今週の"ひらめき"視点

当社代表が最新のニュースを題材に時代の本質、変化の予兆に切り込みます。
2022 / 05 / 27
今週の“ひらめき”視点
脱ロシア、脱炭素は林業再生の好機。業界は戦略的な取り組みを

ロシアによるウクライナへの軍事侵攻は木材供給に深刻な影響を与えつつある。ロシアは対露経済制裁の当事国など非友好国に対して単板など一部木材の輸出を禁止、一方、木材流通の国際認証機関はロシアとベラルーシ産木材を「紛争木材」に指定、認証を取り消した。米国の景気回復とコンテナ不足が招いた所謂「ウッドショック」、FRBの利上げを契機に市場は徐々に落ち着きを取り戻すだろうとの楽観はロシアによって一挙に吹き飛んだ。供給不足の長期化に対する懸念が価格を更に押し上げる事態となっている。

ロシアは世界の森林面積の2割を占める森林大国だ。強度が強いカラマツの単板やアカマツの垂木は日本でも住宅用に使われてきた。しかし、単板の輸入は完全に停止、輸出禁止対象から外れた垂木も消費者イメージの悪化等を考慮し、新規発注はストップ状態にある。業界はロシア産に代わる木材の調達に動く。加えて円安だ。日銀の国内企業物価指数4月速報によると木材・木製品の価格は前年同月比56.4%増、3月の同58.9%増に続き、高止まり状態にある。

こうした中、高さ44m、11階建ての純木造高層ビルが横浜に完成した。施工は大林組、耐震性能など安全性能に問題がないことはもちろんであるが、木造のメリットとして強調されたのは環境への貢献である。鉄筋コンクリート製と比べるとCO2の排出量は1/4に抑えられるという。国際エネルギー機関(IEA)によると世界のCO2排出量の1割を建材製造と建設セクターが占める。脱炭素は業界にとって喫緊の課題だ。実際、2021年10月に施行された木材利用促進の法律の名称も「脱炭素社会の実現に資する等のための建築物等における木材の利用の促進に関する法律」である。今、時代が林業の再生を後押しする。

木材供給不足の長期化は避けられまい。住宅建設業界にとって厳しい局面が続く。しかし、国土の2/3を森林が占める日本にとって、脱ロシアと脱炭素を背景とした供給網と需要構造の変化は大きなチャンスである。戦後一貫して国際競争力を低下させてきた林業であるが、木材の自給率は回復基調にある。2000年代前半、2割を切っていた自給率は2015年には32.2%、2020年には41.8%(林野庁調べ)まで回復してきた。筆者は昨年本稿*で「森林は循環型経済を構成する中核資源であり、その視点から林業を再定義することで、持続可能な産業としての未来が開ける」と書いた。森林の多面的な効用に対する再評価は林業に新たな価値をもたらすはずであり、その可能性に期待したい。
*「輸入木材、高騰。国産材への回帰トレンドは林業再生のチャンス」(2021年7月9日)

2022 / 05 / 20
今週の“ひらめき”視点
JR四国、全路線赤字を発表。超長期の視点にたって地方交通網の在り方を問え

5月17日、JR四国は2020年度の路線区ごとの収支を発表、前年度、唯一黒字だった岡山と四国を結ぶ本四備讃線(児島-宇田津)も赤字に転落、全8路線、18区間のすべてが赤字となった。
JR四国は今回の収支公表について、「厳しい状況を関係者に理解いただき、運賃や鉄道ネットワークの在り方に関する対話を進める」ことが狙いであり、「廃線」に向けてのコンセンサスづくりが目的ではないとする。しかし、路線の存続をめぐって対立関係にある地元自治体との協議に一石を投じたことは間違いない。

公表されたデータでは、100円を稼ぐために必要な費用(営業係数)は全路線平均で268円、もっとも悪い予土線の北宇和島と若井間では1401円となっており、個別路線ごとの採算性をみれば運行の維持は困難であると言わざるを得ない。
JR四国の2021年度決算は連結ベースで営業収益311億円、営業損失221億円、これを経営安定基金の運用益を含む営業外収益で補填するものの32億円の経常損失が残り、当期純利益は52億円の赤字である。203億円に達する鉄道事業単体の営業赤字は途方もなく重い。

利用者減少の背景にクルマがあることは言うまでもない。国は四国4県を高速道路で結ぶ「四国8の字ネットワーク」事業を推進してきた。四国に高速道路がはじめて開通したのは1985年、そこから30年の節目に発表された報告書は、「高速道路の開通によって自動車で各県を移動する人が1.5倍から5倍に増えた。また、本州と四国を結ぶ高速バスの利用者も7倍に増えた」と高らかにその成果をアピールしている。昨年時点で計画の7割が完成、高知県沿岸部と徳島、愛媛をそれぞれつなぐ未開通区間の整備に期待がかかる。そう、高速道路網の完成はまさに地元にとっての “悲願” でもあるのだ。

今年の大型連休、四国の高速道路利用者はコロナ禍前の7割を回復した。一方、JR四国の指定席予約はコロナ禍前の半分に止まる。回復も道路が鉄道に先行する。とは言え、道路も長期的にみれば安泰ではない。NEXCO西日本の高速道路事業の2022年3月期の営業利益率はわずかに0.03%(見込み)、コロナ禍前の2020年3月期であっても同0.24%である。収益の柱が名神道や山陽道といった大都市間道路であることは想像に難くない。人口減少、内需縮小の影響はまず地方部に顕在化する。やがて「四国8の字ネットワーク」もJRと同じ問題が浮上するだろう。鉄道はもちろん、道路もまたそれぞれの区間採算で判断すればいずれ大きな赤字は避けられない。地方の公共交通インフラをどう維持するのか。事業会社とは異なる次元において、長期の視点から議論する必要がある。

2022 / 05 / 13
今週の“ひらめき”視点
中国「ゼロコロナ」政策、世界はその先にやってくるリスクに備えろ

中国当局による「ゼロコロナ」政策の影響は、懸念されていた通りの規模と深刻さをもって顕在化しつつある。上海、深圳、瀋陽、東莞、長春、西安など厳しい統制を強いられた都市は3月以降、20を越えた。本来、消費を牽引すべき都市部における厳格な行動規制の長期化は、内需全体を委縮させるとともに全土のサプライチェーンに深刻な影響を与えつつある。
自動車販売がこれを象徴する。中国自動車工業協会によると4月の新車販売は前年の5割程度に落ち込んだ。封鎖地域における工場の停止、物流の混乱、顧客の不在が原因だ。

こうした中、4月下旬になると上海でも生産再開に向けての動きがみられた。とは言え、工場と外部との出入りは依然制限されている。つまり、事業所内に一定規模以上の宿泊設備がなければ本格稼働は出来ないということだ。一方、物流でも「重点物資輸送車両通行証」制度がスタート、省を越えたモノの輸送が動き出した。ただ、こちらも人員不足等により運送費は通常の数倍に達している。正常化には程遠い状況だ。

「ゼロコロナ」による影響は中国国内に止まらない。中国税関総署によると4月の輸出は3月の前年同月比14.7%増から同3.9%増へ急減、2020年6月以来の低い伸び率となった。一方、輸入も低調に推移、2020年8月以来のマイナスとなった3月の2287億ドルを下回る2225億ドルとなった。つまり、Made in Chinaの出荷額が落ち込むと同時に中国向けのモノの流れも低調だった、ということだ。そもそも海外向けの荷物が港に届かない。加えて、作業員不足による荷揚げ作業の停滞、輸送力低下による貨物の滞留など港湾システム全体の機能不全が効いている。日本企業への影響も大きい。

さて、事態の長期化に伴い「ゼロコロナ」への異論が国外はもちろん国内からも出始めた。しかし、秋の共産党大会を前に「現指導部が自らの誤りを認め、方針を転換することはない」との見方は根強い。当局が発した「職務怠慢による感染拡大に対する責任は厳しく問う」とのメッセージは地方官吏にとって絶対的な行動指針だ。「ゼロコロナ」が続く限り正常化は遠いと言わざるを得ない。とは言え、中国経済の急回復も世界にとってのリスクだ。巨大な需要の戻りはエネルギー、食料、資材、物流における世界的な供給不足を招来するはずであり、ロシアの軍事侵攻に伴う物資の高騰に拍車をかけることになるだろう。いずれにせよ目の前の混乱への対処と並行して “その先” にやってくるリスクを想定した戦略シナリオを準備しておく必要がある。

2022 / 04 / 28
今週の“ひらめき”視点
知床観光船の海難事故、地域の事情を踏まえた地方の支援策が必要だ

2021年10月に公開された映画「Shari」(監督・出演:吉開菜央)をご覧になった方はどのくらいいるだろうか。「羊飼いのパン屋、鹿を狩る夫婦、海のゴミを拾う漁師、、、、彼らが住むのは、日本最北の世界自然遺産、知床」、「2020年、この冬は雪が降らない。流氷も、なかなか来ない。地元の人に言わせれば、異常な事態が起きている」(映画の公式サイトより抜粋)、そこにダンサーでもある吉開監督が扮する「どくどくと脈打つ血の塊のような空気と気配」を身にまとった “赤いやつ” が現れる。

え? “赤いやつ” って何? うーん、これは映画を観ていただかないと分からない、と言うか、映画を観ても何だかよく分からない、というのが正直な感想である。吉開監督の言葉を借りると、それは「人と獣のあいだ」のようなやつで、「人と自然、自分と他者、言葉にならないこと、夢と現実、さまざまな境界線を彷徨う、命の渦の一粒」とのことである。

「他者との関係があなたの中に入り込み、あなたをあなたという存在にしている」と述べたのは社会人類学者ティム・インゴルドであるが、他者を自然あるいはShariと置き換えてみると吉開監督の想いに近いのかもしれない。ただ、私はその逆で、“赤いやつ” とは「入り込むことが出来ない “外部” の象徴」のように感じた。いずれにせよ写真家 石川直樹氏が撮った映像の美しさと音のすばらしさは圧巻であり、機会あれば是非とも鑑賞いただきたい。

そのShari、すなわち、斜里の産業を支える観光船で悲劇が起こった。報道を見る限り運航会社「知床遊覧船」に重大な過失があったことに異論はないだろう。そして、安全が蔑ろにされた背景には極度の業績不振があっただろうことも推察できる。斜里への道外からの観光客入込数は、2019年の839千人からコロナ初年度の2020年には344千人へと激減している(斜里町商工観光課)。加えて燃料費の高騰だ。とは言え、他社は安全を優先させているわけで、当該企業の責任が免責される理由は何一つない。

ただ、やはり構造的な問題を看過してはならない。斜里の高齢化率は30.0%、出生率は1.17%、前者は全国平均を上回り、後者はそれを下回る。人口、世帯数、就業人口は減少の一途だ。町は労働生産性の向上が喫緊の課題であるとし、昨年、中小企業庁の改正経営強化法にもとづく先端設備の導入促進計画を策定した。しかしながら、そもそも足りないのは需要だ。生産性向上を否定するものではないが、支援内容、支援条件が全国一律である必要はない。各地域に固有の状況に対応できるような制度設計が望ましい。知床観光への依存度が高い斜里に必要な施策はまずは安全投資へのインセンティブ、そして、需要の回復、すなわち “外部” の取り込み策である。

2022 / 04 / 22
今週の“ひらめき”視点
採用選考におけるインターンシップの活用、解禁へ。就活はもっと自由であっていい

4月18日、経団連と大学関係者による協議機関「採用と大学教育の未来に関する産学協議会」は、インターンシップで取得した学生の情報を採用活動に利用することを容認すると発表した。従来、文部科学省は「インターンシップは教育活動の一環であり、広報活動や採用選考への活用は認めない」との立場であったが、これを受けてルールの見直しに着手する。
お互いを知るという意味において職場での就業体験は企業、学生双方にメリットは大きい。通年採用、職種型採用など新卒の採用方法が多様化しつつある中、今回の決定は前進である。

協議会は学生のキャリア形成に関する産学協働の取り組みを、①会社説明会の実施、②キャリア教育プログラムの導入、③汎用的または専門性にもとづく就業体験、④高度専門型就業体験、の4つに分類したうえで、一定の条件を満たした就業体験について採用への活用を認めるとした。具体的には、汎用型であれば参加期間5日間以上、専門型は2週間以上とし、うち半分を越える日数が実際の職場体験にあてられること、夏休みなど長期休暇中に行うこと、募集要項等における情報の開示、そして、情報の活用は “採用活動開始以降” に限ること、などが提示されている。

昨年、政府は「令和4年度卒業の採用選考活動開始は6月1日以降、内定日は10月1日以降」とするよう経団連に要請、これを受けて経団連は「政府からの要請の趣旨を踏まえた採用選考活動を行って欲しい」旨、会員各社に通達した。しかしながら、今年度の就職内定率は4月1日時点で既に38.1%(株式会社リクルート、就職みらい研究所調べ)に達している。もちろん、これは経団連の非会員企業も含めての数値であるが、新卒の採用活動に関する “日程” は完全に形骸化していると言って良いだろう。

2018年10月、経団連は「2021年度以降入社対象の“採用選考に関する指針”を策定しない」ことを決定、政府に下駄を預けた。産業界はもちろん会員企業を統制する権威も、その意義も薄れたということである。一方、引き継いだ政府の “お達し” にも効力はなかった。インターンシップも同様だ。既に少なからぬ企業が採用選考に組み込んでいる。それでもあえて “採用選考活動開始日以降” を条件付けすることにどれほどの意味があるのか。建前と現実はちがう、それが大人だ、なんてことを体現し、経験させるのが就業体験であっては興ざめだ。昭和が染みついた “Society5.0人材” など見たくない。

2022 / 04 / 15
今週の“ひらめき”視点
世界で不安定さが拡大。日本は新型コロナに決着を

対露制裁の反動が世界で顕在化しつつある。資源高による物価の急騰は、経済はもとより社会全体を揺さぶる。フランス大統領選挙では「EUと距離を置くべき」、「自由貿易より国内産業を」、「移民が国民を貧しくしている」と訴え、身近な物価対策を前面に掲げる右派のルペン氏が現職の中道派マクロン氏を猛追、24日の決選投票の行方はまったく分からなくなった。現実の問題として家計を圧迫された人々はより内向きに、そして、自国主義に傾く。ロシアの軍事侵攻は国際社会のみならず、その内側の分断も加速させつつある。

パキスタンでも首相のカーン氏に対する不信任案が可決した。資源のないパキスタンにとってエネルギー価格急騰のダメージは深刻であり、これが反首相派を勢いづかせた。失職したカーン氏は支援者に対して抵抗を呼び掛けており、中国寄りで米国批判を繰り返してきたカーン氏の今後の動向次第ではインド、アフガニスタン、中国などを巻き込んで地域全体の不安定さを助長する恐れもある。

加えて中国経済の停滞も懸念材料だ。ゼロコロナ政策に伴うリスクは年初の本稿でも指摘したが、人口2500万人を擁する上海でそれが現実のものとなった。上海は3月28日からロックダウン、当初期限の4月5日には延長を発表、外出禁止を呼びかけながら無人の市内を走り回る犬型ロボットの姿はまさに近未来のディストピアさながらだ。
今週に入ってようやく一部地域で封鎖が解かれたとのことであるが、完全な収束には時間を要すると思われ、社会活動の正常化はまだ先になろう。長期化が心配される。

11日、日銀は「地域経済報告-さくらレポート」を発表、全国9地域のうち8地域の景気判断を引き下げた。急激な円安、資材の高騰、サプライチェーンの混乱など、要因は複合的である。加えて新型コロナウイルスだ。政府、医師会は「第7波」に警鐘を鳴らす。しかし、重症化率の高い高齢者の85.3%が3回目の接種を終えている。ウイルスも当初のものとは異なる。一体いつまでこれを続けるのか。ウイルスはもちろんリスクだ。しかし、不安と不満の根源は施策への不信にある。この2年間、多くの犠牲を払って獲得してきた知見があるはずだ。一刻も早く明確な “出口” 戦略を提示していただきたい。今の戦い方では情勢の急激な変化を勝ち抜くことは出来ない。