今週の"ひらめき"視点

当社代表が最新のニュースを題材に時代の本質、変化の予兆に切り込みます。
2022 / 09 / 09
今週の“ひらめき”視点
IPEF、閣僚級会合開幕。新たな経済圏はスタートラインにつけるか

日本時間9月9日未明から、米国主導による「インド太平洋経済枠組み」(IPEF)の閣僚級会合が開幕する。2021年10月、米バイデン氏は東アジアサミットの席上、アジア太平洋地域で急速に影響力を強める中国に対抗するための新たな経済圏構想を提唱、これに日、韓、印、豪、ニュージーランドにラオス、ミャンマー、カンボジアを除くASEAN7ヵ国を加えた13ヵ国が参加を表明、5月23日、東京で第1回の会合を開催した。その後、フィジーも加わり、参加表明国は全14ヵ国、今回は各国閣僚がロサンゼルスに集結、「正式交渉開始の宣言」を目指し、対面での会議に臨む。

IPEFは、TPPへの加盟を見送った米国が、この地域における影響力の維持を狙って構想した国際的な枠組みで、貿易、サプライチェーン、クリーン経済、公平な経済の4分野を柱とする。とは言え、電子商取引におけるデータの取り扱いや人権、環境、腐敗防止等について高いレベルで合意を取り付けるのは容易ではない。加えて、そもそも米国は、自国市場の開放に消極的であるがゆえにTPPへの参加を拒否したわけで、したがって、米国市場へのアクセスというインセンティブもない。

中国はそのTPPに参加を表明、RCEPには加盟済だ。それだけに対中包囲網づくりを急ぎたい米国は、IPEFへの参加に際して「参加国は参加分野を自由に選択できる」とハードルを下げた。この辺りは、必ずしも米国と中国の二者択一を望まないアジア諸国を取り込むための苦肉の策とも言える。台湾が加わっていないことも同じ理由であろう。ただ、参加国の参加分野があまりにも限定的であると経済圏としての一体性、実効性に疑問が生じかねない。米国のリーダーシップと調整力が問われるところだ。

一方、参加国が共通して関心を寄せているのがサプライチェーン分野であろう。新型コロナウイルスやロシアによる軍事侵攻はグローバル経済の脆弱性を露呈させた。IPEFは国際調達網におけるリスク低減をはかるべく、半導体、医療物資、食料、資源といった重要物資を緊急時に参加国間で融通できる仕組みの構築を目指す。尖閣問題でレアアースの供給を止められた日本にとって、対中リスクの軽減を国際間協定の中で担保できることの重要性は言うまでもない。サプライチェーン分野への期待は大きい。ただ、そうは言ってもアジア各国にとって最大のモチベーションとなり得るのは“米国市場の開放”である。IPEFの経済圏としての影響力を高めるためにもTPPへの米国の早期復帰を望む。

2022 / 09 / 02
今週の“ひらめき”視点
新型コロナ対策、施策の全体像を再構築し、ゴールに向けての工程表を!

24日、政府は新型コロナウイルス感染者の全数把握を見直すと発表した。重症化リスクの高い人を除き、各自治体の判断で届出内容を簡素化出来る。これに対して、軽症患者の病状急変や自宅療養者への行政サービス低下に対する懸念、更には自治体への責任転嫁との批判が噴出する。政府は直ちに「全国一律導入を原則とする」旨の声明を発表、火消しにかかるが、当初予定した31日の運用開始に向けて通知した期限までに “見直し”の受け入れを表明したのはわずかに4県、10都県はこれまで通り、33府県は判断を保留した。

事務作業の負担軽減を望む現場の声は理解できる。しかし、そもそも「データ」は科学的な政策判断を行うための基本統計として、医師や防疫の専門家自らが設計したものではなかったのか。飲食店の営業自粛、移動制限等の効果検証はもちろん、感染症の医学的、疫学的な研究や非常時の医療連携の在り方を考えるためにも“ビッグデータ”は有効だ。まずやるべきは入力インタフェースの改善、事務処理代行など現場支援の強化であって、未来の危機に備えるためにも科学的検証に耐え得るデータの取得体制は可能な限り維持すべきではないか。

一方、政府は陽性者の療養期間の短縮、無症状者の外出容認、水際対策の緩和へ舵を切る。これらは“第7波”が既に減少局面にあるとの認識にもとづくものだ。しかし、陽性者の外出が許可されて尚、感染症の区分は「2類」のままであるのか、いやいや、そもそも陽性者に対する措置が緩和される中にあって、なぜ全数把握の見直しなのか。同じデータにもとづいて政策決定がなされているとは俄かに信じ難い。医師会、知事会、経済界の要望を、声の大きい順に場当たり的に受け入れているのではないか、と勘繰りたくなる。

報道によれば、厚労省は全数把握の見直しに対応したシステムへの改修が完了するまでファックスやメールで代用させるとのことである。コロナ禍で露呈した構造問題の一つがデジタル化の遅れであったはずだ。少なくとも外部から見る限り、意思決定プロセスの不透明さを含め、行政のアナログ体質は一向に変わっていない。筆者は2021年1月29日付の本稿で「コロナ禍克服に向けて工程表を示せ」※と書いた。自身の立ち位置が不明のまま未知の敵とは戦えない。国内で感染者が確認されてから2年8カ月、この間の経験と最新の科学的知見を踏まえた、収束に向けての全体シナリオを早急に策定し、共有させていただきたい。

コロナ禍を克服するために。社会の正常化に向けての工程表を示せ | 今週の"ひらめき"視点 | ニュース・トピックス | 市場調査とマーケティングの矢野経済研究所 (yano.co.jp)

2022 / 08 / 26
今週の“ひらめき”視点
アフリカの自立と民主化に向けて、第8回アフリカ開発会議に期待する

8月18日、日本貿易保険(NEXI)は27日から開催される第8回アフリカ開発会議(TICAD8)を前に、アフリカ貿易保険機構(ATI)への出資を発表した。NEXIは日本政府が全額を出資する特殊会社、ATIはアフリカ諸国が出資する国際金融機関、外国企業向けに輸出信用保険や投資保険を提供する。NEXIは資本提携を機にATIとの連携を強化、ATIが持つ現地情報や各国政府とのパイプ等を活用し、日本企業の直接出資や貿易拡大を後押しする。

TICADは日本主導のもとで2013年に設立された国際会議、横浜で開催された前回会議には53ヵ国、108を越える国際機関等が参加、日本政府は民間投資の拡大とともに産業人材の育成、イノベーション投資の促進、アフリカ健康構想やアフリカ主導による和平と安定に向けて積極的な支援を表明した。第8回会議の開催地はチュニジア、コロナ感染により首相の現地入りはなくなったが、日本は「横浜宣言」の流れを踏襲、巨額資金で攻勢をかける中国に対抗すべく、「人への投資」を前面に掲げ、アフリカの自立的成長に向けての支援を表明する。

人口14億人を擁する “最後のフロンティア” への期待は大きい。経団連は「アフリカの内発的・持続的発展に貢献する」と題したレポートを発表、先行する欧州や中国を念頭に「戦略的な観点から、アフリカを捉え直し、中長期的な展望のもとで関係を抜本的に強化すべき」と提言する。とは言え、アフリカは1つではない。1国単位でみれば経済規模は大きくないし、多くの国で不平等が蔓延、水、食料、衛生、人権問題も懸念材料だ。インフラや法整備も不十分で、強権的な体制との親和性も高い。ロシアのウクライナ侵攻に対する国連の非難決議に賛成票を投じなかった国は54ヵ国中26ヵ国に及ぶ。

政情不安も続く。30年に及ぶソマリアの内戦は未だ収まらない。憲法改正の是非を問うたチュニジアの国民投票、民意は民主化の後退を選択、仏ルモンド紙は「ジャスミン革命が生んだ民主主義が葬られた」と評した。この5月には、2019年の仏G7サミットで日本も関与を表明した「サヘル同盟」からマリが離脱した。サヘル同盟はサハラ砂漠南縁地域5か国からなる反イスラム過激派の枠組み。離脱の理由は、軍政から民生への移管の遅れを理由に経済制裁を課した「西アフリカ諸国経済共同体」への反発だ。マリの孤立はこの地域の過激派を勢いづかせる。各地の過激派も依然衰えていない。加えて全土で欧米、中、露の思惑が交差する。こうした中でのTICADだ。格差の解消、暴力の根絶、社会の安定に向けて、どこまでの覚悟を見せられるか、日本にとっても正念場である。

2022 / 08 / 19
今週の“ひらめき”視点
企業物価指数、上昇続く。内需を維持し、景気を支えるためにも適正な価格転嫁を

企業物価が上昇を続けている。日本銀行の企業物価指数(7月速報)によると国内企業物価指数は前月比+0.4%、前年比+8.6%、前月比プラスは2020年12月以降、20カ月連続だ。とりわけ、円安とウクライナ情勢を背景に輸入物価の上昇が顕著だ。輸入物価指数は円ベースで前月比+2.4%、前年比では+48.0%に達する。品目別では、石油・石炭・天然ガスの前年同月比+127.9%を筆頭に、木材関連が同+49.4%、飲食料品・食料用農水産物が同+30.4%、電気・電子機器が同+21.5%と続く。これら以外の品目もすべて二桁以上の上昇となっており、影響は実態経済に広範に及びつつある。

新型コロナウイルス感染拡大は経済活動の様相を一変させた。しかし、緊急経済対策として導入された実質無利子・無担保の制度融資が多くの中小企業を救った。残高41兆円を越える返済猶予付きの所謂 “ゼロゼロ融資” によって、コロナ禍のこの2年、倒産件数はこの数十年で最低レベルに抑えられた。しかし、依然として収束の見通しが立たない中、多くの企業で業績の回復が遅れる。全国信用保証協会連合会によると代位弁済の件数も昨年8月以降、対前年比増に転じている。据え置かれてきたコロナ融資の返済がはじまる中、中小企業の倒産増が懸念される。そこにこの物価高である。

企業物価高は日本の産業構造上の問題点を浮き彫りにする。資源高と材料費の高騰による原価上昇を誰が負担するのか。総務省が発表した6月の消費者物価指数は前年同月比+2.4%、6月の企業物価指数は同+9.4%である。この差はどこにいったのか。もちろん、時間軸のズレもあるし、サプライチェーン各取引段階における経費吸収努力もあるだろう。しかし、コストの上昇分を価格に転嫁できないまま取引を継続せざるを得ない中小企業が少なくないことも事実だ。

6月22日、中小企業庁は3月に実施した “価格交渉促進月間” のフォローアップ調査の結果を公表した。これによると直近6ヶ月間のコスト上昇分を価格に転嫁出来なかった下請企業は22.6%に達する。そればかりか取引の縮小・停止を恐れて協議の申し入れを躊躇した企業や価格協議そのものを拒否された企業など、交渉すら出来ていない中小企業が9.9%も存在する。サプライチェーンのもっとも弱い立場の者にコストを負担させ、サプライチェーン全体の競争力を維持する、といったビジネスモデルが長続きするはずがない。価格形成に最大の影響力を有する大手企業は適正な価格転嫁とともにサプライチェーン全体の付加価値向上の実現にリーダーシップを発揮していただきたい。

2022 / 08 / 05
今週の“ひらめき”視点
出遅れた洋上風力産業、海洋国家日本の潜在力を引き出すために戦略の再構築を

洋上風力発電の新設が世界で急拡大している。世界風力会議(GWEC)の最新データによると、2021年に新設された世界の洋上風力の発電能力は原子力発電所20基に相当する21.1GW(前年比3倍)、年末時点の累積発電量は56GWに達した。また、2031年には年間新規設置が昨年の2.6倍、54.9GWに達すると見込まれ、風力発電における洋上の割合は2021年の21%から2031年には30%に拡大する。また、技術的に難易度が高かった浮体式洋上風力も既に実証段階を終え、商業段階に移行しつつあると言う。

2021年の市場を牽引したのは中国、新設された発電量の8割を占め、4年連続でトップとなった。現在建設中のプロジェクトの総発電量は23GW、うち欧州勢が半分を占めるが、国別でみると中国が全体の3割強を占めトップ、これに英国、オランダ、台湾、フランス、ドイツが続く。中国は洋上風力で先行してきた欧州勢を一気に圧倒、世界の風車市場も上海電気風電集団など中国勢が上位を独占した。

海に囲まれた日本にとって洋上風力のポテンシャルは大きい。政府も “再生可能エネルギーの主力電源化に向けた切り札” と位置づける。また、部品点数が多く、裾野の広い洋上風力は次世代成長戦略という点からも重要だ。しかしながら、累積導入量における世界シェアは0.1%、中国の47%、英国の22%、ドイツの14%とは比較にならない。結果、新産業の育成も出遅れた。三菱重工業、日立製作所など主要メーカーは既に撤退、昨年末、秋田県と千葉県の3海域における公募事業の第1ラウンドを総取りした三菱商事連合の風車はGE製だ。風車、ナセル、支柱など、基幹部品市場は海外メーカーが制する。

こうした中、公募入札ルールに対する批判が噴出、加点基準が大幅に見直される。ポイントは、価格点ウェイトの引き下げ、事業化スピードの重視、複数海域での同時入札における落札制限である。そもそも日本の公募案件は事業単位が小さい。そのうえ、発電量が制限されるとあっては規模のメリットが出ない。また、運転開始時期の早期化で差がつくのは環境アセスメントや地元調整など前工程における提案力だ。“新たな制約” は技術力と価格競争力で先行する海外勢の参入意欲を削ぐのに十分であろう。しかし、こうした施策から世界と伍して戦える日本企業が育つとは考え難い。世界との差は更に開き、結果的に関連産業の育成も遅れる。市場の拡大、国際競争力の強化、そして、脱炭素を急ぐためにも “開かれた市場” を前提とした公正、透明なルールを望む。

2022 / 07 / 29
今週の“ひらめき”視点
ICTCO解散、スタートアップの創出、育成には政策の継続性が不可欠である

2013年7月、中野区は産官学連携による新産業創出を目的に産業振興拠点の運営を担う事業者を公募、選定された中野区に本社を置く事業者によって一般社団法人中野区産業振興推進機構(ICTCO)が設立された。そのICTCOが、この8月、中野区との協定期間満了をもって9年間におよぶ活動に幕を降ろす。微力ながら当社も設立時から参画、西武信用金庫、構造計画研究所、中野コンテンツネットワーク協会殿とともに全期間においてICTCOの活動に関与させていただいた。残念ながら道半ばでの終了となったが、区の産業振興に一定の役割を果たせたものと自負する。

ICTCOは会員制コワーキングスペースの運営をベースにICT、コンテンツ、ライフサポート、アート分野における新規事業の立ち上げ、スタートアップの成長支援に実績を残した。また、区民向けのサイエンスカフェの開催や区政課題の解決に向けたICTの活用提案など、ビジネス領域を越えた活動にも取り組んできた。これらは9年間、最前線で奮闘した板生清理事長(東京大学名誉教授、工学博士)の功績である。とりわけ、区内外の研究開発型企業や教育機関等とのハイレベルな連携プロジェクトは「NPO法人ウェアラブル環境情報ネット推進機構(WIN)」の理事長でもある板生氏の人脈、行動力、知見によるところが大きい。

「日本のベンチャー投資額は米国の1%、中国の17%に過ぎない。ユニコーン数は米国が488社、中国が170社、人口500万人のシンガポールが16社、これに対して日本はわずか11社、起業率も欧米の半分の水準に止まる」、これは日本経済の成長力の鈍化、構造変革の遅れを指摘する際に引用される象徴的な数字である。事実である。しかし、だからといって「日本人は起業マインドが足りない」とはならない。昨年、政府の成長戦略有識者会議は生産性向上をテーマに「中小企業の再編・統合」について議論した。つまり、中小企業が多過ぎることが問題として提起されたということであり、言い換えれば、かつて日本は起業家に溢れていた、ということだ。
※ユニコーン:評価額が10億ドル以上の創業10年以内の未上場企業

実際、9年間のICTCOの活動を通して、「学生からシニアまで、日本人の起業マインドは決して衰えていない」ことを実感した。では、なぜ、新産業創出に遅れをとるのか。
大企業の下請構造を前提とした中小企業政策から革新的なユニコーンが生まれることはないだろう。また、リスクや異端を許容、共有しない社会システムは新たな挑戦を委縮させるに十分だ。今年、政府の「骨太方針」はスタートアップを “成長の原動力” と明記、その創出と育成に取り組むことを表明した。既得権と既存の価値観からの制約や圧力にたじろぐことなく、総合的、持続的な事業創出環境づくりを期待したい。