今週の"ひらめき"視点

当社代表が最新のニュースを題材に時代の本質、変化の予兆に切り込みます。
2016 / 09 / 09
今週の"ひらめき"視点
「36協定」見直し、不断の価値創造力が問われる社会へ

政府は、1ヶ月の残業時間に上限を設定するとともに罰則規定の検討に着手する。
慢性的な長時間労働が男性の家庭参画の障害となっており、これが少子化の背景にあるとの認識にもとづく。月内に発足する「働き方改革実現会議」の主要テーマとしてとりあげ、労働基準法の改正を含む具体案を年度内にとりまとめる方針である。

1人当たり労働時間の削減は「ワークライフバランス」に象徴される時代の趨勢に添うものであり、また、1億総活躍社会の実現に向けて、高齢者をはじめとする就労機会の確保という狙いもある。多様なライフスタイル、多様な働き方を容認する制度づくりに対して異論はない。
しかしながら、低生産性ゆえに賃金原資が押さえつけられている状況にあっては、1人当たり労働時間の上限設定は1人当たり支給額の上限設定と同義である。加えて、労働時間規制適用免除制度と同一労働同一賃金への流れは、例え、企業業績が全体として好転しても価値創出に対する貢献度が同じレベルである限り、従業者個人に対する対価に変化はない、ということでもある。

社員の副業を制度的に認める大手企業が相次ぐ。働き方の選択枝は格段に多様化しつつある。こうしたトレンドと働き方改革の方向性とを重ねあわせると、「収入元を多様化(=複数化)させない限り、多くの個人が収入増を実現出来ない社会」が浮かび上がってくる。
もちろん、だからと言って、それが「負け」を意味するものではない。価値観そのものが多様化しつつある中にあって“脱成長”を志向する選択枝もある。その時、個人は成長の論理から開放される。しかし、そうでない世界を生きるのであれば、企業も個人も新たな価値を創造し続けること、そして、そのための意志と能力を持つこと、これこそが自身の未来を拓く唯一かつ絶対の条件となる。

2016 / 09 / 02
今週の"ひらめき"視点
過熱するアフリカ投資、恩恵は誰が享受する?

27日、日本が主導するアフリカ開発会議(TICAD)が開幕、基調講演で首相は1000万人の人材育成と3年間で約3兆円規模の投資を表明した。
アフリカへの投資は欧州、中国が先行する。とりわけ、近年は中国のプレゼンスが突出、昨年12月の「中国アフリカ協力フォーラム」では総額6兆円もの投資を約束している。
実際、アフリカへの進出企業は中国が2千社を越えているのに対し、日本は687社に止まる。現地在留者数も中国人100万人に対して、日本人は1万人に満たない。
遅れを取り戻すべく、日本は「民主主義、法の支配、市場経済のもとでの成長」を強調するとともに、質の高さで中国との違いをアピールする。

さて、日本と中国の政治的な駆け引きはさておき、健全な投資競争はアフリカ側にとって歓迎すべきであろう。しかしながら、政情不安、テロ、汚職、複雑な部族間抗争など、アフリカ固有のリスクも多い。とりわけ留意すべきは、政情の安定が“独裁”によって支えられているケースが少なくないということだ。
誰のための投資であるのか、対アフリカ投資で問われるのはまさにこの1点における“質”である。ここを間違えると、例えどれほど高質な事業であっても、いつか人々の手によって一瞬にして無に帰す可能性がある。

2016 / 08 / 26
今週の"ひらめき"視点
シャープ、新体制スタート。再建に向けて白物家電と海外事業を再強化

22日、シャープの新社長に就任した鴻海精密工業の戴正呉副総裁が社員向けの経営方針を発表した。翌23日、各紙はこれを一斉に報じた。曰く「黒字へ向けて信賞必罰を強調」、「抜本改革、人員削減も視野」など、見出しは厳しいトーンで溢れた。新興外資の軍門に下った名門企業、外資流の苛烈なリストラ、略奪される技術、、、同社に関するメディアの姿勢は、悲劇と凋落と自虐の“物語”にあまりにも偏る。

もちろん、彼は信賞必罰を語った。しかし、「シャープは独立企業である」、「次期社長を生え抜きから育成する」、「チャレンジする企業文化を創造する」とのメッセージも発している。強調したかったのはむしろこちらでなかったか。
また、同社はアジアにおけるメガソーラー事業の強化、中国における白物家電事業の再構築、2014年にスロバキアの企業に売却した欧米テレビ事業の買い戻しなど、具体的な事業戦略も表明した。

新社長の声明を「経済記事」として扱うのであれば、発表された事業方針に関する評価や見解をこそ記者は書くべきであり、また、“ホンハイの副総裁”ではなく“シャープのトップ”としての彼の可能性と資質をこそ問うべきである。情緒的で押し付けがましい経済記事など不要である。

2016 / 08 / 19
今週の"ひらめき"視点
“公共”の殻に閉じこもるな。企業版ふるさと納税も“個人版”の大胆さを

内閣府は、地方創生応援税制(企業版ふるさと納税)の対象事業として6県81市町村から申請された102事業を認定した。同制度は民間資金を新たな自治体財源として活用することが狙い。企業の地方公共団体への寄付は従来税制でも約3割の節税が認められるが、本制度では更に3割程度の控除が上乗せされる。
事業の内訳は、地場産業や観光振興を通じて雇用創出を目指す「しごと創生」型の事業が74件、移住・定住の促進事業が12件、コンパクトシティの推進などまちづくり関連が10件、働き方改革が6件となった。
一例をあげると、北海道東川町の「冬季観光誘客による地方創生推進プロジェクト」にはアウトドア用品のモンベルが、鳥取県江府町の「遊休農地を活かした6次産業化推進事業」には東京本社から研究部門の一部を同町に移転するサントリープロダクツが寄付を表明した。

ところで、本制度では認定事業のそれぞれに事業成果を検証するための業績評価指標(KPI)が明示されている。上記の東川町の事業では国際的なスノーボード大会の開催により外国人宿泊者数をH27度13,000人からH28度に14,000人へ、江府町のプロジェクトは玄ソバの加工販売額をH27年度の1百万円からH31年度には1500万円へ拡大することが目標とされる。
個人版ふるさと納税では「行き過ぎた返礼品」問題が話題になったが、企業版では寄付の対価としての「経済的な見返り」は禁じられた。とは言え、節税とCSRからの動機付けでは「地方へ民間資金の還流」に限界がある。KPIの設定は評価できるが、更にもう一歩踏み込んで対象事業との直接的な事業シナジーが“公”の側から提案されても良いだろう。透明性の確保はもちろんであるが、狭義の公共性の枠内に留まっていては寄付以上の事業にはなり得ない。“行き過ぎ”たなら、是正すれば良い。成果を企業と地方が共有できるような制度的なイノベーションに期待したい。

2016 / 08 / 12
今週の"ひらめき"視点
ジャパンディスプレイ、業績不振、産業革新機構へ支援要請

9日、ジャパンディスプレイは、筆頭株主である官民ファンド「産業革新機構」に対して資金支援を要請したと発表した。売上の5割を占めるiPhone向けの販売不振、中国市場における価格競争の激化により2016年4-9月期の連結営業利益は24億円の赤字を見込む。

同社はソニー、東芝、日立の中小型液晶事業を統合した国策企業であり、業界再編を主導したい“官”と需給バランスが不安定でかつ大型投資を必要とする液晶事業の切り出しをはかりたかった“民”の思惑が一致する中で発足した。
今回の問題は、特定顧客の特定需要に偏る“選択と集中”戦略ゆえのリスクが再び顕在化したものである。車載市場の開拓などスマホ依存の低減と有機ELの量産化を含む次世代投資が同社の喫緊の課題であるが、一方、韓国、中国勢も同じ方向を向いており、楽観出来ない。競争優位を勝ち取る条件は意思決定の迅速さであり、リスクの許容度である。この意味において“官”の介在が経営判断の足枷にならないよう望む。

ところで、同社の有価証券報告書の“地域ごとの情報”をみるとアイルランド向けの売上が全体の54.6%を占める(H28年3月31日決算)。これはすなわちアップルとの取引額であるが、アイルランドというタックスヘイブンを活用し、世界規模で租税回避策を展開するグローバル企業のサプライチェーンに日本の公的資金が組み込まれていることについて、一納税者としてあらためて割り切れなさを覚える。

2016 / 08 / 05
今週の"ひらめき"視点
蔡総統、少数民族に対する人権侵害を謝罪。日本にとって格好の外交チャンス

1日、台湾の蔡総統は、過去400年間にわたって先住民が受けてきた差別的待遇と苦痛に対して政府を代表し、公式に謝罪した。蔡氏は「台湾に来たすべての政権が武力を使って先住民の土地を奪い、権利を侵害した」と述べたうえで、自治の推進、地位の向上、権利の回復に努めることを表明した。台湾に来たすべての政権とは、オランダ、清朝、日本、そして、共産党との内戦に敗れ遷台した国民党政府を含む。

日本統治(1895年-1945年)に対する評価は、台湾にとって今も「政治問題」であり、日本にとっての台湾は常に中国、米国との関係においてバランスされる。相互の主体的な関係づくりは国際政治と歴史問題から強く牽制されたままである。
一方、音楽やファッションなど文化的な親和性は相互に高い。日本人が2016年に行きたい海外旅行先の1位は台湾(リクルート・ライフスタイル)、台湾人が2016年の夏休みに行きたい国ランキングの1位は日本(台湾、自由新報)、との結果もある。

蔡氏が表明した少数民族に対する“政府として”の表明は、したがって、歴代政権に関与した者の責任を浮き彫りにする。少なくとも日本にとっては無視し得ない。とは言え、大上段に振りかぶった歴史問題は関係国を含む政治的スタンスを先鋭化させる。その意味において、少数民族問題と言う普遍的なアプローチは、両国関係の深化と国際社会におけるプレゼンスの向上をはかるうえで絶好の機会である。この“政治的チャンス”に対する日本の先手に期待したい。