへの感度を高めておく必要がある。いずれにせよ、変化は最大のチャンスだ。まずはリスクを現実のものとして受け入れ、そのうえで新たな成長機会を見出してゆきたい。2023年、新たな年が待ち遠しい。どうぞ良いお年をお迎えください。

2022 / 12 / 09
今週の“ひらめき”視点
第2次補正予算、景気押上効果に疑問、未来に対する裏付けも乏しい

12月2日、第2次補正予算が成立した。一般会計の歳出総額は28兆9222億円、政府試算によるGDPの押上効果は実質ベースで4.6%、「世界的な物価高と景気減速懸念が高まる中、国民の生活と企業活動をしっかり支え、日本経済を一段高い成長路線に乗せるための投資」と説明された。
とは言え、およそ29兆円もの莫大な補正にどれだけ短期的かつ直接的な景気浮揚効果があるか疑問である。29兆円のうち使途が決まっていない予備費は4.7兆円、特定の政策目的のために資金を積み立てる基金への歳出が8.9兆円である。本来、補正とは、本予算の策定後に生じた “特に緊要となった経費”、つまり、一時的に必要な緊急支出に対応すべく追加的に組まれる予算である。「30兆円の経済対策」という政治的インパクトを優先させた “規模ありきの数字” との印象は拭えない。

もちろん、不測の事態に備えるための予備費や長期的視点にもとづく投資は必要だ。中小企業のイノベーションは重要施策であり、抗菌薬の国産化やキャリアップ支援も大切だ。しかし、これらは補正で組むべき予算か。既存の34基金に加えて、このタイミングで新たに16もの基金を新設する必要はあるのか。国家の長期戦略に関わるこれらの事業は “補正” という緊急的な枠組みの中ではなく、しっかりした政策のもと、検証可能な予算として投資決定されるのが筋であろう。

7日、国土交通省は北海道新幹線の延伸費用が6450億円上振れし、総額で2兆3千億円超となると発表した。果たして、この事業は回収が見込めるのか。きちんと投資効果に対する検証はなされるのか。上振れ分は誰が負担するのか。同日、デジタル田園都市国家構想交付金の受給要件が明らかになった。マイナンバーカードの申請率が53.9%以上の自治体に受給資格が与えられる。補正に計上されたこのための予算は800億円とのことであるが、そもそも国民の利益に叶うのであれば、なぜ堂々と義務化を論じないのか。

政府は防衛費に今後5年間で従来予算の1.5倍、43兆円を投じる。年間4兆円の不足財源は歳出改革、税外収入、剰余金で3兆円、残る1兆円を増税で確保する。しかしながら、歳出改革、すなわち何を削減するのかは明らかにされていないし、増税の議論もこれからだ。そもそも補正の財源も22.8兆円が国債の追加発行である。何もかも先送り、場当たり的、そして、ご都合主義だ。ある政権幹部は「増税論を統一地方選前に出すのはマイナス」と発言した。いや、そうではない。便益と負担がセットでなければ政策ではないし、そうあってはじめて未来の全体像が見えてくる。将来を見通すための政策論争を望む。

2022 / 12 / 02
今週の“ひらめき”視点
ゼロコロナ抗議デモ、中国全土へ。「白い紙」に託した声は届くか

ゼロコロナ政策への忍耐が限界だ。11月中旬以降、新型コロナウイルスの1日当り感染者数が連日最多を更新、ロックダウンは中国全土で2万か所に及んだ。そして、24日、新疆ウイグル自治区で火災が発生、10名の命が失われる。ニュースは「ロックダウンによって消防車の到着が遅れた」とのコメントとともにSNSで拡散、これが全土に波及した抗議デモの発端となる。

要求は都市封鎖の解除、移動制限の緩和から現指導部の退陣、言論の自由、民主化へと向かう。抗議行動は習近平国家主席の母校清華大学にも広がった。学生たちが掲げる白い紙は、“言いたいことを言えない社会” の象徴だ。
そして、29日、当局はデモを念頭に「敵対勢力による浸透・破壊工作に毅然として痛撃を与える」と声明した。国家安全維持法によって圧殺された香港の民主化運動、そして、1989年の天安門の悲劇が直ちに思い起こされる。

30日、混乱の最中、江沢民元国家主席が死去した。果たしてこのタイミングでの江氏の不在は事態に変化をもたらすか。確かに彼は現指導部にとって一定の “重石” であったかもしれない。しかし、民主化運動を “動乱” と断罪した鄧小平氏を引き継ぎ、今日まで続く統制社会への道筋をつけたのはまさにその江氏だ。その意味で現指導部も彼の正統な後継者であり、したがって、デモの要求を呑む形でのゼロコロナの放棄はあり得ないし、抗議行動への容赦もないだろう。

習氏は江氏の死去を受けて「悲しみを乗り越え、中華民族の復興のために団結、奮闘する」と述べた。政策や考え方を異にする者を “敵対勢力” とみなし、これを排除するための “団結” や “奮闘” が何を意味するのか、あえて指摘するまでもあるまい。とは言え、デモは必ずしも “民主化” に向けて一本化されているわけではない。隔離政策や行動制限が緩和され、日常が回復し、生活の安定に見通しがつけば総じて怒りは収束してゆく可能性が高い。問題はその時、取り残されるであろう “白い紙たち” だ。彼らの行方が心配だ。

2022 / 11 / 25
今週の“ひらめき”視点
多様な未来にチャンスを! 晩秋の南信州でみた地方の可能性。

11月19日~20日、「りんごの里信州・飯田と絶景の秘境を歩く旅」と題した飯田市モニターツアーに参加した。ツアーは飯田市役所 “結いターン移住定住推進課” と同市出身で全国各地の田舎再生を支援するNPO法人えがおつなげて(北杜市)の曾根原久司代表、同じく地元出身で内外の旅行企画と地方創生に取り組む㈱せかいをつなぐ(調布市)の市瀬達幸社長、編集者でライターの外島美紀子氏が中心となって準備、高質な観光コンテンツで新たな関係人口の創出をはかることが狙いである。青山学院大学教授で青山学院ヒューマン・イノベーション・コンサルティング㈱代表取締役の玉木欽也氏、(一社)能登里海教育研究所の浦田慎主幹研究員、そして、筆者の3人が招待された。

ツアーはJR飯田線の飯田駅からスタート、秘境駅、茶畑、温泉、古民家宿、天竜峡、りんご狩り体験とまさにフルコース、名所や絶景は期待通りの素晴らしさだ。人口当り日本一を誇る焼き肉店の多さが象徴する “焼き肉愛” や伊那谷固有の昆虫食など地域の食文化への理解も深まった。難所続きの鉄道敷設を率いたアイヌの川村カネト氏の逸話、独特の所作で名高い大名行列の由来など、沿線の歴史や文化を語ってくれたのは真空管ラジオの再生工房を営む勝野薫氏だ。

ハイライトは当地に生きる若い3人の物語。中井侍のお茶農家、二代目七郎平、静岡に生まれ岩手大を卒業し、この地に根付く。「茶摘みに必要な資質は運動能力」と楽しそうに語る彼に “秘境” のイメージはない。お茶栽培にとっての適地であることが、彼がここを選んだ理由であろう。築130年の古民家宿 “燕と土と”、オーナーは都会でのホテル修行を経て地元へUターンした起業家だ。「妻は来年、認定農業者となる」と目を細めつつ、事業拡大への意欲を語る。そして、りんご農家 “たつみ農園” の四代目。彼は、「観光客はもちろん地元との関係づくりが大切だ」と説く。従来、横のつながりが希薄であった地区の農家に声をかけ、地域全体でのイベントを仕掛ける。

まさに三者三様ではあるが、共通するのはそれぞれの未来への信頼である。彼らのフィールドがこの地であることの必然性もそれゆえである。筆者と同じ立場でツアーに参加した浦田氏が飯田線の貨物輸送の歴史を解説してくれた。今は無人駅となった駅からも多くの資材や産品が出荷されていた。かつて、それらの地にもその必然性があったということだ。地域の多様性はなぜ失われたのか。標準化と効率化への画一的な要請が過疎を促した背景にあるとすれば、今はまさに転換期である。そこに住む人、その地を訪れた人が、その地に自分自身の未来を描くことが出来るか、その機会をいかに創出するか、行政の役割も小さくない。がんばれ、飯田市。

※結いターン:飯田の語源である“結い(助け合う)の田”とUターン+Iターン=UI(ユイ)を掛け合わせた造語

2022 / 11 / 18
今週の“ひらめき”視点
社内に埋もれた可能性を引き出せ。組織の活性化と事業創出にチャンスを!

11月15日、経済産業省のスタートアップ創出支援制度「大企業人材等新規事業創造支援事業費補助金」の執行団体である(一社)社会実装推進センター(JISSUI)が令和4年度2次公募の審査結果を発表した、、、と書き出したものの、そもそもこの制度をご存知ない方も多いと思う。一言でいうと、会社に席を置いたまま社員が起業に挑戦することをサポートする制度である。

狙いは大企業の活性化と新規事業の創出。社員は退職することなく自己資金や金融機関からの投融資で起業、自らが起業したスタートアップに “出向” という形をとることで新会社の経営に専念する。その際、出向元企業の新会社に対する持分比率は20%未満に抑えられる。つまり、起業社員は既存業務から完全に切り離され、また、新会社は重要な意思決定に際して出向元企業からの制約を受けない。

起業社員にとってのメリットは言うまでもない。出向であるがゆえに給与は支払われるし、例え失敗しても出向元に戻ることが出来る。企業にとっては、実践力と経営視点をもった人材の育成、社内の活性化、加えて、優先買収交渉権を持つことで成功したスタートアップの本体への取り込み(スピンイン)も期待できる。既存の大組織がもっとも不得手とする新規事業の立ち上げプロセスを外部資金と経験豊富なアクセラレーターに任せることが出来る利点も大きいだろう。

今回採択されたスタートアップはミズノ社員による左右別サイズのスポーツシューズの購買サービス、サントリーホールディングス社員が立ち上げた飲食店専門のM&A仲介プラットフォーム、日揮グローバル社員による海外駐在員のための自己採血キットによる郵送検査サービス事業等5件※1、いずれも本業との関連またはその周辺に見つけた新たな需要と言えるが、事業スケールやビジネスモデルにおいて本体とのシナジーが小さく、また、ノウハウという面においても本体での事業化はハードルが高いと言える。

本制度のスタートは令和元年、これまで33件が採択された。大企業が抱え込んだ優秀な人材や活かしきれていない経営資源に新たな事業創出機会を提供する意義は大きい。何よりも、現状に甘んじがちな組織にとって大きな刺激になるだろう。新規事業創出のエコシステムの新たなカタチとして定着することを期待する。
当社も、当社の人脈、情報、知見を活かした次世代事業をスタートさせた。事業名は「ビジネス原石を輝かせるプラットフォーム※2」、文字通り、埋もれたままの地方や中小企業の技術や製品、大きな組織の中で封印されたビジネスプラン、時代が追いついてこないビジネスアイデアたちを見出し、磨き上げ、未来につなげるビジネスだ。埃をかぶったままの原石たちにチャンスを与えるべく当社も微力を尽くしたい。

※1. 採択された他の2案件は、ソフトバンク社員が起業した屋外広告取引プラットフォームと㈱メブキの不動産管理会社向け業務DXツール、後者は「MBO型企業枠」での採択

※2.
ビジネス原石を輝かせるプラットフォーム スタートアップ&事業創造支援サービス(矢野経済研究所)

2022 / 11 / 11
今週の“ひらめき”視点
宇宙輸送の実現に向けて、民に開かれた研究開発体制を

11月7日、宇宙へ旅立ってちょうど1か月、ISSに滞在する若田光一宇宙飛行士が上空から日本付近を撮影した画像をアップした。「各地の街の明かりがよく見えました」とのコメントどおり、東京湾を中央に構図した首都圏の写真はまさに広域地図そのままである。多摩川の流れや小田急線に沿った街の灯りも確認でき、筆者の自宅はこの辺りかな、などと宇宙からの眺めを疑似体験させていただいた。

私たちにとって宇宙はまだ特別な空間だ。しかしながら、今、宇宙をルートにした輸送システムが現実の産業領域となりつつある。文部科学省は「革新的将来宇宙輸送システム」の実現に向けたロードマップを策定、2030年頃を目途にコストをH3ロケットの半分程度に抑えた“基幹ロケット発展型”を打ち上げ、2040年頃には2地点間高速輸送に適用可能な “高頻度往還飛行システム” の実現を目指す。この時のコストはH3の1/10以下だ。

今年6月に開催された(一社)宇宙旅客輸送推進協議会(SLA)の第3回シンポジウムでは、SLAが提示したインプットパッケージをベースに試算された2040年時点における宇宙輸送の世界市場規模が発表された。これによるとヒトの輸送とモノの輸送を合わせた総市場規模は計11兆円を越える。実現すれば、東京と米西海岸、東京と欧州は、平均時速9000㎞で、それぞれ約60分で結ばれる。

もちろん、そのためには機体を帰還・回収する技術、点検・整備や部品の供給体制の構築、運行システム、地上側施設、環境負荷など、解決すべき課題が山積する。JAXAではこれらの解決に向けて「革新的将来宇宙プログラム」をスタート、機体の再利用と低コスト化の実現に向けて宇宙関連はもとより非宇宙の業界や大学等の研究機関に対して研究提案を呼びかける。

内閣府 宇宙開発戦略推進事務局が策定した宇宙関係の令和5年度予算概算要求の総額は前年度比24%増の4824億円、うち、「将来宇宙輸送システムロードマップの実現」のための研究開発予算は66億円だ。予算額の妥当性を評価できる知見は筆者にないが、民間からの投資の必要性は自明である。宇宙、非宇宙を問わずより多くの企業の参画を促すためには事業予見性への信頼が不可欠だ。ロードマップの進捗に関する情報共有を前提とした産学に開かれた共創型の体制で研究開発を加速していただきたく思う。